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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第七章

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花妃と香妃(10)

 璃美は祥国南東部、貿易で名を馳せる珠海の出身だ。


 都には日々珍しい品が運び込まれ、語り部が異国のわくわくするような話を聞かせてくれる。

 珠海いちの豪族の生まれである璃美の家にはもの珍しいものが運び込まれ、高価な輸入品の宝飾品や衣、香が贈られた。

 璃美はそれらの品を享受し、同時に祥国と異国との橋渡しになるべく努力を重ねていた。

 異国からの船団は祥国に新たなる知識を授けてくれるが、もたらされてばかりではいられない。

 対等な交易をするaには、祥国からの品を送り出すこともまた大切。


 だから璃美は、異国のことを学ぶのと同等、いや、それ以上に自国のことについても勉強をした。


 といってもそれは寂妃のように詩書をかじるのではなく、もっと即物的で金銭に替えられるようなことだ。

 長い船旅に耐えうる価値のある品を探し出し、交易品とする。

 それは例えば、皇宮のある昇陽で古くから貴族たちに愛されている調度品であったり、天華で加工される茶葉であったり、漠草の羊毛を紡いだ毛織物であったり、陵雲で作られる武具だったりする。


 実際に遥か離れた陵雲や漠草まで足を運ぶわけにはいかないので、商人からもたらされる品々を見極め、貿易品にするかどうかの判断を下すのが璃美の役目。

 璃美は実は祥国内の特産品に精通し、商売人としての慧眼を持った妃だった。

 珠海にいた時の璃美は己の役割に自負を持っていた。多くの人との交流を持ち、言葉の裏を読み、値段が適正か、品が本物かどうかを確かめる。毎日が刺激的で幸せな日々を暮らしていた。


 だが、そんな毎日は突如として終わりを告げる。


 璃美にーー静帝陛下の妃として後宮に入るようにとの命が下ったのだ。

 朝廷の決定事項は絶対だ。天命のある金眼の皇帝からの申し入れを、珠海のいち豪族ごときである璃美の家が断れるはずはない。

 どころか、この申し出を璃美の生家は大変ありがたく受け入れ、もろ手を上げて璃美を送り出した。妃が出たとあっては家に箔が付く。もし金眼の皇子を産めば、皇后の生家ということになり、計り知れない恩恵に預かれる。

 だが、それら生家にもたらされる恵みと引き換えに、後宮で璃美を待っていたのは繰り返される代わり映えのない毎日。


 珠海にいた頃のように璃美を頻繁に訪ねる者はなく、璃美を頼ってくれる人もいない。

 孤独は人をおかしくさせる。

 世界から切り離され、後宮という場所に隔離され、ゆるやかに、まるで真綿で締め付けられるかの如く退屈で平穏で窒息しそうな日々。

 能力を持て余した璃美は、後宮でやさぐれていた。

 せめてもの慰みにと、珠海からせっせと異国の品を取り寄せ、宮を飾り立てる。

 異国の料理を作らせて、それを口にする。

 一瞬、懐かしさに心が満たされたかと思えば、まるでどこかに穴が空いているかのようにまたすぐに空虚さが訪れる。そしてまた満たされたくて、同じことをする。どんどんと、自分でも知らぬうちに、徐々に激しさを増して。

