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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第四章

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19/70

寂妃(1)

「うぅむ……」


 内廷に詰めている崇悠(すうゆう)は、一つの文を読みながら唸り声を上げていた。


「どーしたんだ、んな難しい顔してさァ」


 今日も今日とて派手に飾り立てている蒼生(そうせい)が崇悠の背後に回り込んで文の内容を読み上げた。

 ちなみに今日は常服である幞頭(ぼくとう)盤領袍(ばんりょうほう)である。先日、無意味に祭祀用の冕冠(べんかん)袞服(こんぷく)を着ていたのに比べれば、普段着であるだけマシに思える。

 が、よくよく見れば美しい宝石藍(パオシーラン)色の胸元には銀糸で霊獣獬豸(かいち)の刺繍が施されていた。自画像を縫いとめて堂々と歩くような神経は崇悠には理解できない。


「なになに……永安(えいあん)における漠草(ばくそう)出身者の雇用率と離職率について……なんだか難しそうなもん読んでるんだな」

「奏上書だ。お前も読め」

「いやなこった」


 べぇ、と舌を出す蒼生に崇悠は眉をしかめた。


三省六部(さんしょうりくぶ)に籍を置く身なれば、皇帝である俺の補佐をするのは当然の責務と思うが?」

「これは刑部(けいぶ)の仕事じゃない」

「左様。刑部(けいぶ)の仕事では全くもってない。だが太師(たいし)の仕事ではある」


 崇悠の言葉に蒼生はいかにも嫌そうな顔をした。

 本性が獬豸(かいち)という霊獣である蒼生は、宮内において複数の役割を担っている。

 正義、公正、法治を司り、道理に適っていない方を即座に看破する性質から、三省六部においては尚書省管轄の刑部に籍を置いている。


 しかしそれとは別に、人あらざる長命で歴代皇帝を支えていることから、皇帝の師ーーすなわち太師(たいし)という官職にも就いていた。博識でもって皇帝を教え導き、国政に参与する名誉職だ。


「全く、人間は都合のいいようにオレをこき使う。人里に降りてこない他の霊獣の気持ちがわかるってもんだぜ」

「山のような衣装購入に目を瞑ってやっているんだ。知恵を貸せ」


 蒼生は崇悠の手から文を抜き取ると、近くの椅子に腰掛けて中身に目を通す。

 ざっと読んだ蒼生は、これでもかと眉と眉がくっつきそうなほど眉間に皺を寄せた。


「うーーーーーーーん。永安での漠草民の受け入れって、こんなに悲惨なのか?」

「嘆願が届いているということは相当なものと捉えてよいだろう」


 永安(えいあん)祥国(しょうこく)の中心部であり皇宮のある皇都昇陽(しょうよう)も存在しているため、必然的にモノもヒトも多く集まる。

 ということはさまざまな事件が起こるものであり、日々皇帝である崇悠の元にはあらゆる嘆願が集まってくる。

 もちろん中央官庁である三省六部がそれぞれの嘆願をより分け、崇悠のところにくる前にさばいてしまっているものも多いし、朝廷での合議も存在しているが、どうしようもないものに関しては門下省(もんかしょう)の手によって皇帝である崇悠のところに来る。

 額に手を当てた崇悠はため息をついた。


漠草(ばくそう)の件に関しては、この数年での流入数が多くて発生した事態だ。遊牧民族という性質ゆえに文化が全く異なるばかりか、言語が永安と異なり意思疎通ができないことにより、使い勝手が悪くて雇用しない者が多いのだろう」

「なんでわざわざ漠草から出て永安に来るんだろうな」

「……寂妃(じゃくひ)の輿入れが切っ掛けだ。先代の時には漠草から妃は迎え入れなかったから、反動が来ているのだろう。これからは昇陽で働くのだと、意気揚々と漠草の民がやって来るらしい」


