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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第四章

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34/70

寂妃(終)

 愛凛(あいりん)が気絶したことにより宴席は早々にお開きになった。


「夜風は体に障るだろう。宮まで送っていく。蒼生は先に帰ってろ」

「へいへい」


 春柳が宮の外に出ると静帝陛下がそんなことを言い出した。


「あの……わたくし一人でも帰れますが」

「ならん。もう暗いので危険だ」


 後宮の中でどんな危険があるのかは知れないが、陛下の言葉に逆らう必要性も感じず大人しく従う。

 外に面した回廊は星の輝きと月明かりに照らされ、前を歩く陛下の長い黒髪が闇に溶けて見えた。

 夏の暑さと宮での騒ぎで熱った体に夜風が心地よい。

 風に混じってそこはかとなく甘い香りが漂ってきた。


(この香りは茘枝(ライチ)……愛凛様の宮には茘枝の木が植わっているのね。今まで気づかなかったとは、不覚だわ。明日にでも場所を特定し、採取していいかお伺いしなければ)


 そのまま食べても美味しいが、糖水(トンスイ)に加えても良い。


茘枝(ライチ)は病になりにくくし、さらには美肌効果、整腸作用、体の冷えも改善させてくれるいいこと尽くめの果物。甜食(おやつ)にして愛凛様と一緒に食べようかしら)


 春柳が茘枝の香りから茘枝を使った甜食に思いを馳せていると、陛下のほうから話しかけてきた。


「今回は色々と世話になった。そなたは見かけよりも勢いがあるのだな。驚いたぞ」


 ぎくりとした。

 蒼生の策を聞き思わず興奮して素が出た時のことを言っているのだろう。

 不可抗力だったとはいえ、やりすぎだった。

 猫を被っているのがばれてしまう。

 ばあやに言われた言葉が脳裏をよぎった。


『良いですか、姫様。決して、けっっっっして、本性を知られてはなりませんぞ。たおやかで儚げな美貌を持つ姫様が、実は食材確保のためなら素手で地面を掘ることすら厭わない人だと知れば、慈悲深いと評判の静帝陛下も愛想を尽かしてしまわれるでしょう』


 ここで愛想を尽かされて放り出されてはたまらない。

 春柳はできるだけ表面を取り繕い、儚げな笑みを浮かべて言う。


「同じ妃として、できる限り協力したいと思っただけですわ」

「殊勝な心がけだな。おかげで助かった」

「陛下のため、祥国に暮らす民のために尽くすことこそがわたくしの喜びでございますので」

「皆がそなたのようであれば良いのだが……そういえば、食事に関しても寂妃に助言をしたそうだな。あれの宮で出た夕餉の内容が変わっていて、俺の好みのものになっていた」

「はい。わたくし以外の宮に参る際にも、陛下にはお体にあったお食事を召し上がっていただきたいので」


 既に春柳の宮の前まで来ていたのだが、静帝陛下はぴたりと足を止め春柳に向き直った。

 月光に照らされた陛下の作りもののように美しい顔に、複雑な感情が入り混じった表情が浮かんでいる。

 柳眉を寄せ、金の瞳が(すが)められ、苦しげに何かを耐えているようだった。


「誤解なきように言っておきたいのだが、俺は、皇帝としての責務から各妃の宮を順に回っているが、そなたが輿入れしてきてからはどの妃の宮でも夜を過ごしていない。心はいつもそなたとともにある」


(????)


 小首を傾げた春柳は笑顔のまま頭の中を疑問符でいっぱいにした。


(えぇと……誰とも褥を共にしていらっしゃらないということかしら。それは良い状態ではないのでは……主にお世継ぎの関係ですとかで……)


 未だ一夜を共に過ごせていない春柳が言うことではないのかもしれないが、気になる。そもそも陛下には既にお子などいるのだろうか。


「一人だけを堂々と愛することができれば良いのだが、俺の立場がそれを許さない」

「重々存じ上げております」

「わかってくれるのか」

「はい」


 そういう場所だと散々ばあやに聞かされていたし、そもそも春柳は陛下を取り巻く食事環境の改善のため、および未知の食材と料理に出会うために後宮にいるので、何の問題もない。

 という本音は隠し、慎み深い態度のままに言葉を続ける。


「陛下の苦しみは、お一人だけのものではございません。わたくしも陛下のお心に寄り添いとうございます。何かございましたら、なんなりと仰ってくださいませ。精一杯、努力する次第にございます」

「…………!」


 陛下の両腕が春柳の背中に伸び、気づいたら抱き止められていた。

 何が何だかわからない。耳元で陛下のくぐもった声が聞こえる。


「そなたに出会えて本当に良かった」

「わたくしも、陛下に出会えて嬉しく思っております」


 これは本音だ。

 陛下に出会えたことで春柳は幽山から出られたのだし、既に陵雲と漠草の料理に触れ合い、味わうことが

できたのだ。心から感謝している。


「できるだけそなたの手を煩わせないようにする。後宮で静かに暮らしていて欲しい」

「わたくしに遠慮などしなくてよいですわ、陛下」

「格好つけさせてくれ。……最も出会いがあれであった以上、今更な気もするが」


 見上げれば、陛下の顔が苦笑に変わっていた。

 思わず春柳もくすりと笑う。

 夏の夜は静かに更ける。

 二人の穏やかな時間を見つめているのは、夜空に浮かぶ月星のみだった。


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