剛妃(7)
瑞晶は上記一連の出来事を詳に静帝に語って聞かせた。
「私は春柳殿ほど人に寄り添い、人のためを思う人物に出会ったことはありません。彼女はまさに妃の中の妃。陛下の隣に立つにふさわしい姫にございます」
「確かに、よくできた姫であるようだ」
「はい」
表面上では平静を取り繕っていたが、崇悠は内心で瑞晶の賞賛に激しく同意していた。
(さすがは俺の春柳! よくぞ瑞晶を説得してくれた。次会った時には思う存分甘やかして褒美を取らせねば……! ああ、会いたい。今すぐ彼女に会って抱きしめたい)
一方の瑞晶も心のうちで春柳を賛美していた。
(春柳殿のおかげで、静帝陛下が初めて料理を口にして笑顔を見せてくれた……知恵を貸してくれたありがとう! 私一人では無理だった)
妃同士というのは足のひっぱり合いをするか無視を決め込むのが常。
表面上いかに仲良くしていても、腹の中では相手を蹴落とす算段ばかりをつけている。
静帝と妃の仲を取り持つために他の妃が手を貸すなどあり得ないことだった。
けれど春柳は、個人の欲求を棚に上げ、「妃としての在り方」を瑞晶に説いた。
なんて高潔な心持ちなのだろう。
形式だけにこだわり、思うように行動できないもどかしさに日々鬱憤を募らせていた瑞晶とはまるで異なる。
(私も春柳殿のように、陛下のために身を粉にして働こう)
そう結論を下した瑞晶は、静帝陛下に自身の決意を新たに告げる。
「陛下。私、こう見えて槍術が得意にございます」
「あぁ、そうであった」
「何かございましたら、私をお連れくださいませ。陛下の盾となり矛となり、思う存分に戦う所存にございます!」
古来より陵雲では男女によって役割が変わることはなく、強者が前線に立って戦うのが常だった。だから瑞晶もその考えに則って言っただけなのだが。
「……気持ちはありがたく受け取っておく」
なぜだか静帝陛下の顔は、大層微妙なものだった。
何か間違えたかな、と思いつつも共にした夕餉は、今までで一番和やかで、陛下の箸の進みも良かった。
*
「おう、どうしたんだよ崇悠。そんな微妙な面をして」
後宮から戻った崇悠が真っ先に向かったのは、自身の寝所ではなく蒼生の宮だ。
部屋中に衣装を散らかして一人时装秀を開催していたらしく、足の踏み場がない。
しかも身に纏っていたのはきらきらした金飾と白玉珠で飾られた冕冠と、聖王の徳を象徴する十二の紋様が縫い取られた袞服だった。
日常着するものではなく、祭祀用だ。
なんでそんなものを着ているのか謎すぎる。
気持ちが顔に表れていたのか、蒼生は銀糸で龍が縫い取られた胸を自慢げに反らした。
「これほどに立派な衣装を祭祀でしか着ないというのはもったいないからな」
返答するのも馬鹿らしく、崇悠はずかずかと衣を踏み締めて部屋へ侵入した。
「あぁっ、それは先日昇陽で仕入れたばかりのお気に入りの胡服! 踏むな!」
「知らん。踏まれたくないならこんなところに放っておくな」
「勝手に来たくせに!」
蒼生の恨みがましい声を無視して榻まで行き、かけられていた衣をばさばさと乱暴に落としてからそこにどさりと腰掛ける。
大事な衣装を適当に扱われた蒼生が目尻に涙を浮かべて叫んだ。
「お前、外面と本性に差がありすぎるぞ! 物静かで穏やかな静帝の顔はどうした!」
「そんなものは、この宮に入るときにかなぐり捨ててきた」
「拾って付け直せ!」
「宮を出るときにそうしよう」
「……! ……!!」
涙目である。
「こんの腹黒皇帝め!」
「なんとでも言え。俺は今、機嫌が良いような悪いような微妙な状態だ」
「なんでだよ」
蒼生の疑問に、崇悠は先ほどの出来事を知らせようか知らせまいかやや迷い、最終的に口を開いた。
「良いことは、剛妃のところで出る料理が、俺の口に合うものに変わったという点」
「舌が痺れるって噂の激辛料理じゃなくなったのか?」
「まろやかな味わいの鶏白湯になっていた」
「そりゃよかったじゃねえか。で、機嫌が悪い理由は?」
「……守ってやると言われた」
「ぶはっ」
衣装を拾い歩いていた蒼生は吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「おま……おまえっ。随分頼りないと思われているらしいな。ははははっ!」
「やかましい」
蒼生のあまりの爆笑具合に腹が立ち、手近な衣を投げつける。
見事に顔面に当たり、「ぶへっ」とくぐもった悲鳴が上がった。
崇悠は口をへの字に曲げて肘掛けに肘をつく。不機嫌を絵に描いたような面構えだった。
「あぁもう最悪だ! 確かに俺は見かけ上、細くて強そうに見えないだろう。だが妃にあのように言われては、立つ瀬がないというものだ!」
「まあまあ、落ち着けよ。別に剛妃だって悪気があって言ったわけじゃないと思うぜ? 陵雲は男女ともに強くあろうとする民族だからそう言っただけだろ。ただの役割分担だ」
「だとしてもだ!」
「オレに噛み付くなよ。嫌なら妃の前で良いとこ見せるんだな」
崇悠はわずかに溜飲を下げ、思考した。
「……剣舞会でも開くか」
「おう! とびきり派手にしてくれよ。オレがここぞとばかりに着飾って華を添えてやるぜ!」
後日剣舞会にて見事な舞を披露した皇帝はこれまでの「軟弱」という印象を払拭し、皇宮内外での崇拝者を増やしたのだが、それはまた別の話だった。




