表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赫き一族  作者: KM
4/4

第四話 赫ノ邑へ

──深夜3時。

人気のないアパートの一室で、綾木 陸は床に並べた装備のひとつひとつを、無言で手に取りながら確認していた。


机の上のメモには、観測者-ZEROが送ってきた情報が走り書きされている。


常夜嶺とこよね』──GPS圏外、地図にない獣道、結界域。


綾木の表情は険しい。だが、その目は獲物を狙う獣のように鋭く、決意に満ちていた。そして改めて自分の持ち物を確認



◆ 持ち物チェックリスト


アウトドア用バックパック

容量30L超、防水カバー付き。重量バランスを考えパッキング済み。


ノートPC&モバイルバッテリー(高容量)

電源が切れても使えるようソーラーパネル式充電器も携帯。


録音・録画用端末(スマホ×2台+ペン型レコーダー)

一台は追跡不能なダミー端末。もう一台は録画専用。


登山用ヘッドライト&予備電池

山中の夜間行動を見越して、赤外線モード付き。


サバイバルナイフ&折りたたみナイフ

護身用だが、使う予定はないと信じたい。


簡易医療セット

止血帯、鎮痛剤、抗生物質、消毒薬、緊急用カプセル。


非常食と水(2日分)

レトルトパウチと高カロリーバー。浄水ストロー付きボトルも。


登山用グローブ・スパッツ・レインポンチョ

どれも動きやすさと耐久性を重視。


防犯用の閃光スティック&催涙スプレー

「効かねぇ相手なら、それもまた証拠だ」と綾木はつぶやいた。


記者証・身分証の偽造コピー(処分用)

身元を悟られぬよう、捨てられるダミー。


ロープとカラビナ(緊急用脱出セット)


神社対策として、お守り・塩・鏡の欠片・結界札のレプリカ

「効くかは知らん。でも持ってた方がマシだろ」と袋に突っ込む。


荷物の確認を終えると、綾木は立ち上がり、背負う感触を確認する。


「……これが俺の“装備”か。神頼みと根性、あとはクソみてぇな執念だけってわけだな」


皮肉めいた独り言をつぶやきながら、彼は部屋の照明を消す。


あとは結界域へ足を踏み入れるだけ。

異常な現象が起きるという、GPSが死ぬ一線。


そこには、噂でも伝承でもない……生きた“赫ノ邑が待っている。



早朝5時前。


わずかに白みかけた空の下、綾木 陸は静かにアパートの扉を閉めた。

ザックを背負い、帽子を目深にかぶり、足元は登山靴。まるで普通の登山者のような出で立ちだ。


とはいえ、向かう先は観光ルートでも登山道でもない。

地図から消された“何か”へ踏み込む旅だ。


「さて……行こうか、“地図にない村”へ」


無人の通りを一人歩く。

人気ひとけのない住宅街に、鳥のさえずりだけが響いていた。


やがて最寄り駅へ。

改札を抜けて、始発列車に乗り込む。乗客は数えるほど。

椅子に腰を下ろすと、リュックを足元に置き、窓の外に目を向ける。


(“常夜嶺”──アクセスは県道194号線から分岐する旧林業作業路。

崩れた斜面に祠と鳥居があり、その先が“結界域”)


反芻するようにZEROからの情報を頭の中で繰り返す。

わずかな情報。だが、それだけで十分だった。


綾木はスマホを取り出し、保存しておいたスレログを開く。

件の観測者ZEROの証言。


「あの村は……あれは、人の村じゃない」

「神社の中に、“赫”という漢字が刻まれていた」

「狛犬じゃなく、馬の頭の像」

「住人全員が赤い襷を巻き、無言で睨んでくる」

「義眼の男。鉈。追われる足音──」


(狂ってやがる……なのに、全部、妙に“真実味”がある)


車窓の外を、朝焼けが静かに照らしはじめる。

今日が“普通の一日”でないことを、誰よりも綾木自身が理解していた。


(あの村が本当に存在するなら──俺が見つける。俺が暴く)


