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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第七章

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花妃と香妃(9)ー2


 翌日、春柳は満妃の宮にて花妃が来るのを待っていたのだが、定刻になってもやってくる気配がまるで無い。


「花妃様、全然いらっしゃいませんね」

「大方、修行が辛くて音を上げたのでしょう。根性のないお方だこと」


 春柳の疑問の声に呆れた声を上げたのは満妃汐蘭だ。

 今日も今日とて汐蘭の宮での妃修行のため、春柳、汐蘭、そして香妃璃美があつまっていた。のだが、花妃月橘がいくら待っても来ない。

 体調が悪い、などの理由あってのことならば仕方ないのだが、それにしたって使いの一人さえこないのはどういうことなのか。

 花妃のことなので、大方、修行が辛くて寝室から出てこないとかなのだろうとは思うが。もし本当に体調を崩してしまったのだとしたら修行をけしかけた春柳のせいなので、少し申し訳なく思う。


「わたくし、迎えに行って参ります」

「食妃は面倒見がいいこと。根性なしなど放っておけば良い」

「そういうわけには……」

「香妃は心根を入れ替えたと言うのに、あの甘ったれはいつまでもうじうじと……だから崇悠様も呆れているのよ。それさえわからない世間知らずなど、勝手に拗ねさせておけばいい」


 汐蘭は手厳しい。

 春柳はそんな汐蘭に苦笑を漏らし、立ち上がる。


「でも、せっかく妃同士、同じ修行をする仲間。脱落させるには惜しいです」


 花妃の宮へ様子を見に行こうと歩きかけた春柳を止めたのは、璃美だった。


「待って。その役目、あたくしが請け負うわ」


 すっと立った璃美はもう、扇子で顔を隠してはいない。化粧もやや薄くなっている。白粉の下の顔は、以前より自信に溢れたもの。


「たぶん、食妃様よりもあたくしの方がうまく説得ができると思うの」



 月橘の宮へ訪れた璃美は、すんなりと寝室の前まで通された。

 戸は開いているのだが衝立があって中の様子までは窺い知れない。

「入るわよ」と一言断り、璃美は衝立を迂回して室内へと入った。

 隅に置かれた卧榻(ベッド)がこんもりと盛り上がっている。近づいた璃美は、嘆息と共に言葉を落とす。


「何を拗ねているの?」

「……拗ねてなんていないわ」


 上掛けの中からくぐもった声がした。その声はどことなくだるそうで、湿気を帯びて潤んでいた。


「なら、とにかく顔を見せてご覧なさい。あたくししかいないから大丈夫よ」

「…………」


 しばし動きがなかったが、上掛けがもぞもぞと動いた。

 上掛けから覗いた顔は、目がパンパンに赤く腫れ、隈が落ち窪み、全体的にむくんでいる。璃美は片眉を釣り上げた。


「まあ、酷い顔」

「…………」


 璃美の歯に衣着せぬ物言いに気を悪くしたのか、月橘はぷいと横を向き、「だから顔を見せたくなかったのよ」と言っている。

 そんな月橘の様子を見た璃美は、女官を呼び寄せ、命じた。


「満妃様、食妃様に伝えてちょうだい。『花妃、香妃は本日午前の修行を欠席。午後から参ります』と。それから、朝餉の準備を。ーー花妃様が好きなお茶もたくさん用意するのよ」


 一礼して下がる女官を視界の端で見届けて、璃美は月橘に向き直った。

 月橘は未だ、視線を下に向けたまま、璃美の方を見向きもしない。

 出会った時から彼女はそうだ。気に入らないことがあると拗ねる、周囲に当たり散らす。とても子供っぽく、自分に非があるなんて微塵も思っていない。世界の全てを、自分が満足する方向へと引き寄せようとする。自分から歩み寄ろうなんて考えないのだ。


「とにかく、着替えて朝餉にするわよ。そんな状態じゃ、一日が始まらないわ」


 璃美の声に、のろのろと月橘は動き出した。



 久方ぶりに見張り(春柳)のいない朝餉を取ったせいか、それともゆっくりと大好きなお茶を楽しめたおかげか、月橘は朝よりも大分落ち着いた様子だった。

 月橘の宮は璃美からすると地味で面白みに欠ける。調度品は落ち着いた色彩と装飾のものばかりだし、家具もゆったりと配置されているので空間がだだっ広く空いている。光源は大きく切り取られた窓から差し込む陽の光が頼りなので、曇りの日や夕刻はやや薄暗かった。

 璃美ならば空いている空間に海外よりもたらされた敷物を敷いて壺や彫像を置くだろうし、天井には水晶でできた豪華なシャンデリアを吊るすだろう。


 だが、水廊が張り巡らされた宮は珠海の港町を思い起こさせて悪くない。吹き抜ける風は水気を帯びていて心地よかった。


 月橘の宮で出される茶は茶本来の香りがする。共に出てくる甜食は野菜や果物を使い、天華風の甘酢餡のものが多かった。

 輸入ものの香りの強い茶、海外風の脂肪分たっぷりの菓子を口にしていた璃美からするとそれはそれは淡白で味気ないと思っていたのだが、四日間、食妃監修の料理を食べ続けたことにより味覚が変化したのだろうか。これも素材の味を感じられて良いわね、と思うに至っていた。


 食妃監修とはいえ作っているのは璃美の厨師。基本的には珠海風で璃美好みのものであったのだが、やや薄味になり、量が減り、そして具材が野菜と果物中心となっていた。


「それで。一体どうしたのかしら」


 茶杯を卓へと置いた璃美が話を切り出すと、花妃は視線を左右に彷徨わせる。化粧をしたとはいえまだ瞼が腫れぼったいし目が赤い。


「……昨夜、静帝陛下の御渡りがあったの」

「それで?」

「わたしに対する食妃の態度が酷い。満妃も剛妃も寂妃もみんなしてわたしをいじめる、って訴えたら、逆に叱られてしまって……わたしが悪い、って」


 月橘はすがるような目で璃美を見て、己の窮状を訴えた。


「でも、璃美様ならそんなことないってわかるわよね? わたしは何も悪くないわ。食妃が……あの女が全部悪いのよ。でしょ? わたしから平穏な暮らしを取り上げて、こんなふうに身も心もぼろぼろになるまで追い詰めて。酷いわよね。ね?」


 月橘は同情と同意が欲しいのだろう。


「そうね、皆、酷いわよね。あなたは何も悪くないわ」と言い、璃美に慰めて欲しいのだ。


 少し前までの璃美ならば、月橘の意見に心から同意し、食妃を筆頭にした他の妃たちを悪し様に言い、理解を示してくれない静帝陛下に苦言を呈していただろう。

 だが、いまは。


「……花妃様。少し落ち着いて聞いて欲しいのだけれど」


 捨てられた子犬のような顔をして璃美を見ている月橘に、言葉を選びながら語りかける。


「あたくしたち、きっと大切なことを見落としていたのだわ」

「……大切な、こと……?」

「そう。妃として後宮に輿入れしてきた覚悟と責任、そしてーー自覚とを」


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