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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第六章

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満妃(12)

 中天に月が浮かぶ頃合い。いよいよ月寿節の始まり。

 玉桂亭(ぎょくけいてい)には皇族および妃たちが続々と集っていた。

 玉桂亭(ぎょくけいてい)は長方形の建物で、月が最もよく見える南東の座を皇帝の座る場所とし、次に皇后、皇太子、皇太子以外の皇后の子、皇帝の生母である皇太后、先帝、皇帝の兄弟姉妹が座りる。皇后以外の妃とその子供、および直系ではない皇族はこの後に続いて座るのが慣例だ。


 ただし今代皇帝である崇悠には未だ皇后も皇太子もおらず、生母も先帝も既に身罷っているため存在しない。


 よって月寿節での席順は、皇帝、皇帝の兄弟姉妹、妃、傍系の皇族という順になる。

 この場合でも妃の座す順には細かな決まりごとがあり、家格や輿入れの順により変わってくる。

 今回は満妃、花妃、香妃、剛妃、寂妃、そして春柳となる。

 決してなだらかとは言えない天然の丘の上に設けられた玉桂亭は、登るに見合う素晴らしい眺望の場所だった。

 見上げれば漆黒の夜空に浮かぶ丸い月が見え、視線を下へと移動させれば亭の前に造られた池の水面にも月が浮かぶ。そのさらに先には、昇陽の街並みが一望できた。


 そこここに灯された街の灯りがゆらめき、幻想的な光景を醸し出している。


 昼には決して見ることのできない夜の昇陽の美しい景色が広がっていた。

 磨き上げられた黒檀の床には皇帝の座るための(ながいす)とその他の者が座るための(いす)が置かれ、その前には()と呼ばれる足の低い卓が置かれた。


 月寿節の最大の目的は身近な人と友好を深めること。


 なのでいくら皇宮での祭祀とは言え、祝詞を奏上したり、楽に合わせて舞いが披露されることはない。

「食事とは相手に愛情や尊敬の念を伝える手段」という事実を改めて確認するための、言わば人との交流を大切にする儀礼なのだ。

 春柳はこの日の流れについて汐蘭に叩き込まれていた。

 まず身分の低いものから順に玉桂亭(ぎょくけいてい)に入り、座らずに待つ。

 立ったまま袖に両手を入れ頭を垂れて全員の入室を待ち、最後に皇帝陛下の入室時には膝をついて首を深く垂れる。

 陛下の言葉に合わせて立ち上がり、(いす)に座ることを許される。

 すると女官たちの手により玉輪餅が亭の中に運び込まれ、速やかに()の上へと配膳される……という手筈だった。

 教えられた通りの手順を間違えずにこなした春柳は、早く玉輪餅運ばれてこないかしら、と内心でうずうずしていた。

 四阿で見た見事な玉輪餅たちに早く再会したい。

 食べたくて食べたくてたまらない。

 早く食べてみたい、とはやる心を押さえつけ、すまし顔で座る。そうでないと、斜め前に座る汐蘭から叱咤の視線が飛んできてしまう。

 と、隣に座る寂妃が春柳をちらりと見た。一重瞼の切長の瞳にほっそりとした面。枯草色の襦裙(じゅくん)には漠草の伝統的な刺繍が刺されている。

 祥国は北西部に位置する漠草出身の寂妃愛凛は春柳に親しみを込めた笑みを見せる。


「久しいわね、春柳様。最近私の宮に姿を現さないけれど、息災?」

「はい、おかげさまで。顔を出せず申し訳ありません。愛凛様はその後いかがでしょうか?」

「ええ、私も元気に過ごしているわ」

「後宮楼夢はどうなりました?」


 愛凛は漠民という筆名を使って「後宮楼夢」という名の宮廷愛憎劇を描いた小説を出版し、瞬く間で昇陽で話題をさらった人気作家である。かくいう春柳も、「後宮楼夢」の熱心な信望者だ。ただし愛憎劇や推理劇を気に入ったわけではなく、作中で出てくる食べ物の美味しそうな描写に心を奪われたのだが。

 愛凛はますます笑みを深めた。


「一時期ほどの熱は落ち着いたようだけれど、まだまだ根強く人気みたい。春柳様のおかげね」

「何だ、いつの間に二人は知り合いになったのだ?」


 ひょいと顔を現したのは、春柳の二つ先、愛凛の隣に座っている祥国は北東部、陵雲出身の剛妃瑞晶だ。

 瑞晶は男装を好む妃で、この日も男の官吏が着る丸衿(まるえり)袍衫(ほうさん)に身を包み、頭に幞頭(ぼくとう)を被っていた。しっかりとした体格の上、すらりと背丈が高いので、瑞晶の男装はよく似合っていた。


