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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第七章

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花妃と香妃(7)

 その昔、幽山には一人の大変美しい姫がいた。名を麗慧(れいけい)

 麗慧は美しい顔立ちと優しい心根から里の者皆に慕われる姫だった。

 だがしかし、姫の美貌は同時に妬みも買った。

 里の誰よりも抜きん出て美しい姫に嫉妬した女たちは、麗慧を貶めようと呪いをかけた。

 呪いは麗慧の体を蝕み、真っ白な肌を吹き出物が覆いつくし、見るも無惨な姿に変えた。

 周囲の者は慌てふためき、どうにかしようと躍起になり、また姫の姿を周囲から隠そうとして屋敷に籠め置こうとした。

 だが、麗慧は毅然とした態度を崩さなかった。


「慌てることなど何もありません。これは呪いなどではない。わたくしが自分自身の手で解決してみせましょう」


 そう言って麗慧は厨房から厨師を全員追い出し、自分で料理を作り始めた。

 作ったのは、手羽元、白胡麻、胡桃、生姜、松の実を豆乳で煮込んだ(スープ)

 これらの食材は肌に潤いを与え、体を活性化させる作用がある。

 麗慧は毎日(スープ)を手ずから作り、飲むようになった。

 すると荒れ果てていた肌に張りが戻り、吹き出物は徐々に消え、やがて元の白くきめ細やかな美しい肌に戻った。


「わたくしの肌荒れの原因は、呪いなどではなく、食物にあったのです」


 美貌を取り戻した麗慧はそう言う。


「わたくしの体質に合わない食物を出し、摂取し続けたことにより肌荒れを起こした……すべては、厨師の仕組んだ罠」


 見事呪いの正体を看破し、原因物質を取り除き、体に良いものを摂ることで美肌を取り返した姫。

 こうして幽山では、食養生……食により体の不調を解決する文化が根付いたのだった。


「姫の聡明さと美肌にあやかり、麗慧湯(れいけいとう)と名付けられた次第でございます。香妃様にぴったりのお料理でございますよ」


 食妃は淡々と料理の説明をし、てずから料理を取り分け、おまけに自ら毒味を買って出た。


「さ。これで良うございます。口にしてみて下さいませ」


 断るわけにはいかなかった。

 扇子を女官に手渡すと、渋々といった様子で麗慧湯なる料理を口にする香妃。


「花妃様は肉末芹菜(ロウモーチンツァイ)をぜひお召し上がり下さいませ。芹菜(セロリ)は体の熱を取り除き、頭に昇った気を下ろす働きがございます。昇ったまま下りてこない血の巡りを正常化させますので、精神安定に一役買うものでございますよ」


 一方の花妃も、食妃の一見柔らかに見えるが圧の強さが透けて見える態度に「否」とは言えなかった。

 小皿に盛られた肉末芹菜を仕方なしに食べる花妃。なんだか、薄味の料理だった。

 天華の料理は甘酢餡が基本だ。

 永安よりも南西に位置し、蒸し暑い気候の天華では、さっぱりと食べられる甘味のある味わいの料理が多い。だから花妃もそのような味を好む。

 こんな、素材の味しかしないような料理は、料理とは言えない。

 香妃も似たようなことを考えているのだろう。顔つきは険しい。

 次々と出される料理だったが、どれもこれも似たり寄ったりだ。


甜食(デザート)には銀耳梨湯(ぎんじなしとう)をどうぞ。銀耳、つまり白きくらげと梨とを煮て蜂蜜をかけた一品です。銀耳は肌を潤し免疫力を増強。梨には体を潤す作用がございます。肌荒れを抑え、苛立ちも抑える、まさに一石二鳥でお二人のためにあるようなお料理でございますね!」


 邪気のない顔で随分と邪悪なことを言う。

 もはや昼餉の時間は、ただの苦痛以外の何者でもなかった。さっさと茶番を終わらせて、次なる手を考えなくては。

 花妃と香妃がほぼ同じタイミングで甜食を平らげると、食妃は満足そうな表情を浮かべ、さらに言葉を続けた。


「お二人とも、良い食べっぷりでございました。ですが、これは序の口でございます。体質改善とは、一日二日で成るものではございません。一食食べて即問題が解決するわけがないのです。麗慧様の例を見てもわかるように、日々規則正しい生活を送り、体にあったものを食べてこそ、健康な心と体を手に入れる事ができます。というわけで、わたくし、明日からもお二人のために食事をお作りいたしますね」

「は……!?」

「要らないわよ、そんな迷惑な」

「いいえ。わたくしもう決めたのです。お二人が理想の心と体を手に入れるその日まで……とことん付き合う次第にございます」

「「……!!」」


 食妃の背後には、氷嵐(ブリザード)が吹き荒れていた。

 怒っている。相当怒っている。

 毒殺の冤罪をかけたことが、きっと彼女の怒りを買ったのだ。

 



