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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第三章

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剛妃(5)

 祥国(しょうこく)の皇帝崇悠(すうゆう)剛妃(ごうひ)瑞晶(ずいしょう)の元を訪れたのは、おおよそ十日ぶりのことだった。

 後宮に渡る時は必ず各妃の元を順に訪れるようにしていたのだが、このところ春柳に入れ込んでいたため順番が崩れてしまっていた。


「わたくしばかりを贔屓するのは他の妃の方達にもうしわけがありませぬ」


 と当の春柳に言われてしまったのでは、崇悠としても頷かないわけにはいかない。

 できれば春柳の宮に毎晩赴き、春柳の出す料理を春柳と心ゆくまで味わいたいのだが、そうもいかないのが皇帝というもの。

 泣く泣く「相わかった」と同意し、昨日は久方ぶりに満妃(まんぴ)汐蘭(しおらん)のところへ顔を出したところ、大層な歓待ぶりを受け、卓がきしむほどの料理でもてなされた。

 二人での食事だというにもかかわらず、儀式で出されるような豪華な料理の数々に辟易としてしまう。

 後宮への道のりを歩きながら、崇悠の思考は遠くに飛んでいた。


(今日は瑞晶(ずいしょう)か……陵雲(りょううん)の辛味が効いた料理は、宮中料理以上にどうにも体に合わない。辛すぎて舌が痺れる)


 麻辣(マーラー)料理が陵雲を代表する料理であることは知っている。歴史的背景も。

 だからこそ崇悠は文句を言わず手をつけているのだが、如何せん刺激が強すぎる。食べすぎると胃腸が壊れること請け合いだ。


(俺も蒼生(そうせい)のように強靭な胃腸の持ち主であればよかったのに)


 霊獣である蒼生はどんな料理でも酒でもお手のもので、なんなら毒物さえも効かないという奇跡の体の持ち主だった。そもそも人間ではないので、そんなものなのかもしれない。

 蒼生が羨ましいなどという益体もないことを考えながら歩いていると、瑞晶の宮へとたどり着く。

 優雅な礼を取っている彼女は、一見すると長身の美丈夫だ。

 陵雲は男装が主流であり正装であると聞いた時には驚いたものだが、実際瑞晶に会ってみるとよく似合っている。

 腹の中で何を考えているのかよくわからない妃もいる中で、瑞晶の竹を割ったような性格はむしろ好ましい。

 料理以外は好いているのだ。異性としてというわけではないけれど。


「今宵は我が宮にお越しくださり、喜びの極みに存じます」

「うむ、久しいな」

「陛下の御渡りを今か今かとお待ち申し上げておりました。夕餉の準備も整っております故、どうぞお入りくださいませ」


 にこり。涼やかな目元に笑みを作った瑞晶は、本当に崇悠の渡りを待ち望んでいたようだった。

 宮に入り、卓に向かい合って着くと、いつもと様子が違うことに気がつく。

 卓の真ん中にしきりをつけた鍋が置いてある。

 一方には真っ赤な麻辣湯、もう一方には見たことのない真っ白な(スープ)が並々と注がれている。

 一際目を引くのは、二種類の(スープ)だけではなく、鍋の形。

 まるで二つの勾玉が組み合わさったかのようなこの形は、崇悠にも馴染みのある陰陽太極図。


「この鍋は一体?」

「新たに開発した料理、名付けて陰陽鍋にございます」

「陰陽鍋……?」


 崇悠が訝しむと、瑞晶はすらすらと説明を始めた。


「陛下もご存知のように、陰陽とはすなわち『陰』と『陽』。天地万物のあらゆるものが陰と陽との均衡(バランス)によって成り立っている……なれば、陵雲の二つの料理にて陰陽を表現しようとした次第にこざいます」


 瑞晶は鍋を示し、さらなる説明を加える。


「祖国にて賓客をもてなす時に出す麻辣湯を『陽』、香辛料が不足した時に生み出された鶏白湯を『陰』に見立て、一つの鍋の中に仕切ってお出しする。これこそが陵雲式の『陰陽図』であり、陛下と共に頂くのにふさわしい料理かと存じます」

「なるほど……! このような料理が陵雲にあったとは、知らなかった」


 瑞晶がにこりと微笑みを浮かべる。

 早速二人で箸を取った。

 鶏白湯は初めて見る料理だが、見た目からして辛そうな麻辣湯とは違い、胃に優しそうな色をしている。投入されているのも(なつめ)やクコの実といったもので、これといって刺激がありそうなものではない。


(とはいえ油断はしない方がいいだろう。陵雲の麻辣料理は凄まじいからな)


 瑞晶が輿入れしてきてからはや三年。これまでの日々で出された舌が痺れるような辛さの料理は忘れようもない。実際、鶏白湯の隣の鍋でぼこぼこと煮えたぎっている麻辣湯から漂う香りだけで鼻が刺激されている。


(もしかしたら陵雲秘蔵の辛味料理なのかもしれない。……だが、食べないという選択肢はない)


 崇悠は覚悟を決めた。

 皇帝たるもの、料理の一つや二つで臆した態度を見せるわけにはいかない。

 器に盛られた鶏白湯には、当然のように肉しか入っていないのかと思いきや、意外にも(にら)袋茸(ふくろたけ)などの具材が入っていた。

 箸でつまんで一口。


(これは……!)


 崇悠を襲った衝撃は、並のものではなかった。

 鶏出汁を(ベース)にした白湯はコク深くまろやかな味わいで、辛さの片鱗さえもない。

 というか、優しい。

 とても優しい味がする。


「陛下、いかがでしょうか?」


 瑞晶が珍しく崇悠の顔色を伺うような問い方をしてきた。


「とても良い味だ。陵雲にはこのような料理もあったのだな。何故今までは出さなかった?」

「陵雲で賓客を迎えるといえば麻辣料理と古くから決まっていたものですから」

「ではどうして急に出そうと思ったのだ?」


 非常に良い心変わりではあるのだが、理由がいささか気になるところだった。

 軽い気持ちで崇悠が問いかけると、瑞晶は膝の上でぐっと拳を握りしめると、意を決した様子で口を開く。


「実は、全て春柳殿のおかげです」


 思いもよらない場所で春柳の名前を聞き、崇悠は箸が止まった。


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