彼の中の“記者魂”が、警告よりも好奇心と使命感を燃やしていた。


──そして数時間後。


乗り継ぎを経て、綾木は“その山の麓”へとたどり着く。


道中、少しだけ地元のタクシー運転手と話を交わしたが、「ああ、その林道は通れないよ。数年前から崩落で封鎖されてる」と気まずそうに言われた。


それでも行くと伝えれば、運転手は言葉を濁しつつも送ってくれた。

途中からは徒歩。獣道に近い山道を、彼は黙々と歩く。


やがて。


朽ちた看板。崩れかけた柵。

その奥に──あった。


小さな祠と、苔むした鳥居。


空気が、変わった。

風が吹かない。音がしない。虫の声さえ、遠のいた。


そして、スマートフォンのGPSが……途切れた。


──圏外。完全に、外部との連絡は絶たれた。


綾木は息を整え、祠の前で足を止める。


「ここからが、“結界域”か……」


帽子を深くかぶり直す。

肩に手をやり、装備の確認。


(逃げ道はない。何が起きても、すべては“取材”だ)


彼は、一歩。

祠の横を通り、鳥居をくぐった。


その瞬間。


空気が変わった。

肌にまとわりつくような、粘ついた“気配”が、綾木を迎え入れる。





足を踏み出すたび、世界の輪郭がわずかに歪んでいく。

色彩が薄れていく。音が遠のく。


木々がそよぐ音も、小鳥のさえずりも、すっかり消え失せていた。

ただ、重く澱んだ空気と、冷えた霧が肌にまとわりつく。


──鳥居をくぐった瞬間、何かが変わった。


綾木 陸は直感でそれを感じ取った。

ここは、“あちら側”の世界。

見えていた世界が、見えない世界へと塗り替えられていく──その境界を越えてしまったのだと。


(……戻るなら今だぞ、綾木)


自嘲気味に心中で呟きながら、足を止めない。

手にしたザックの肩紐が、ぐっと重みを増した気がした。

靴裏で折れた小枝の音は、まるで水中に沈んだように鈍く、くぐもっている。


吐く息が、白い。


けれど、体温が下がったわけではない。


それは気温の問題ではない、“空間”そのものの問題だ。


(……時間の流れまで、おかしい)


秒針が動く感覚がない。

何秒立ち止まったか、何歩歩いたのかも曖昧になる。

時計を見ようとしても、腕の感覚が妙に重く、動きが緩慢になるような錯覚。


そんな中──


「……チリ……ン……」


耳元を掠めた、かすかな鈴の音。


風はない。木も揺れていない。

なのに、はっきりと音が聞こえた。

金属が擦れるような、どこか冷たく濁った響きだった。


(……幻聴、か?)


振り返るが、そこには灰色の霧があるだけだった。

木々の間も、影一つない。

けれど、背中の皮膚が粟立つような“視線”の気配だけが、ひどく生々しく残っていた。


そして、さらに歩を進めてしばらく──


霧が、ふっと切れた。


空気の密度が変わったような瞬間。

それは、まるで異界の“ベール”をめくったような感覚だった。


木々の向こうに、見えたのは──


村だった。


朽ちた茅葺。傾いた木造家屋。

黒ずんだ瓦は苔に覆われ、壁の土は風雨に削られて崩れかけていた。

まるで、昭和の廃村に迷い込んだかのような錯覚。

だが、それ以上に異様だったのは──


すべての家屋に吊るされた、赤い布。


薄暗い中でもやけに鮮やかに浮かぶ“赤”。

それは玄関の上に、窓の桟に、柱の先端に──まるで何かを封じるか、祓うかのように結ばれていた。


色褪せもせず、風も吹かぬのに、微かに“ゆらめいて”いる。


綾木の背筋に、氷の針が突き立ったような感覚が走った。


(これは……風じゃない。……“動いてる”)


まるで、赤布そのものが“呼吸”しているようだった。


──不意に、綾木の胸がきゅうっと収縮する。


見つけてしまったのだ。

“あってはならないもの”を。


(……ここが、“赫ノ邑”)


彼の足が、地面に縫い付けられたように動かなくなる。


地図にない村。

存在してはいけないはずの村。

けれど、今まさにその目の前に、“赫ノ邑”はあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