第2話:薄氷の瞳
(犯人は後宮のどこかにいる)
私の胸を冷たく締めつけるのは、真実の重さだった。
あの夜、密かに接触した業者の倉庫に忍び込んだときのことが、鮮明に蘇る。
目の前に積まれた白薬の束。その中に紛れ込んだ、見慣れぬ小さな葉。
「この葉……」
じっと見つめると、誰も気づかない細工が施されていた。
翌朝、私は薬草庫へ向かう足を止めた。
裏手の小さな窓から差し込む朝日が、庫の棚に並ぶ薬草の陰影を揺らす。
私はあの小さな葉を慎重に観察した。色味は似ているが、明らかに違う。紛れもなく「鬼毛草」――強烈な神経毒を持つ、禁忌の薬草だった。
もしこの葉が混入していたら、被害者が感じた症状は説明がつく。
けれど、どうやってこれが混ざったのか?
その疑問を解く鍵は、後宮の薬草調合室にあった。
調合室には、誰も入れてはならない時間がある。
私は深夜、忍び込むことを決めた。
細い月明かりの下、扉の錠は思ったよりも簡単に外れた。
中には、散乱した薬草と、いくつかの調合器具が置かれていた。
そして、机の上に置かれた調合記録の一冊。
私はその頁をめくる。
「あれ……?」
ある日の調合記録に、誰のものでもない指紋が微かに残っていたのだ。
さらに驚いたことに、記録の中の白薬の分量が、複数日で微妙に増減している。
この部屋に、薬を改ざんする者がいる。
私は翌日、同僚の薬師に会った。彼女は澄華と同じく女性で、控えめな笑顔を浮かべていた。
「凌澄華様、体調はいかがですか?」
「ありがとう。あなたに話があるの」
私は意を決して、彼女に最近の異変を打ち明けた。
彼女は驚きの色を隠せなかったが、私の観察力を信じてくれた。
「実は私も、あの調合室の鍵がゆるいのを感じていたのです。誰かが出入りしている……」
共に調査を進める決意をした私たちは、夜の後宮で見張りを始めた。
数日間、誰も現れなかった。
そして、ついに――
深夜の静けさを破り、黒衣の影が調合室へ忍び込んだ。
私は息を殺しながら、その影を見つめる。
彼女の細い指が、白薬の入った壺を開ける。
「やはり、あの者か……」
しかし影は、壺の中に何かを混ぜると、静かに去っていった。
私は心の中で問いかける。
「あなたは、誰のために毒を仕込んでいるの?」
翌朝、私は毒の解毒剤の研究に没頭した。
被害者の死因は神経毒の急性中毒。解毒剤は存在するが、適切な処方がなければ効かない。
私は薄氷のように繊細な薬草の配合を何度も試みた。
(これで助けられる人がいるかもしれない)
そんな思いが私の指先に力を与えた。
そして、宮廷での薬草の入荷管理に細工があると気づく。
誰かが定期的に薬草の分量を操作し、毒を混入している。
その裏には、誰もが認める権力者の影がちらつく。
だが、今はまだ証拠が足りない。
私は冷静に事実を積み重ね、全てを繋げる時を待つことにした。
(この後宮の闇の中で、私だけが真実を見ている)
私の薄氷の瞳は、明日を見据えて光り輝いていた。