 春柳は瑞晶に笑みを向ける。


「お久しぶりです、瑞晶様。愛凛様とは色々とありまして、仲良くさせて頂いています」

「そうだったのか。ならば北部出身の妃ということで、ぜひ私も混ぜてくれないか」

 春柳が愛凛に視線を送れば、愛凛は戸惑うように小さく頷いた。

「え、ええ……ですが私はさほど面白みのある妃ではないですよ。瑞晶様の好む狩猟の腕もございませんし……」

「何を謙遜するのだ。噂によると、寂妃殿の書いた小説が昇陽で大人気とか。私にも詳しく聞かせてくれないか」

「剛妃様がお望みなら、お話いたしますが……」

「ところでその物語には戦闘場面や武芸などは出てくるのだろうか」

「まああ、はしゃいでしまってみっともない」


 会話をしていた三人に割って入ったのは、棘のある声。

 見れば目の前には、赤みがかった艶やかな髪を二つに結い、簪代わりに生花を散らした妃が愛らしい笑みを浮かべて座っていた。


「妃が小銭を稼いでいるとなれば、皇宮の威光が地に落ちますわ。ねぇ、香妃様?」


 愛くるしい顔立ちからは想像できないほどの敵愾心に満ち満ちた言葉が放たれる。

 会話を振られたのは、艶やかな色気を持つ美女だった。鮮やかな青蓮紫チンリェンツー色の、何やら変わった衣を身につけている。衣は体の線がくっきりと見えるのみならず、腰から下、両脇に切れ込みが入っていて太ももが大胆に覗いている。履いている踵の高い靴も見たことのない形だった。珠海ではこのような衣服が流行しているのだろうか。

 その香妃璃美は、扇子で口元を隠しつつ頷く。


「本当に。妃としての節度を守って頂きませんとあたくちたちまで品位を疑われて困りますわ」


 悪意に当てられた愛凛が縮こまったが、瑞晶が反論した。


「何を言う。寂妃殿は漠草の民の昇陽での窮状を嘆いて執筆なさったと聞いた。得た金銭は全て昇陽に住む漠草の民の生活向上に使われたとか。素晴らしい心意気ではないか」

「あら。そもそも中央地域である永安の言葉がしゃべれないのがいけないのではなくて? それでのこのこと昇陽に出てくるなど、おめでたいにも程があるわ。身の程をわきまえた方がいいのよ」


 そうよ、と花妃がこれに同意して続ける。


「豪族主体で民に永安の言葉を教えるのが普通。漠草を治める一族は一体何をしているのかしら」


 くすくすと嘲るような笑いが漏れ、寂妃は顔を赤くして恥入るように俯いた。

 見かねた春柳は助け舟を出すことにした。


「『後宮楼夢』の出版は陛下のご許可を得て、尚書省にも話を通して行われた一大事業。それを悪様に言うということは、陛下への批判と同義だと思いますが」


 花妃の顔色がわかりやすく変わる。


「な、そんなつもりは……!」

「では、寂妃様の行動には何一つ責められる余地などないかと存じます」


 春柳が笑んで見せると花妃がたじろぐ。

 一方の香妃は扇子で口元を隠したまま、一切動揺したそぶりを見せず、面白いものを観察するかのように春柳を見つめている。

 黙ってことの成り行きを見守っていた汐蘭の叱責が飛んできた。


「そこ、何を騒いでいるの。陛下の御前ですよ」


 この一言で残りの妃全員が肩をすくめる。

 汐蘭は今日も今日とて完璧だった。鮮やかな柘榴色の襦裙(じゅくん)は目がくらむほど豪華で、刺さっている金の簪は繊細な透かし彫りが施され、細い金鎖の先でいくつもの玉が揺れている。

 大ぶりの宝玉のついた耳飾りや首飾りは磨き上げられてまばゆく光っているが嫌味な風はなく、むしろ汐蘭の威厳を最大限に引き立てていた。

 妃の間に階級はないとはいえ、やはり汐蘭は別格だった。彼女の一言で場の雰囲気が一気に引き締まる。

 妃としては末席に位置する春柳からは、向いに座る満妃、花妃、香妃の顔がよく見えたのだが、一喝された花妃はいかにも憮然とした面持ちだったが反論はせず、香妃は興が削がれた様子だった。

 やはり一目置いているのだろう。

 妃たちの態度一つ見ても、次期皇后は汐蘭に、という話はやはり現実味があるのだろう。


(……けど、明麗様の話が真実だとすると、汐蘭様は偉鵬(いほう)の元許嫁で、もしかしたら未だに偉鵬(いほう)を想っている可能性が……)


 春柳はちらりと視線を別の方へと送った。

 皇帝の兄妹席に座っていたのは、温かみのある石黄色シーホワンの衣を纏ったふくよかな男性。

 歳の頃は崇悠よりも少し上だろう。いかにも永安の貴族好みしそうな見事な体格をしており、柔和な笑みが似合う人物だった。

 顔立ちはどことなく静帝陛下に似たものがあるが、陛下よりも温和な顔立ちをしている。

 席次から考えてもこの方こそが陛下の実の兄、偉鵬(いほう)だろう。

 汐蘭も偉鵬(いほう)も特に互いを気にしている様子はない。

 むしろ視線を合わさないように努めているような感じさえする、と思うのは穿ち過ぎだろうか。


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