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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
第七章

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花妃と香妃(11)ー2

 寂妃の宮へと現れた花妃は、丁寧な仕草で頭を下げる。


「……午前は理由も告げずに休みをいただき、申し訳ありませんでした」


 殊勝な態度に春柳は内心で驚いていた。


(こんなにもすぐ、態度を軟化させるなんて。一体香妃様は何を言ったのかしら)


 ちらと香妃に視線を送っても、返ってくるのは含み笑いだけ。何も語ってくれそうにはない。

 春柳はひとまず、花妃の心変わりについては考えないこととして、ぱっと笑顔を見せた。


「いえ。具合が悪いのかしら? 無理はなさらないでくださいね」

「はい。もうすっかり回復しましたので。ところで寂妃様の講義の前にひとつ、そうだんがあるのですが、よいですか?」

「ええ。どうぞ」

「わたしと香妃様も教える側にも回りたいのですが」


 思いもよらない提案に、春柳は首を傾げる。

 伏せていた目を上げた花妃は、はっきりとした意志を滲ませていた。


「ここ数日の訓練は、正しい妃としての在り方を身につけるためにしていると捉えております。ですが、圧倒的に不足している部分があるわ」

「不足している部分……?」

「そう……貴族女性として身につけておかなければならない教養よ」

「貴族女性として……」


 いまいち腑に落ちていない春柳に、花妃は畳み掛けるように言葉を重ねた。


「正しい姿勢や礼儀を覚えることも、体を鍛えることも、士大夫が覚えるべき教養を齧ることも、どれも大切かもしれない。けれど、わたしたち妃は国内全ての女性の上に立つ存在。ならば女性が憧れる女性として、自分達を磨かなければならないわ。貴族女性を茶会に招いた時、茶や花が小粋なものでなければ失望される。調度品に格がなければ密かに馬鹿にされる。身に纏う衣や簪が時代遅れなら失笑を買う。相手の会話の裏を読めなければ罠に嵌る。わたしたちは、そういう世界に生きているのよ。わたしと香妃様なら、そうしたことをあなたたちに教えられる」


 ここで言葉を一旦切った花妃は、視線を斜め下に移動させ、もじもじと言いづらそうに言葉を続けた。


「……わたし、自分がどんなに幼稚だったかを思い知ったの。自分のことしか考えないで、自分の不幸ばかりを主張して……天華にいた時にはそれで許してもらえいたのだけど、後宮ではそうもいかないのよね……妃としての自覚を持って振る舞う。……今からでも、できることをしたいの」

「花妃様……!」


 春柳は感動した。

 わずか四日で、あの常に喧嘩腰だった花妃からこんなにも殊勝な言葉が聞けるようになるなんて!

 春柳には慧眼がある。観察力が優れているので人の言動や表情の裏を読めるし、真実を引き当てる力がある。

 その春柳の目を持ってして、今の花妃は本当に心から反省しているのだと告げていた。

 なので春柳は、花妃に近づくと、全く何の躊躇いもなくその白く美しい両手を握りしめた。


「もちろんでございます。至らぬわたくしに、お二人の知恵をお授けください、月橘様、璃美様!」


 いきなり名前で呼ばれた花妃と香妃とは、頬を染めながらも満更でもない表情を浮かべていた。



 花妃と香妃とが決意を新たにしたことで、一日の過ごし方が見直された。

 妃全員が自分の得意なことを教えるのだとしたら、全てを一日でこなすのは無理がある。

 なので順番、持ち周り制で教鞭を取ることになった。

 午前は満妃の修行もしくは剛妃による組手。一つの講座に絞ることでじっくりと時間をかけ、その分正しい動作を覚えることができる。

 昼を挟んで、寂妃、もしくは、璃美のによる講義。

 それが終われば午後の茶会の時間となり、茶会は花妃もしくは満妃による勉強会の時間である。


 花妃の茶や花、茶器や調度品、空間作り、会話劇などの知識は大変豊富で食妃にとっては目から鱗のものばかりなのだが、やはり中央貴族の常識や慣習とは少し異なっているらしい。なので満妃がそこを補うような形で中央式の茶会の作法を教えてくれるという寸法だった。


 卓の上にはずらりと十種類以上の茶葉。そして所狭しと点心が並んでいる。


「目上のお客様に出すならば、断然金眉(きんび)ね。茶葉が、かすかに光って見えるでしょう? 金毫(きんごう)と呼ばれる産毛に包まれたお茶で、貴色の金を纏っているからおめでたいとして贈り物に使われるの。陛下への献上品の一つでもあるわ。同格の者同士が集まってお茶をするなら、天針。削ると針のように細かな茶葉が茶壺の中で広がるからこの名がついたの。渋みが少なくて爽やかな飲み口だから点心との相性もいいのよ。口の中の脂をさっと流してくれるわ」


 祥国では餅茶とよばれる固めた茶葉が主流だ。蒸した茶を団子状に練ったもので、これを削って茶壺に淹れて蒸らし、茶杯に注いで飲む。

 様々な種類が存在し、特に茶の産地である天華出身の花妃はそれらに詳しい。

 春柳はもたらされた茶を飲むたびに感嘆していた。

 どれも違う味がして、一つとして同じ物がない。のみならず、点心との相性の良さなどもあり、多彩さに目を見張るばかりだ。


「幽山では茶樹が育たず薬膳茶が主流なので、こんなにたくさんのお茶があるなんて知りませんでした」

「永安では茉莉花(ジャスミン)茶が主流よ」

「陵雲は青茶(せいちゃ)が一般的だ」

「漠草は乳茶ね」

「珠海は天華に比較的近いからお茶はたくさん入ってくるけれど、あたくしは貿易品の紅茶が好みだわ」

「茶樹は繊細で、生育場所は限られているわ。天華の温暖な気候と肥沃な大地とが育めるものなの。天華以外の場所では気軽に手に入る物ではないから、贈答品として適しているのよ」

「交易品の中でも天華産の茶葉は人気の品だったわ」


 雑談を交わしながら知識を吸収するひとときは楽しいものだった。

 決して交わることなく、個々に過ごしていた六人の妃が交流を持ち始める。

 それは、華やかだがどこか閉塞的な雰囲気の漂う後宮に吹き抜けた、新たな風だった。


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