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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第四章

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30/70

寂妃(13)


 昇陽(しょうよう)にて愛凛(あいりん)の筆名である「漠民(ばくみん)」を騙る者が出た。


 静帝(せいてい)陛下よりもたらされた話は愛凛(あいりん)に衝撃を与え、礼の姿勢がもろくも崩れた。足元がおぼつかなくなり、ふらりとしたところを横にいた春柳が支え、声をかけた。


「しっかりしてくださいませ、愛凛様」

「……申し訳ないわ、驚きすぎてしまって……」


 春柳の腕にもたれた愛凛の全身がカタカタと震えていた。無理もない。

 静帝陛下は愛凛を労わるように見、しかし話を続ける。


「辛いだろうが、気を確かに最後まで話を聞いてくれ。犯人は漠民を名乗って昇陽中の書店や広場、茶館に顔を出し、対価と引き換えに『後宮楼夢』を朗読したり署名(サイン)を書いたりしているらしい。漠民の正体を知らぬ昇陽の民たちはまんまと騙されすっかり作者本人だと思い込んでいる」

「そんな……どうすれば……」


 愛凛がおろおろ声を上げる。陛下も苦悶の表情だ。


「作者の正体を伏せて書物を流布させた私の落ち度だ。申し訳ない。みすみす見逃すわけにはいかぬ故、策を講じる。そこでそなたにも一役買って出てほしい」

「わ、私に、でございますか?」

「そうだ。そなたにしかできぬことだ。犯人は明日、昇陽の一角にある東方広場にて説話を行う予定だ。そこを捕らえ、皇宮へと連行し、罪を明らかにして牢へと送る。後日、説話を行っていた者は偽物で、本物は余の妃が一人愛凛であると民に広く告知しようと思う」

「俺も同行し、裁きを下す。だから安心して成り行きに身を任せていな」


 蒼が具現化したような刑部の青年、蒼生(そうせい)が言った。


「こいつを後宮に連れてくるのはいかがなものか迷ったのだが、ことがことだった故同行させた。顔を合わせておいた方が良いだろうと思ってな」

「心配しなくても、司法に関することなら俺がちゃちゃっと解決するぜ!」


 罪人を裁くという職業柄、刑部の人間はもっと武闘派かもしくは硬いのかと思っていた春柳だったが、予想に反して蒼生はかなり軽い人物だった。

 今も、かなり深刻な事態であるにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべている。

 蒼生の発言と態度に救われたのか、愛凛は顔を蒼白にしながらも力強く頷く。


「わかりました。陛下の仰る通りにいたします」


 しかし今の話を聞いた春柳には、一つ解せないことがあった。


「陛下、その犯人の素性などは既にわかっておいでなのでしょうか?」

「ああ。本名を茗鈴(めいりん)と言い、漠草出身の二十歳ほどの女で、元々説話師としてそこそこ名が知られていたらしい。出身地が漠草ということで、今回の詐欺を思い付いたのだろう。民は皆、まんまと騙されている」

「名を騙ったのが漠草の民だなんて、そんな……」


 胸元を抑えて苦しげに息を吐く愛凛。

 春柳はしかし、まだ解せない点がある。


「陛下、恐れながら意見を述べさせていただきます。漠草は永安と言語が異なるため、職に就けずに困窮している民が多くいると伺っておりました。しかし茗鈴(めいりん)さんは説話師をやるほどに永安の言葉に精通しているご様子。そこそこ名の通った説話師である彼女が、どうして愛凛様の筆名である漠民を騙ったのでございましょうか」


 これに答えたのは、陛下ではなく蒼生だ。


「もっと金が欲しくなったんだろ。人間の欲には際限がないから、精神の弱い奴はあっという間に魔が差して道を踏み外す」

「本当にそのような理由なのでしょうか……。愛凛様。漠草の方々が永安の言語を覚えようとした場合、どのような手段を取るのですか?」


 春柳の問いかけに、愛凛はやや考えながら言葉を発する。


「身分の高い人なら、漠草にいても教養の一つとして永安の言葉を覚えさせられるわ。家庭教師がついて教わるの。そうでないなら自力で勉強するしかないから、一般の民が学ぶにはかなりの努力が必要よ」

茗鈴(めいりん)さんの漠草での身分や、昇陽にやってきた理由などはおわかりになりますか?」

「そこまでは調べさせていない。だな? 蒼生」

「ああ。捕縛前に罪人の細かい素性を調べてたら、街は犯罪者だらけになっちまうからな」


 肩をすくめる蒼生に、春柳は願い出る。


「明日の捕縛前に、もう少しだけ茗鈴(めいりん)さんのことを調べていただけないでしょうか? できれば、名を騙って得た金銭を何に使っているのかまで」

「何故だ?」

「引っ掛かることがあるのです。彼女は本当に、ただの悪人なのだろうかと。既に有名な説話師であるというのに、いつか偽物であると気づかれる危険性を犯してまで、名を騙った理由は何なのだろうと。そんなことをしなくとも、十分に稼いでいるはずの彼女が、犯行に至った理由を知りたいのです」

