表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/70

満妃(7)

 つぎの陛下の渡りの日に、春柳は気合を入れて夕餉を用意し、陛下をもてなしながらそれとなく話を切り出した。


「まもなく月寿節(げつじゅせつ)ですね」

「そうだな。幽山にも月寿節の習慣はあるのか?」

「はい。家族で集まり月を見ながら玉輪餅を食べる……永安と同じかと存じます」

「場所が変わってもそうした祭祀は変わらないものなのだな」


 春柳はにこりと微笑んだ。


「陛下、ご存じでしょうか。幽山式の玉輪餅(ぎょくりんもち)は、宮廷のものとは少々違うのです」


 そう言って春柳は陛下が食事を終えた頃合いを見計らい、玉輪餅を出した。


「これが幽山式の玉輪餅にございます」


 薄橙色の玉輪餅を手に取った陛下は、矯めつ眇めつ眺める。


「ほう。随分と変わっている」

「もち米を粉にして砂糖と一緒に練り混ぜ、中には杏を使った餡を入れています。雲間に隠れる月に見立てて作るのが幽山式なのです。月の光は夜にあって強いもの。ですが満月には魔性の力が宿るというのが幽山での考え方。雲霞に見える満月くらいがちょうどいい、と考えられているのです」


 陛下はしげしげと玉輪餅を見た。


「宮廷で出されるのは十種玉輪餅と決まっているので考えたこともなかったのだが、もしや玉輪餅も地域によって色々と種類があるのだろうか」

「きっとそうでございます」


 春柳は大きく頷いた。


「……小耳に挟んだところでは、皇宮で催される月寿節では十種玉輪餅のみが出されるとのこと。ですが、せっかく各地域のお妃様が集っているのですもの。方々の玉輪餅をお出しするのもよろしいかと存じます。お妃様たちも月寿節の折に食べ慣れた故郷の玉輪餅が供されればきっとお喜びになるかと存じます。それにわたくし、勉強のため他地域の玉輪餅も食べてみたいのです。いかがでしょう?」


 陛下の金の瞳が探るように春柳を見た。こちらの意図を図ろうとしている。春柳はにこやかな笑みを崩さないよう注力した。

 玉輪餅を手のひらで転がしながら沈黙することしばし。陛下は玉輪餅を口に運び、そっと噛み切った。


「……甘さが控えめで杏の味が生きている。現状の宮廷菓子には出せない味だ」

「はい。素材の良さを生かし、食材の持つ効果を最大限に高めるのが幽山の料理でございますので」

「月寿節は家族団欒を月に願う祭祀。宮廷のものばかりを押し付けては妃たちも不満が募るやもしれんな」


 陛下は頷く。


「検討してみよう」


 春柳は卓の上にぴんと指を立てて手をつき、深々と頭を下げた。


「陛下のご厚情に深く感謝いたします」


 汐蘭仕込みの礼の仕草は、以前までの春柳以上に洗練されていて、陛下をはっとさせた。



 崇悠は自分の宮に引っ込んだ後、思案した。

 今夜の春柳の様子はどことなくおかしかった。

 月寿節の折に他地域の玉輪餅も出すーー提案自体はさほどおかしいものには感じられない。

 しかしあまりにも唐突だな、というのが崇悠の感想だった。

 たしかにそろそろ月寿節だし、食に精通している春柳が玉輪餅に興味を持つのは自然なことだ。

 ただ、祭祀で出す甜食の内容にまで口を出すような娘だろうかと聞かれると、そうではない気がする。

 崇悠がここまで引っ掛かりを覚えたのは、春柳から発せられた一言のせいだった。


「わたくし、勉強のため他地域の玉輪餅も食べてみたいのです」


 そうお願いする姿は、一見すると隔絶された地域に住まう世間知らずの姫の可愛らしいおねだりに見える。

 しかし崇悠は、春柳が只者ではないことを十分すぎるほどに知っていた。

 出会った時からひしひしと感じているあの鋭すぎるまでの観察眼。物事に怖気付かず、新しいことに飛び込んでゆく大胆さ。そして周囲を巻き込みぐいぐいと引っ張ってゆく行動力。

 そんな彼女が突然、月寿節に出される玉輪餅の話を持ち出して来た。

 すでに「例年通りに」と崇悠は朝議の折に伝えてあったし、今頃は崇悠の命じた通りに多数の官吏が動いていることだろう。

 通常このような祭祀は礼部と尚食局とが連携をして事にあたる。「例年通りで」と崇悠が伝えれば一切を差配して整えてくれるもので、細部に関して崇悠が関与することはない。必要がないからだ。