 美は一日にして成らず。

 理想の自分を手に入れるためには地道な努力と弛まぬ研鑽が必要だ。


「そういうわけで、花妃様。起きて下さいませ。修行のお時間でございますよ」


 花妃が卧榻(ベッド)で眠っていたら、女官に連れられた食妃が寝室までやってきて、そうのたまった。

 まだ寝巻き姿の花妃は上掛けを手繰り寄せて悲鳴を上げる。


「あっ、あなたね! 人の寝室に勝手に上がり込んで、何を勝手なことを言っているのよ!!」

「ですがわたくし、このお時間にお迎えに上がると申し伝えましたよね? 未だ起床なさっていない花妃様に落ち度があるかと存じますが」

「断ったはずよ!!」


 確かに昨日、食妃は帰り際に言った。


「明日は朝から共に妃修行をいたしましょう。お迎えにあがります」と。


 だが花妃はこれに是とは答えていない。


「わたしは、そんなことをする気はないわ!」

「そうですか。でももうこれは、決定事項ですので。早く着替えてくださいね。わたくしは香妃様を起こした後、朝餉の準備をいたします」


 まるで聞いていない食妃はそう言い捨てると寝室から出て行った。

 あまりにも勝手な言い分に、花妃は朝から怒り心頭だ。

 再び卧榻(ベッド)にぼすんと横になると、上掛けを顎の下まで引っ張り上げた。


「こうなったら、何がなんでも起きてなんてやらないんだから……!」


 しかし、そうは問屋が下さなかった。

 花妃が二度寝を決め込んでそうそう時間が経たないうちに、またしても女官がやってきた。


「お休み中のところ失礼いたします。満妃様、香妃様、食妃様がお見えになっています」

「……なんですって!?」


 香妃、食妃まではわかるが、なんだって満妃まで来ているというのだ。

 さすがに慌てた花妃は飛び起き、着替えて支度をした。

 帔帛(ひはく)を引っ掛けて皆が待っているという水廊の中ほどにある宝形屋根の宮まで行くと、そこには確かに三人の妃がいた。花妃が入室すると、満妃の鋭い視線が飛んでくる。


「遅い。かような時間まで寝こけているとはいいご身分だこと」


 さすがにカッとなった。


「かような時間と申しますが、まだ朝になったばかりですわよ。こんな時間に先触れもなくお尋ねになる方が常識外れかと存じます」

「妾はもう二刻は早く起きておる」


 それはもう、日の出と共に起きているような時刻だ。この閉じられた、することのない後宮において、そんな時間から起きて一体何をしているというのか。

 ちらりと香妃の顔を伺えば、扇子に半分隠れた顔は憮然としているので、彼女も無理やり叩き起こされたのだろう。


「さ。皆さんお揃いになったところで、朝餉にいたしましょう」


 こちらの不機嫌さなど意にも介していない様子で食妃が言う。


「先に用意させていただきました、朝餉にございます」


 花妃の椅子の前には点心が、香妃の椅子の前には面包(パン)(スープ)が置かれている。

 昨日のような幽山式の料理ではなく、食べなれた郷土のものが並んでいるのをみて花妃は安堵した。


「朝餉は食妃様ご自慢の幽山料理とやらではないのね」

「毎日お召し上がりになる以上、慣れ親しんだ料理の方が良いかと思いまして。でもご安心ください。使う食材に関しては、きっちりわたくしのほうで決めさせていただきましたから。これからは毎日、わたくしがお二人の厨房に赴いて厨師のかたと内容を決めさせていただきます」


 確かに、包子(パオズ)を二つに割いてみると、花妃がいつも食べているものよりも肉が少なく野菜が多い。


「そちらの包子、青梗菜(チンゲンサイ)と玉ねぎを多く加えることで心を落ち着かせて気の巡りを良くする効果があるのです。どうぞゆっくり味わってください。香妃様が手にしている面包(パン)には棗と金柑が、羹は牛乳が(ベース)銀耳(白きくらげ)を入れてあります」


 完全に栄養管理されていた。

 花妃も香妃も「こんなもの食べられないわよ」と卓ごとひっくり返したい衝動に駆られていたが、ここには満妃がいるため、そんな真似ができるはずもない。

 既に朝餉を終えているらしい満妃は、優雅に茶を飲み、甜食を口にしている。


「この甜食、初めて食べたけれど中々ね」

「牛の乳から作った布丁(プリン)です。幽山では山羊の乳で作るのですが、牛の乳のほうがあっさりとした味わいに仕上がりました。白玉と無花果(いちじく)を載せてあります」

「妾の口にも合っておる」


 後宮内で一目置かれている満妃がそう言うのだから、花妃も黙って朝餉を平らげるしかない。

 しかもこの包子、悔しいが中々に美味しい。

 野菜が多く入っているので物足りないかと思いきや、むしろ朝にはちょうどよく、シャキシャキとした歯応えが癖になる。おまけに慣れ親しんだ甘酢で味付けがされているので大変食べやすい。


「…………」


 香妃も同じ気持ちなのだろうか、複雑そうな面持ちで匙を動かしている。


「お二人とも、いかがですか?」

「……悪くないわね」

「そうね。悪くないわ」


 だから花妃も香妃もそう言うのが精一杯だった。


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