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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
第六章

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満妃(15)

 じっくり煮込んだ豚の紅焼肉 (ホンシャオロウ)

 炉で丸ごと焼かれた家鴨(あひる)(タレ)掛け。

 雛鳥(ひなどり)胡麻惣酢(ソース)掛け。

 蟹肉(かににく)鱶鰭(ふかひれ)(スープ)

 七宝餡(しっぽうあん)を包んだ春巻に、薄饅頭、水晶餃子、羊の粕漬(かすづけ)燻製、(きじ)肉のたたき、家鴨の味噌煮、揚げ饅頭。

 そしてーー幅広の麵、えび風味の麵、揚げ団子、たっぷりの肉を包んだ雲呑(わんたん)白熟餅子(はくじゅくへいし)、角煮を混ぜ込み竹で蒸した(ちまき)


 大皿にたっぷりと盛り付けられた料理たちにより、頑丈なはずの卓が湾曲しているような気さえする。


 祥昇全席(しょうしょうぜんせき)


 すなわち、貴人が食べる比類なき豪華な料理。

 しかしそれが、たった二人のために用意されているというのはいかがなものかと毎回崇悠(すうゆう)は思う。

 目の前に座る汐蘭(しおらん)は嫣然としていた。


「さぁさ、お召し上がりくださいませ。腕によりをかけて作らせたのです。崇悠様はもっとお太りになりませんと」


 崇悠は軽く息をつく。

 目の前の妃は果たして本当に、崇悠のためを思って食事を取らせ太らせようとしているのだろうか。


(……違うだろうな)


 薄々気がついてはいたのだが、わざわざ確かめる気はない。

 汐蘭は崇悠の背後にいつも偉鵬(いほう)を見ている。心は兄のところにあるのだろうと崇悠はわかっていたし、無理に心変わりさせる気もなかった。

 かつて汐蘭は、崇悠の兄である偉鵬(いほう)の許嫁だった。

 崇悠も二人が共にいるのを何度も見たことがある。二人の間には穏やかな空気が漂っていたし、仲睦まじく、似合いの二人だと幼いながらに思っていた。二人が正式に結婚した暁には盛大に祝言を贈ろうと考えていた。

 しかし崇悠が十歳になる日、突如汐蘭は崇悠の妃になるのだと告げられた。理由のわからぬまま婚約期間もなく輿入れが強行され、汐蘭は兄ではなく崇悠のものとなった。

 兄に誤解して欲しくなく、崇悠は必死に言い募った。兄はふっくらとした顔に困ったような表情を浮かべていた。おそらく崇悠が汐蘭を横取りしたのだと、そう思ったのだろう。そうではない、と何度言ったかわからない。兄が聞き届けてくれたのは、汐蘭の輿入れから一年が経った後だった。

 一体何が起こったのか、調べさせたところ、どうやら皇室と汐蘭の生家である劉家で密約が交わされたらしい。

 要するに欲を出した劉家が、娘を皇帝の妃に据えたがったのだ。

 皇室としても、昇陽でも比類なき大貴族である劉家の言い分を聞き届けないわけにはいかなかった。何より、劉家の姫が妃になるならば安心感があり、他の貴族への睨みも効かせられる。


 そういうことだったのだ。


 当人たちの気持ちなど構いもせず、置き去りにして、一斉の説明もないまま大人の都合だけで結婚相手を変えられたのだ。

 全てを承知の上なのか、崇悠に輿入れしてから汐蘭は変わった。

 兄といたときのような穏やかな雰囲気はなりを潜め、ただただ妃として、そして将来の皇后を期待されている姫としてのふるまいに徹頭徹尾従事した。己を戒め、他者に厳しく、まるで楽しんではいけないかのように過ごす。

 危うさを感じた。

 けれども崇悠にはどうしていいのかわからない。

 まさか「本当は兄をまだ愛しているのだろう?」などと聞くことはできないし、そんなことを聞いたって汐蘭が馬鹿正直に首を縦に振るはずもない。

 だからこうして箸を手に、黙々と食事をするしかないのだ。

 するといつもならばほとんど無駄口を叩かない汐蘭から珍しく会話を切り出す。


「……今年の月寿節が無事に終わってようございました」

「ああ。趣向を変えてみたのだが、存外上手くいったな。来年以降も今年と同じく各地域の玉輪餅を出す形にしようと、礼部の方とも話をした」


 汐蘭は相槌を打つように首を縦に振った。

 汐蘭と偉鵬(いほう)が顔を合わせる事はない。

輿入れした身である汐蘭は後宮からほぼ出ることはないし、妃は皇帝以外の男性との接触は固く禁じられている。会うのは折々の式典くらいなものだが、それとて諸官たちが大勢居並んでいる故、特に会話をすることなく、下手をすれば互いにどこにいるのかわからないままに終わる。

 唯一の例外が先日行われた月寿節だ。

 宮中祭祀としてはたった一つの、親族のみが集まる小ぢんまりとした儀式。

 故に人と人との距離も近く、会話も私的なそれに近い。

 汐蘭と偉鵬(いほう)が二人で会話をするようなことはないが、顔も見えるし互いに何を話しているのかもわかるだろう。


(月寿節の間、汐蘭も兄上も何を思っているのだろうな……)


「崇悠様、食事が進んでいないようですが、いかがなさいました?」


 汐蘭に声をかけられ思考から呼び覚まされる。


「いや。何でもない」


 慌てて箸を進めても、味などわかりはしない。

 付き合いが最も長いはずの汐蘭との距離が実は一番縮んでいないのだと知っている者がどれほどいるだろうか。

 黙々と食事を進める二人の間には他人行儀な空気が流れていて、決して超えられない壁が存在しているのだと崇悠は感じていた。




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