 崇悠のやるべきことは、決定を下し、指針を与えること。


 なので一度決めた決定を覆しては各部署をいたずらに振り回ることになりかねない。

 だが、しかし、他でもない春柳がああ言った。

 春柳の態度には、何か裏があるのではないだろうか。崇悠が見逃している、小さな、けれども重大な何かが。

 崇悠は立ち上がり、今しがた入って来たばかりの宮を出た。

 幾許かの回廊を抜けて、見知った一つの宮の前で立ち止まる。皇帝が現れたことで慌てて平伏する見張りに声をかけ、中にいる人物の応対を促した。

 招き入れられた部屋の中で待っていたのは、崇悠にどことなく似た、けれど体型が決定的に違う人物。

 崇悠の兄偉鵬(いほう)は夜更けの訪問に驚いたように崇悠を見上げている。


「こんな夜更けにどうしたんだ」

「実は月寿節の件で少々確かめていただきたいことがありまして」

「月寿節の件で? ……ふむ。聞こう」


 卓を挟んで向かい合って座る。酒と肴が振る舞われ、崇悠はひとまず手をつけてから話を切り出した。聞いた偉鵬は赤子のようにふっくりした指で白い頬を撫でた。


「なるほどなぁ。そんなことがあったのか」

「春柳は好奇心や欲求のみで月寿節の内容を変えさせるような提案をするような娘ではない。何か我らの知らぬ裏があると考えられる」

「相わかった。部下に伝え、尚食局の方で何か異変がないか今一度調べさせよう。その上で、もし例年通りの用意が不可能な場合、妃殿の言う通りに出来るか検討させようぞ」

「助かる。……よろしく頼む」


 兄は軽く笑って酒盃を手に取った。


「いや、いや。他ならぬ皇帝陛下直々の願いとあっては聞かぬわけにはいくまい。にしても驚いた。そなたが妃の言をそこまで真剣に取り合うなど、今までなかったのではあるまいか?」

「内容による、としか。今回の件は調査した方が良いと思ったのでそうしたまで」

「仙人が住まうとされる幽山出身の姫君か。聞いた話では、漠草出身の寂妃殿をその気にさせて本を出版させたとか。反響がものすごく、おかげで昇陽にいる漠草民たちの暮らしが一気に向上したと聞いた。影の立役者だな」


 崇悠は驚き、持ち上げていた酒盃をぴたりと空中で停止させる。


「……さすが兄上、情報が早い」

「実の弟のことが心配でな」


 偉鵬は朗らかに笑う。それからふと笑みを消し、真剣な顔になった。


「なあ、崇悠。余計なお世話かもしれないが、そろそろ本気で皇后を選んだ方がいい。私を慮っているなら、気にしなくともよいから」


 崇悠はゆるゆると首を横に振った。


「現時点で選ぶことはできない」


 皇后の選定はかなりの重要事項だ。

 選び方としては家柄、功績、人望、才能などを考慮し、国の母たるにふさわしい人物かどうかを厳しく詮議して決められる。

 強く主張すれば崇悠の一存で決められるのだが、朝廷との話し合いによって決まるのが慣例だった。

 たとえ妃の一人が身籠ったとしても、それだけで皇后になるというのはあり得ない。


 ただし例外はある。


 金の瞳を持つ皇子が生まれれば、生んだ母が自動的に皇后へと昇格する。

 金眼の子供は次代の皇帝。

 既に皇后が存在していたとしても、位の入れ替えが発生する。それほどの重大事なのだ。

 現状で皇后を選ぶとするならば、間違いなく満妃になるだろう。

 しかし崇悠は満妃を皇后にする気はさらさらなかった。

 偉鵬は肩を落とす。


「満妃は皇后になるべくしてお前に嫁いだのだ。はなから除け者にされれば気分も害するだろう」

「わかっている。が、できぬものはできぬ」

「頑固だなぁ。それとも心に決めた妃ができたか。……幽山の妃か?」


 崇悠は悠然と微笑むに止めた。


「まあ、良いのだが。恋情だけで皇后を決めるのはやめろよ。過去どれほどの皇帝がそれで失敗したことか。同時に、同情で満妃を皇后にしないなら、それもやめろ。どちらかというとその同情は満妃を侮辱している」

「わかってる」

「どうだかなぁ……」


 ひとしきり雑談を重ね、崇悠は偉鵬の宮を辞去した。

 回廊から見える月は、まだ細い。

 真円になる時には月寿節だ。

 ふわりと風が吹く。闇夜のように黒い長髪を風に遊ばせながら、崇悠は自分の宮まで戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