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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第六章

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満妃(1)

 祥国(しょうこく)が中心部、皇都昇陽(しょうよう)に存在する皇宮内。

 皇帝が政務を摂り行う外殿の宮にて、本日も皇帝と諸官が一同に会する。

 壇上に座る崇悠(すうゆう)から見下ろせる場所で、諸官が崇悠に奏上をした。


「ーーじきに月寿節(げつじゅせつ)となります。今年はいかようにいたしますか?」

「例年通りで構わぬ」

「畏まりまして」


 月寿節は祥国に広く伝わる年中行事の一つで、秋の初めの晴れた時分、月を愛ながら月に見立てた玉輪餅(ぎょくりんもち)を食べて家族団欒のひとときを過ごす。玉輪というのは月の別称だ。丸く輪のような形の餅、という意味での玉輪餅である。

 月を寿(ことほ)ぐ節、月寿節は別名「団欒節」とも呼ばれる。重要な祭事であるものの、規模としてはごく小さい。


 毎年玉桂亭(ぎょくけいてい)に皇族、妃を集めて、儀礼を行う。


 家族で団欒の時を過ごすのを主とした祭事なので、諸官や貴賓の類は同席しないのだ。

 天から国を預かる者として儀礼に対しては誠実に行おうとは思っているが、余計な金をかける必要はない。

 先先代の頃には年々豪奢になっていた祭祀だが、崇悠はむしろ削ぎ落としていた。


 余計な奢侈は好まない。


 祭祀で必要なのは天に対する謝意を表すことで、豪華にすることではない。

 少し前に剣舞会を開いたが、それとて参列者は軍の者と妃たちのみというつましいもの。

 金の出どころがどこなのか常に意識しておかなければ、先先代のように道を間違えてしまう。金は無限にあるわけではなく、皇族が私的に乱用していいものでもない。これは民が懸命に田を耕し、足や手を動かし、そうして作り上げたものなのだ。民に還元されるべきもので、天の威光を振りかざして(いたずら)に使っていいものでは断じてない。

 そう思いながら回廊を歩いていた時、背後からがばりと首に腕を回されて体勢を崩した。


「おい、崇悠! なんで今年の月寿節はもっと派手にすると言わなかったんだ!」


 蒼生(そうせい)だ。

 外見上二十代後半、つまり崇悠よりも年上に見える男は、崇悠を羽交締めにしてぶら下がったまま駄々を捏ね始めた。


「せっかく新しい妃も迎え入れて初めての礼典なんだから、ここは妃披露もかねて派手にどーんと! 身内だけでなんて言わずオレや諸官も集め、貴賓を募り、どーんとやろうぜ!」

「……そんなことしたら月寿節の意味に(もと)るだろうが!」

「いーやーだー! もっとどーんとやろうぜ!」


 この男は、崇悠の考えとはどうやら真逆に位置しているようだ。

 先先代の放蕩はもしかしたら蒼生の悪影響だったのではないだろうかと思えるほど、蒼生の散財は激しい。やたらに流行の衣を着たがるし、派手を好む。霊獣とは思えない俗っぽさだ。

 蒼生の駄々に崇悠の額に青筋が浮かんだ。


「お前は、礼節にかこつけて派手な格好をしたいだけだろう! あわよくば新しい衣を買おうと思っているのだろう!」

「ぎく」


 動きがとまった蒼生を引き剥がし乱れた衣の衿を整えた。


「全く油断ならない。一体どうして永安の霊獣はこんなに俗っぽいのだ」


 そもそも寂妃の時も妙に乗り気だった。

 普通、霊獣というのはもっと威厳のある生き物ではないのか。

 蒼生はあどけない笑みを浮かべ、こてんと小首を傾げた。あからさまに演技めいている。


「せっかく何千年も生きてるんだから、その場その場を楽しまないと損だろう。ってことで……な?」

「何が『な?』だ。駄目なものは駄目に決まっている」

「うおー崇悠がつれない!」


 廊下に突っ伏して泣き喚く蒼生を無視して崇悠は先を歩いた。

 歩いていると、角を折れて道の先から見知った顔がやって来る。知人は崇悠を見つけるや否や、顔を伏せて道を譲る。が、崇悠は気安く声をかけた。


偉鵬(いほう)兄上、お元気そうでなにより」

「陛下に声をお掛けいただけるなど、臣は恐悦至極の極みに存じます」


 言ってからちらりと上げた顔は、含み笑いを浮かべている。


「ーーまた苦労しているようだな、崇悠」

「全く言うことを聞かないのだ、この霊獣は」

「だが仲は良さそうで何より」


 ひとしきり笑うと、崇悠を見上げる。

 偉鵬(いほう)は崇悠より三つ年上の実の兄。

 顔立ちは似通っているが背丈は崇悠の方が高く、恰幅は偉鵬(いほう)の方がくらぶるべくもないほどに良い。

「永安の貴族とはかくありき」と言われるほどに理想的な体型をしていて、崇悠より偉鵬(いほう)の方が皇帝にふさわしいのでは、という声もひそかにある。

 これは別に体型だけで「偉鵬(いほう)様を皇帝に」と言っているわけではなく、実務面でも優れているからこそ上がる声だ。


 偉鵬は国官として非常に優秀だった。


 祭祀や儀礼に関する諸々を請け負う礼部に籍を置く礼部尚書として国政の一端を担っている。

 祥国では礼部の役割は非常に大きい。

 なにせ、天から国を預けられているので、天に対する礼節をおろそかにするわけにはいかず、年がら年中祭祀が存在しているのだ。むしろ祭祀のない日の方が少ないくらいである。

