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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
第六章

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満妃(終)


 月寿節が終わり幾日か経った。

 久々となる静帝陛下の御渡りに、春柳ははりきっていた。

 秋も深まる時分、朝晩の冷え込みは増している。わざわざ長い回廊を渡って後宮の最も奥まった春柳の宮までやってくるのは、さぞかし夜風が体に染みるだろう。

 陛下のために体が温まる料理を、と考えた春柳は、色々と用意をしていた。


 まずは、汆魚丸子湯(ツァンユーワンズトウ)


 汆とは茹でるの意味で、すり身にした魚団子を(スープ)にいれた料理のことだ。

 団子は(ます)と豆腐を練り合わせてこしらえ、(スープ)には他の具材として韮と卵、春雨を入れ、生姜を効かせている。生姜は生のものではなく、乾燥させたものを使っている。乾姜(かんしょう)と呼ばれるこの食材は生のものとは効果が異なり、血行を改善して体を芯からじんわりと温める。胃弱の人には生の生姜よりも乾姜の方が良い。


 そして粉蒸肉(フェンヂョンロウ)

 これは平たく言えば、豚バラ肉と米粉を蒸した料理のこと。長時間蒸した豚肉は旨味が逃げてしまいがちだが、そうならないように米粉を肉にまぶし、さらに蓮の葉で包んで蒸す。蓮の葉は清らかな芳香で、気分をすっきりとさせてくれる。


 さらに蛋羹(ダンゴン)と呼ばれる、出汁を溶いた卵液を器に入れて蒸した料理も出す。中には蓮の実を入れてあり、脾を守り胃腸機能を整えて精力を補う。


 米は百合(ビャクゴウ)とともに炊き込んだ。乾燥させた百合根のことで、これは気分を落ち着かせる効果がある。


 食後には薬膳酒を用意した。

 棗、クコの実、菊花を酒に漬け込んだもので、こうすることで薬効成分が抽出されて体に吸収されやすくなる。いずれの食材も肝機能を養うもので、気や血の流れを良くし、消化を助ける役割があった。

 満足して食事を終え、薬膳酒を傾ける陛下。

 春柳はそんな陛下に、今日は切り出したい話があった。


「陛下。あの……差し出がましいようなのですが、その。汐蘭様の事でお伺いしたいことが……」


 春柳はちらちらと静帝陛下へと視線を送る。陛下は酒盃を手に、くつろいだ様子を崩さないまま短く言葉を次いだ。


「何だろうか」

「陛下は汐蘭様のことを、どのように思っておりますか?」

「よい妃だと思っている。務めを果たし、模範を示し、民を導くにふさわしい」


 陛下の言葉は疑いのないもののように思えた。

 確かに汐蘭は妃としての務めを果たし、他の妃に模範を示し、そして皇帝を補佐し民を導ける器を持っているだろう。


「それは妃としての資質についてですよね。陛下ご自身は汐蘭様にどのような気持ちを抱いているのでしょうか」


 あまりにも踏み込みすぎただろうか。

 静帝陛下は首を傾げ、探るように目を細めた。すぐには答えず、酒盃を傾け、唇を湿らせる。その間も視線はずっと春柳に向いたままだった。


「……そなたの口からかような言葉を聞くとは思わなかった。汐蘭を意識している理由が、嫉妬だとすればこの上もなく嬉しいが」

「汐蘭様は元々は偉鵬(いほう)様の許嫁だと耳にいたしました」


 歯に衣着せず、ずばりと春柳は切り込む。静帝陛下の動きがピタリと止まった。

 春柳は以前、汐蘭に言われた言葉を思い出す。


『我らは妃らしく振る舞わねばならぬのよ』

『我らは妃として、静帝陛下をお支えするにふさわしい振る舞いを期待されている。贅沢な暮らしは責務の重さゆえ。決して我を出さず欲を出さず、常に国のためを考えて行動しなければならないのよ』

『汐蘭様は皇后になりたいのでしょうか』

『なりたいなりたくないという問題ではない。ならなくてはならぬのじゃ。それが妾に課せられた責務、使命である』


 一連の言葉は、妃としてこうあるべきという責務によって突き動かされているもので、汐蘭個人の感情は置き去りにしているように感じる。


「汐蘭様は皇后にならねばならない、と仰っていましたが、わたくしにはそれが義務のように感じられました。汐蘭様の感情など、まるで考えていないように……」


 トン、と酒盃が卓に置かれた音が妙に響いた。

 あまりにも踏み込みすぎただろうか。真っ直ぐに静帝陛下を見ると、怒っているようには見えない。むしろ、薄く開いた唇は、僅かに弧を描いている。面白がっているような、喜んでいるような、そんな表情だ。