 そんなことをしていたら、肌が荒れるようになった。

 原因がなんなのかわからないけれど、とにかく荒れた肌はみっともないので化粧で隠す。どんどんひどくなったので、化粧もどんどんと厚くなっていった。


 鏡を見ると苛々する。

 誰かに顔を見られるのも嫌だった。


 こんな肌の荒れた顔をじろじろと見られたく無い。こんなの、本当の自分なんかではない。

 だから璃美は扇を手放さず、常に顔の半分、口元を隠すようになった。

 ままならぬ現実を前に璃美の苛立ちは募っていく。

 そんな時、戯れに花妃の願いを叶えるため、食妃を陥れようとし、そして逆襲に遭った。

 花妃に渡した毒は異国のもので、祥国には存在しない。調べられればすぐに出どころがばれてしまい、共犯が確定してしまう。

 だから璃美は何がなんでも食妃が毒を見抜くのを阻止しなければならなかった。

 結果として、食妃の逆鱗に触れてしまった。確かに毒混入の濡れ衣をかけられそうになったなら、誰だって怒り狂うだろう。


 食妃の報復は苛烈で、かつ鮮やかだった。


 他家の妃を巻き込み、一日中璃美と月橘を監視下に置き、身も心もくたくたになるまで酷使させる。だがやっていることは妃修行に組手に詩書の心得と健全極まりないものだから、「罠に嵌められた」などと訴えることもできない。

 そうして璃美は、食事さえも食妃に差配されるという屈辱的な日々を送ることになった。

 朝は早くから起床し、体に良い食事を取り、適度に体を動かし、脳に新たな有用な知識を詰め込み、夜はばったりと卧榻ベッドに倒れ込むや否や眠りにつく。

 余計なことを考えている暇などない生活を送りはじめ、三日経った朝のことだった。


「……吹き出物が……消えてきている……?」


 璃美の顔面どころか背中や臀部でまで荒れ狂っていた吹き出物に明らかな変化が起こっていた。炎症が抑えられ、小さくなってきている。

 見間違いかと思ったが、今朝になって確信した。

 吹き出物が消えてきている。

 璃美本来の美しい肌に戻ってきている。

 きっとそれは、最近の生活規則によるものだろう。

 規則正しい生活と野菜中心で乳脂肪少なめの食事、適度な運動の効果だ。


 まさか、そんなことが起こるなんて。


 そして璃美は他家の妃と交流しているうちに、気づいたことがあった。

 満妃は己に与えられた責務をこなすため、日々の修行をおろそかにしない。

 剛妃は狭い後宮内であっても陵雲の民としての誇りを失わず、武芸の腕を磨き続けている。

 寂妃は己の知識を活用し、後宮にいながらにして漠草の民のためにできることを行っている。

 食妃は新入りの妃だというのに全く臆せず、誰よりも精力的に動いている。


「……対して、あたくしたちはどうだったかしら。現状に不満を言うばかりで、自らは動かず、全てを周囲のせいにして。妃を名乗る以上、もっとあたくしたちにしかできないことがあるのではなくて?」

「わたしたちにしか、できないこと……」


 璃美の話を聞いた月橘は、呆然とした表情をしていた。


「あたくしは祥国の伝統品と珠海の貿易事情に誰よりも詳しい自負があるわ。花妃様にだって、誰にも負けない得意なことのひとつやふたつあるでしょう?」

 璃美に問われた月橘は、茶杯に満たされた茶を見ながら、しばし考え込んだ。

「……お茶の淹れ方や花の種類になら、詳しいと思うけれど……あとは、衣とか簪とか……」

「なら、そうした特技を押し出すべきよ」


 璃美はずいと体を前のめりにし、俯き加減の月橘の顎を人差し指ですくった。


「あたくしの可愛い花妃様。あなたは他の妃に負けない魅力を持っているわ。こんなところで腐っているのは勿体ないわよ。周囲に不満をぶつけるのはもう止めにして、皆を見返してやりましょう?」

「でも、どうやって……」

「あら、そんなの簡単だわ」


 戸惑い揺れる月橘の瞳をまっすぐに見つめながら璃美は言葉を優美に紡ぐ。


「食妃と同じ手法を取ればいいのよ。相手を陥れたりしようと考えるのは、止めだわ。もっと正々堂々と行きましょう。……食妃に感謝しないとね。おかげであたくし、本来の自分に戻れそうなのだから。そう、きっと食妃は、あたくしたちにそれを気づかせたかったのよ。なんて強引で、けれど高尚な考えを持った妃なの。……あたくしたちも彼女以上に有能なところを見せつけなければね?」


 唇をくっと持ち上げ笑う璃美の顔は大層自信に満ち溢れ、妖艶で、女の月橘からしても頬を染めてしまうほどの色香に溢れていた。 


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