 当然、通常の政務がある崇悠が全ての祭祀に出られるわけもなく、代理として礼部の役人が赴くことも多々ある。


 これは皇帝が直接祭祀を執り行う「皇帝親祭」に対し、「礼宮摂司(れいぐうせつし)」と呼ばれている。


 礼宮摂司の筆頭に挙げられるのが、皇帝の実の兄であり礼部尚書の偉鵬(いほう)である。

 造詣は深く、知識量で兄の右に出るものはいない。

 兄が万事の祭祀をつつがなく執り行ってくれているからこそ、天はお怒りにならず、祥国は安寧に過ごせているのだと崇悠は思っていた。

 何せ天というものが神話や伝説などではなく実在しているのだということは、崇悠の側に常にいて、崇悠を困らせる蒼生ーー本性獬豸(かいち)という霊獣を見ればわかるものだから。

 その兄は、袖に両腕を入れた礼の姿勢を崩さぬまま、ふくぶくしい顔に苦笑を浮かべる。


「しかし蒼生殿の衣装代がやや多めなのは事実。官吏からも苦言が上がっている。我が国の霊獣相手に言うのもいかがなものかと思うが……その、崇悠……」

「わかっている。今後一切新たな衣を買わせないと誓約をした」

「あぁ、ならばよかった」


 安堵の息を漏らす偉鵬の側で、廊下に突っ伏した蒼生が「うおおお」と声を上げる。崇悠は笑顔で黙殺した。


「そういうわけだから、安心してくれ。月寿節も近いことだし、余計な出費は控えるようきつく監視しておく」

「そうだな、月寿節。もうそんな時期か。一年が経つのは早い」


 遠くを見るように細めた偉鵬の瞳は、ありふれた黒色。崇悠の持つ輝く金色の瞳とは訳が違う。


 ーーこの瞳の色により偉鵬は皇帝の位に就くことができず、崇悠がその座に収まった。


 そのことで偉鵬が手に入れられなかったものは、多い。

 だが兄は何も言わず、全てを受け入れ、陰から崇悠を支えてくれている。

 とても有難いと思うと同時に、どうしても申し訳ないと思ってしまう時もある。


「……兄上」

「そなたは新たな妃を迎え入れたのだろう?」


 崇悠の言わんとすることに気がついたのか、あえて偉鵬が言葉を被せてきた。


「あ、ああ。幽山から輿入れしてきた春柳という」

「きちんと皇帝としての務めを果たしていて何よりだ。私など、一体いつになったら妻を娶るのかと、やかましく言われててなぁ」


 苦笑を漏らす偉鵬に崇悠は軽く応じた。


「俺も子はおらぬゆえ、兄上と大して変わらない。今代の皇帝一族は世継ぎを残す気はあるのかと言われてしまっている。いや、申し訳ない」


 金の瞳は直系の皇帝一族にしか生まれない、というわけではない。

 わずかでも皇帝の血を引いてさえいれば傍系にも生まれる可能性はある。過去には戯れに皇帝が手をつけた女官の腹から生まれたという例もある。ただしそうした子は生まれた直後に命を奪われる場合が多い。


 皇太子の存在は国の重大事項。


 よって、血脈というのは最も大切にされてしかるべき。

 身分の低い女の腹から生まれたとあっては示しがつかず、尊い存在だとわかっていても暗殺を企てるものは後を絶たない。

 生存確率が最も高いのは、やはり、金眼の皇帝の直接の子。

 直系の子供が金の瞳を持つとなれば、それだけ手厚く育てられるし周囲の期待も大きい。余計な派閥争いも生まれない。

 だから崇悠に期待が集まるのは自然のことだし、崇悠とて重々それを承知していた。

 妻を娶り子を成すことは政を疎かにしないのと同じくらい重要な事柄だ。


「ーー私もそろそろ、決心しないといけないなぁ……」


 兄は苦笑まじりにそう言った。


「それを言うなら、俺も早く世継ぎを残す必要がある」


 先代の皇帝の血を引く直系皇族は現在、偉鵬、崇悠、明麗の三人だけだ。

 世継ぎを残すのは皇族としての義務。果たさなければならないのは当然なのだが、兄が二の足を踏んでいる理由を知っている崇悠からすれば、兄を急かすのは間違いである。明麗はまだ幼い。とすれば残るは、現皇帝である崇悠がどうにかしなければならない。

 子を残すのであれば……。

 崇悠の脳裏に、天女のように美しい一人の妃の姿が浮かび上がる。いつもたおやかな笑みを浮かべている彼女が真っ先に浮かび上がるのは、仕方のないことと言えよう。

 未だ夜を共に過ごせていない彼女がすぐに思い浮かぶなど、我ながら重症だと感じる。


(もう少しの辛抱だ。たぶん。少なくとも一、二年以内に距離を縮めよう。そうしたら……)


 拳をぐっと握る。


(……兄の方も、どうにかできるやもしれない)


「兄上、もう数年お待ちいただけるか」


 崇悠の金の瞳と兄の黒い瞳とが交わる。兄は眉尻を下げた。


「無理せずとも良い。もう、とうに、諦めている」

「ですが……」

「言っても詮無いことだ。もうどうしようもないだろう。そなたのせいでもなし、気に病むな」

「…………」

「さて、私は仕事に戻ろう。邪魔をした」


 一礼して去っていく兄の姿を見送り、崇悠は目を細めた。


 ーー仕方がないというのなら、なぜ、あのような顔を見せるのか。


「じき、月寿節か……」


 回廊から見える空は高い。

 秋はもう、間近に迫っているのだ。


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