「…………」


 蒼生は顎に手を当て、考え込む。声をかけたのは静帝陛下だ。


「春柳の頼みだ。聞いてやってくれぬか」

「うーん、まぁ、人手を使えばできないことはないが。全くの徒労に終わるばかりか、もっと胸糞の悪い結果になるだけかもしれんぞ?」

「構いません。わたくし、真実が知りたいのです」


 春柳はちらりと横目で愛凛を見た。未だ春柳に寄りかかったままで、唇の色が悪く、小刻みに震えている。

 よりにもよって、愛凛が助けようと奮闘していた漠草の民に名を騙られた衝撃はさぞや大きいだろう。春柳は愛凛の体をぎゅうと抱きしめる。


「……何よりも、愛凛様が愛する漠草の民が本当にお金目当てで愚行に走ったなどとは、わたくしにはどうしても思えないのです」


 せっかくできた友人に、悲しい気持ちを味わってほしくない。

 どうか一連の事件が、うまく決着がつきますようにと春柳は願った。



 祥国が皇帝崇悠(すうゆう)が蒼生から報告を受けたのは、もう夜もとうに更けた頃合いだった。

 誰の宮にも渡らなかった崇悠が自分の宮でそろそろ寝るかと思っていた時分、扉ではなく開けていた窓から侵入してきたのは、霊獣姿の蒼生だ。

 夜空に目立つ青い毛並みの羊は、音もなく崇悠の部屋のど真ん中に着地すると、姿を人間へと変え、一言。


「衣」

「自分で用意しておけ。むしろ、人間の姿で扉から入って来い」


 と言いつつも崇悠は箪笥から衣を取って投げつけてやった。

 崇悠のものではなく、いくつか用意されている蒼生の衣装だ。この霊獣はなぜか、皇帝の部屋に私物を置いている。

 受け取った衣を見て、蒼生は嫌そうな顔をした。


「もうこの柄は流行ってないぞ。形も古い」

「お前が置いて行ったものだろう。俺は知らん。嫌なら裸でいろ」

「チッ、しょうがねぇなぁ」


 渋々時代遅れだという衣を身に纏った蒼生に、崇悠は榻に腰掛けて話しかけた。


「首尾はどうだ」

「上々。刑部の人間に調べさせた結果がここにまとまっている」


 蒼生が放り投げた書簡を崇悠は受け取り、ざっと目を通す。


「なるほど……こうした理由があったか」

「おう。すげえな、幽山の姫は」

「そうだろう。春柳はすごいのだ」


 胸を張る崇悠。

 先刻愛凛の宮にて漠民の筆名を騙る者の存在について話した時、犯人の詳細を調べて欲しいと言われ、崇悠は断れなかった。

 別に春柳愛しさに贔屓したわけではない。

 春柳はわずかな情報から真実を見出す慧眼に優れている、と崇悠は常々感じていた。


 例えば、幽山での初めての邂逅。


 崇悠の正体を一発で見破り、体質さえも見抜いた彼女の観察眼は鋭いどころではない。

 その彼女が犯人である茗鈴(めいりん)に違和感を感じたのであれば、調査しない手はないだろう。

 そして実態はというと……。

 崇悠は(ながいす)に肘をかけ、額を指で押さえた。


「当初想定していた事態と異なるな。大幅な軌道修正が生じる」

「で、どーすんだ?」

「無論、作戦変更だ。明日の朝、愛凛の宮へ行き、新たな策を告げなければ」

「おう、ならさぁ、こういうのはどうだ?」

「?」


 蒼生は榻の後ろから崇悠に耳打ちした。内容の突飛のなさに目を見開き蒼生を見やる。群青色の瞳には、いたずらな色が煌めいていた。


「 いや、さすがにそれはどうかと思うが……!」

「だが、効果はてきめんだと思わないか?」

「思うが! 大混乱になるぞ」

「大丈夫、俺がどうにかしてみせる」

「そもそも実現のためには、後宮の規則を五十ほど捻じ曲げる必要がある」

「現皇帝はお前なんだから、どうにでもなるだろうよ」

「だが、だなぁ。今日明日でどうにかできる話ではないぞ」


 渋る崇悠に、蒼生がふと真顔で言った。


「良いことを教えてやろう、崇悠。古の皇帝も言っていた、有難い言葉だ」

「……なんだ?」


 そして群青色の瞳に面白がる色を宿し、口の端を持ち上げて一言。


規則(ルール)は、破るためにあるんだぜ」


 これはもう止められない、と崇悠は腹を括った。


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