「そなたは、俺が思っていた以上に鋭く、そして大胆だ」


 春柳は苛烈な視線を真っ直ぐに受け止めた。怯んでも、謝罪をしてもいけない気がした。


「確かに汐蘭はかつて俺の兄、偉鵬(いほう)の許嫁だった。そしておそらく今現在も、二人は想い合っている。汐蘭と婚姻を結んで十四年になるが、態度は一貫している。皇后になるという義務感しか感じられん。そして兄は……未だに一人も妻を娶っていない。皇帝の兄としては異例の事態だ」


 やはり、という気持ちがした。


「どうにかすることはできないのでしょうか」

「ふむ。面白い質問だ。だがなぜ、そこまで汐蘭に肩入れする?」


 探るように問われ、春柳はすらすらと答える。


「わたくしは、汐蘭様にとてもお世話になりました。妃としての振る舞いを教わり、現在の皇宮での礼節や式典についての知識を授けられ、宮廷料理までも振る舞っていただき……汐蘭様の毅然とした態度、言動は感銘を受けるものですが、同時に切なく、苦しくも感じたのです。汐蘭様は感情を排除して、義務感、責務から妃としての自分を演じているのではないかと」


 汐蘭の態度に違和感を覚えたのは、かつて自らも同じ境遇に立たされたことがあるからだ。

 春柳は姫としてのふるまいを強制され、そうするようにと言われて生きてきた。

 そこに春柳個人の感情が入る余地などなかった。

 生まれが姫だから。だから姫として振る舞うのが当然だと、そう言われ続けてきた。


 ……たとえどこのどんな生まれでも、好きなことを奪われたり、何かを強制される謂れなどないと、春柳はそう思っている。


 毅然とした態度の裏には、汐蘭の悲痛なまでの気持ちが隠れているのではないかと、春柳はずっとそう思っていた。

 そして汐蘭の心を救うために何かができるのならば……手助けしたい。汐蘭は、春柳にとってもはや大切な人になったから。

 静帝陛下は春柳の想いを汲み取ったのだろうか。置いた酒杯の端を長い指でつぅと撫で、瞳を細め、杯の中で揺蕩う酒を見つめる。

 やや間を置いてから、何かを吟味するように、じっくりと考えるようにしてからゆっくりと言葉を紡いだ。


「方法ならば、ある」


 静帝陛下は言って伏せていた目を上げて春柳をじっと見つめた。金の両目は静かに光っていて、吸い込まれそうなほどに美しい。瞳は常になく熱を帯びていた。力強い視線が春柳を絡め取り、なぜか胸が妙に高鳴る。


「……汐蘭以外の者を皇后に据え、兄上が破格の功績を立てる。これにより汐蘭を褒賞として兄へと贈ることが可能だ」

「満妃様、以外の妃を皇后に……」

「そうーーたとえば」


 静帝陛下の腕が伸び、卓越しに細く長い指が春柳の頬に触れた。

 次に言わんとしていることが何なのか、何となく想像がつき、でもそれはあり得ない、と心が叫んでいる。

 春柳と陛下の婚姻は、完全なる政略婚だ。

 陛下は幽山と縁を結ぶため、春柳は陛下の食事情を改善し、ついでに自分の好奇心を満たすため。

 両者の思惑は違えど、利害が一致しているからこそ積極的に婚姻を受け入れた。

 それだけのはずだ。

 それだけの、はずなのだ。

 だから春柳が皇后に選ばれるなどありえない。妃としての歴の浅さ、家格からみたって自明の理だ。

 なのに陛下の春柳を見つめる視線はどうだろう。


(……考えてみたら、この視線は出会った当初から向けられていたような……? いえ……そんなことは、まさか……)


 戸惑いが生まれた。

 これまで何度も向けられていたものを、春柳が気づいていなかっただけなのではないか。なぜかそんな気がしてならない。

 陛下は春柳の心情を知ってか知らずか、視線に熱を宿したまま、しかし耳に心地よく響く低い声はどこまでも冷静に言う。


「ーーそなたが」


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