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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第四章

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寂妃(14)

 昇陽(しょうよう)で最も賑わっている場所はどこかと聞かれれば、百人中百人が「鶏鳴(けいめい)広場」と答えるだろう。


 皇宮から伸びる大通りに茶館や飯店が軒を連ね、連日大勢の人が足を運ぶ。

 鶏鳴広場はそんな大通りの近くにあり、木立が植わり、豊かな水を湛える池も存在し、憩いを求める人々でいっぱいだった。

 柳の木の下に敷物を敷き、持参した茶を飲みながら楽器の音に耳を傾け、大道芸に手を打ち、あるいは説話師の朗する物語に耳を傾ける。


 そんな鶏鳴広場の一角に、本日、溢れんばかりの人だかりが出来ていた。


 老いも若きも様々だが、全員女性という点で共通している。誰も彼も手には『後宮楼夢(こうきゅうろうむ)』と書かれた本を持っていて、興奮した面持ちで輪の中心を見つめている。


 人だかりの中心には、一人の女。


 長い手足を持ち、やや日に焼けた肌を持つ、二十歳ほどの女は、漠草の衣服を身に纏い、髷には漠草の伝統紋様を施した(かんざし)を挿していた。

 女は書物を片手に朗々と感情豊かに内容を読み上げている。

 昇陽では説話師と呼ばれる、いわゆる物語を朗読して収入を得る職業人が少なからず存在しているのだが、ここまで人を集めることは少ない。いくら有名な説話師といえども、広大な広場を人で埋め尽くしてしまうなどなかなかにあり得ない光景だった。人だかり目当てに天秤棒に品物を載せた売り子までもが出歩く始末で、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 なぜそこまでの騒ぎになっているか、理由は明白だった。


「まさか『後宮楼夢』の作者ご本人の説話が聞けるなんて思いもよらなかったわ……!」

「とても素敵な読み口で、聞いていて引き込まれてしまう!」

「私、本が高くて手が出せなかったの。こうして読んでもらえるなんてありがたいわ」

「この後、署名(サイン)をしてもらえるんでしょう?」

「やだっ、私ったら本を忘れちゃったみたい」

「ねえ、漠民様は手巾に署名(サイン)してくださると思う?」

「馬鹿ねえ、そんなことしないに決まってるでしょ」

「お金さえ払えばどんなものにでも書いてくださるってもっぱらの噂よ」

「早く並ばないと、日が暮れてしまうわ!」


 昇陽で大流行中の小説『後宮楼夢』の作者本人が説話し、その後署名(サイン)までしてくれるというのだから人も集まって当然だ。

 手に本を持った女性たちが、説話を終えた作者である漠民の元に我先にと殺到しそうになるところを、護衛らしき男たちが制して順に並ぶようにと言う。

 不服を言いつつも大人しく並び、自分の番が来るのを待つ人々。

 興奮が広がるその一角に、突如規則正しい行進音がし、人々の興味が外れた。

 人だかりの外殻から異変が起こっていることを察知し、そして目に飛び込んだ光景に誰もが度肝を抜かれた。

 一糸乱れぬ行進をする列は、紅い軍服を纏った兵部の者と青い官服を纏った刑部の者とで構成されている。

 列の中心には大仰な装飾を施した天幕ーー華蓋(かがい)があり、雅な人物が中にいるのだということがわかった。

 一斉に平伏す人民に、何事かと輪の中心にいた女も筆を置いて様子を見やる。


 天幕から人が出て、行列の中心を悠々と歩いて進む。


 二十代後半の青年のように見える人物は、年齢以上の落ち着きと貫禄を見せ、突き刺さる視線をものともしていない。

 天青色の美しい髪を髷にして縁飾りのついた幞頭を被り、神秘的な群青色の瞳を持つ青年は、胸に銀糸で霊獣獬豸(かいち)の見事な刺繍の施された宝石藍(パオシーラン)の砲を纏っていた。


 青年が歩いた後、ふわりと巻き起こる風までもがまるで蒼く色づいたかのよう。

 やがて青年を先頭にした行列は話題の『後宮楼夢』の作者、漠民の前で止まると、よく通る涼やかな声で一声。


「ーー説話師茗鈴(めいりん)。刑部を束ねる蒼生(そうせい)の名において、その方を『後宮楼夢』の作者の名を騙る詐欺師として捕縛する」


 にわかにざわめきが広がった。


 茗鈴(めいりん)と呼ばれた女は慌てふためき、筆を捨て置き椅子を蹴飛ばして蒼生の前に平伏した。

「そ……そんな! 何かの誤解にございます。私は決して、名を騙ってなど……!」

「ならば本作は正真正銘、そなたが書いたものであると?」

「はい!」

「では他の作品も書いてみせよ。出来が良ければ信じてやらんでもない」

「そんな殺生な! 突然そのようなことを言われましても……そ、そもそも、作品を書くというのは容易な作業ではございません。じっくりと構想を練り、時間をかけてこそ良いものが書けるのです。書けと言われて書けるものでは……」

「ならば、時間さえ与えれば書けるともうすか?」

「はい、誓って」

「漠民本人であると?」

「はい。私こそが漠民でございます」


 言い募る茗鈴に対し、蒼生はどこまでも余裕の態度を崩さない。

 小首を傾げ、くっと片眉を持ち上げる。


「困ったな。お前が断固として罪を認めぬと言うのであれば、今日お連れしている方が偽物ということになる」

「お連れしている、方?」

「そう。実は漠民は、皇宮に連なる尊い方の筆名でな。漠民の名を騙る不届者の出現にたいそう心を痛められ、実際にお前に会うために宮を出てこられたのだ。……心してお会いしろ。本来なら、お前のような者には一生かかっても目通りできない雲の上の存在だぞ」


 華蓋(かがい)が再び開く。

 そうっと現れた足は絹の靴を履き、枯草色の衣には漠草の伝統紋様がこれでもかとあしらわれている。黒に金糸で刺繍がなされた帯には親指の爪ほどの宝玉が連なり、(えり)にも細やかな紋様が施されていた。

 耳に光る大ぶりの玉石。

 高髷(たかまげ)に編み込まれた髪は栗色。

 金の(かんざし)には精緻な螺鈿細工が施されている。

 何よりも目を引くのは、ほっそりと長い手足と切長の一重の瞳、そして日に焼けた肌。

 漠草の民の特徴を余すことなく有し、遊牧民族の誇りを体現したかのようなかの女性を前にして、茗鈴は震えた。


「あ……そ、そんな……まさか……」


 蒼生は茗鈴に鋭く声をかける。


「控えろ。祥国がひとつ、漠草の姫にして静帝陛下の妃殿下が一人。寂妃(じゃくひ)愛凛(あいりん)様の御成りだぞ」


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