 五国から等しく妃を迎え入れるのが通例となっているが、年頃の娘が生まれなかったなどの理由で叶わない時もある。先代の時がそうだ。

 先先代は随分な好色で、漠草から三人もの姫を迎え入れ、全部で三十人も妃を後宮に抱え込んだ挙句、宮中で働く女官にまで手を出していたらしいのだが。


「ふぅん……」


 蒼生は興味を失ったかのように、文を崇悠に突き返した。


「そんな理由で流入してきてんなら、もう数年もすりゃあ皆んな漠草に帰るだろ。放っておけ」

「お前……時々ものすごく雑になるな。裁判時は容赦しないくせに」

「それがオレの本質だからだ。こんな案件は、放置してても解決する。数十年もすりゃあ誰も見向きもしなくなるだろうよ」

「そういうわけにはいくまい。職にあぶれた人間が永安に溢れかえると犯罪発生率が上がるし、宦官(かんがん)になって宮中に召し抱えられようとする者が後を断たなくなる。これ以上宦官は要らん」


 先々代皇帝の時に膨れ上がった宦官の数を先代と崇悠とで苦労して減らしていた。元は刑罰の一種だったのだが、権勢が欲しい人間や食うに困った人間が自ら去勢して宮中に上ろうとするのだから恐ろしいものだ。

 贅沢はほどほど、後宮の規模も縮小している現在では新たな宦官は要らないのだが、そんな事情を知らないで去勢した挙句皇宮の前に押し寄せられてはたまらない。


「真面目だなぁ……」

「ひとまず、漠草の民を雇用するならば銀をはずむ方向で尚書省と話し合おう。遊牧民族ゆえ、足腰は強いだろうから、荷運人などに使えるだろう。あとは、根本問題として言語の統一だな。漠草民用に永安の言葉を教える機関を設置するか。……人員がいる。尚書省に命じねば」

「漠草ばっかりに策を講じて財を投入すれば他の地域の奴らが不満に思わないか?」

「仕方なかろう。今の状況を放置するよりましだ。他にいい案があるならぜひとも伺いたい」

「漠草出身の寂妃に相談しろよ」

「それができれば苦労はないが……寂妃はそうした相談に向く人物ではないからなぁ」


 満妃(まんぴ)剛妃(ごうひ)であれば相談をすれば解決策を共に考えてくれるのだが、寂妃はお世辞にも頼りになるとは言えない。常にお茶を飲み甘味を口にしているだけの花妃(かひ)や流行を追い求めてばかりの香妃(こうひ)にも困りものだが、寂妃はいつでも困ったように微笑んでいるだけ。

 微笑みながら、漠草特有の塩辛い羊肉料理をこれでもかと薦めてくるので辟易としている。本当にしょっぱいのだ。

 あれを平気な顔して食べる寂妃の味覚を疑いたくなるのだが、祖国を離れて寂しい思いをしているだろう妃の気持ちを考えると、黙って食事を共にするのが崇悠が見せられる誠意というものだろう。しょっぱいけれど。

 思い出しただけで口の中に塩が満ち満ち、水が欲しくなる。


「ともあれ、寂妃に話してみるのも手ではある。近いうちに渡ろう」


 崇悠は余計な軋轢が生まれないように妃たちの間を順に渡っていた。

 本当なら毎日春柳のところに行きたいのだが、そうもいかないのが皇帝という人間。一人を愛することが許されず、公務から解放された夜でも国のためを思って妃たちの間を渡り彼女たちの機嫌を伺う始末。


「頭が痛い……」

「大丈夫か? そういや朝餉食ってないんじゃないか?」  

「食欲が湧かなかった」


 最近暑いせいなのか、食べる気がしなかった。蒼生が顔をしかめる。


「元々食が細いのに食わねえんじゃ、ますます妃たちが心配して騒ぐぞ」

「知っている。だがどうしようもないだろう。そもそも朝から脂っこい料理を薦められても食べる気がせん」


 見ただけで胸焼けがしそうな光景なのだ。朝っぱらからがつがつ肉を食べている満妃の神経はまるで理解できないし、やけに砂糖と黄油(バター)が効いた甘味を口にしている花妃の気持ちも、暑いのにさらに汗が噴き出る辛いものを食べる剛妃の気持ちもわからない。


「茶くらい腹にいれといたらどうだ?」

「……そうしよう」


 壁側に静かに控えていた女官に合図をし、茶を持ってくるように言えば即座に動き出す。


「あぁ……春流のところへ行きたい」


 今日は無理でも、明日行こう。そして疲れた体を癒すような食事を作ってもらおう。

 そう心に決めた崇悠は、切ない吐息を漏らしながら今日も公務に励むのだった。


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