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皇帝と食妃〜後宮のお悩み解決します〜  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章

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六人の妃

 後宮は広く、悠久の歴史の果てに数々の宮が建てられ、多くの愛憎渦巻く陰謀劇を生み出して来た。

 好色狂いの先先代皇帝の時には延べ三千人と言われた後宮の人員の数も先代と今代皇帝との時代を経て随分と減り、使われずにいる宮も多い。

 現在六人の妃にはそれなりに距離をとって宮があてがわれており、各々自分の宮にて静かに生活を送り、互いに干渉することはあまりない。

 しかしこの日は別であった。

 嫁いできたばかりの春柳を除く五人の妃が一様に集まり、額を突き合わせていた。

 すなわち、


 中央部永安(えいあん)満妃(まんぴ)汐蘭(しおらん)

 北西部漠草(ばくそう)寂妃(じゃくひ)愛凛(あいりん)

 北東部陵雲(りょううん)剛妃(ごうひ)瑞晶(ずいしょう)

 南西部天華(てんか)花妃(かひ)月橘(げっきつ)

 南東部珠海(じゅかい)香妃(こうひ)璃美(りび)


 妃五人が集まるなど、祭事でもなければありえないのだが、六人目の妃出現によりあり得ない事態が起こってしまった。


 集めたのは花妃(かひ)月橘(げっきつ)

 やや赤みがかった艶やかな髪を二つに結い、瑞々しい月季花(コウジンバラ)を品よく飾りに散らしている。

 身に纏うは胸元が大きく開いた桃色の襦裙(じゅくん)で、愛らしい外見とは裏腹に勝ち気な瞳が爛々と輝いていた。

 月橘は形の良い唇を開き、甘い声を出した。


「皆様、お集まりいただきましてありがとうございます。今日は他でもない、新たなる陛下の妃について、皆様の意見を伺いたく、招集をかけさせていただきました」


 これに真っ先に応じたのは陵雲(りょううん)剛妃(ごうひ)瑞晶(ずいしょう)だ。

 瑞晶は男装の麗人で、背が高く、目鼻立ちもきりりとしている。妃たちの中で最も異質で、性格も竹を割ったように豪快。

 故に、月橘が主催している会合の本質を見抜いていない。

 腕を組んだ瑞晶は深く頷いた。


「なるほど。私も新たな妃については興味を持っていた。なんでも、幽山から輿入れしてきたそうだな。幽山といえば、我が故郷陵雲の隣に位置する未知の地域。一説には仙人が住んでいるとか……嘘か誠かわからんが、興味深い。同じ北部出身だし、仲良くなれると思わないか。なぁ、愛凛(あいりん)殿」

「私はあまり、興味がないわ……」


 瑞晶に水を向けられた漠草(ばくそう)出身の寂妃(じゃくひ)愛凛(あいりん)は、一重の瞳をそっと伏せ、卓の上に「之」の字を書きながら言った。愛凛の周りには今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気が漂っていた。

 寂妃愛凛は引っ込み思案で表舞台に立つのが嫌いな小心者。身分の高さだけが取り柄の、おおよそ妃に似つかわしくない人物。今日の会合に来たというだけで、奇跡みたいなものである。むしろなぜ来たのか、現状の態度を見るにまるでわからない。


 月橘はため息をつきそうになったのをぐっとこらえる。


 ーーこの二人は駄目だわ。会の趣旨をまるでわかっていない。


 月橘は即座に視線を残る二人へと走らせる。

 永安(えいあん)満妃(まんぴ)汐蘭(しおらん)珠海(じゅかい)香妃(こうひ)璃美(りび)

 元より彼女たちが主賓だ。

 月橘は、愛くるしい笑みを浮かべて汐蘭と璃美に話しかけた。


「満妃様と香妃様はいかが思われます? せっかく新しいお妃様が増えたのですもの。わたしたちで歓待しなければならないと思いませんか?」

「妾は反対よ」


 にべもなく言ったのは、満妃汐蘭だった。

 いかにも昇陽の貴族が好むふくぶくしい体つきをした汐蘭は、冷めた目つきで卓の上に飾られた花をじっと見つめる。

 月橘は無邪気を装い汐蘭に問いかけた。


「何故なのか、理由をお伺いしても?」


 汐蘭はつい、と目線を月橘に送った。迫力のある視線だった。


「噂では幽山の姫は大層美しいとか。まるで空から降りて来た天女のようだとね。だから貴女は不安に思ったのでしょう? 崇悠(すうゆう)様を盗られたらどうしよう、幽山の姫が皇后に指名されたらどうしようと思ってね」


 あまりにも鋭い指摘に月橘は喉を詰まらせる。

 実際、汐蘭の言っていることは正しい。

 月橘は不安だった。未だ陛下のお子を身籠もれず、陛下は月橘に優しく接してくれるが、どこか一線を引いている風なのは否めない。


 そこにきての新たな姫の輿入れは、月橘にとって脅威でしかない。

 相手は謎の地域幽山出身の姫であり、天女のように美しいのだという。

 陛下の御心が新たな姫にのみ注がれたらどうしようーー自分を見向きもしてくれなくなったらどうしようと。


 月橘とて己の容姿には絶対的な自信を持っていたが、現在の後宮での扱いを考えると、のんきにかまえてなどいられない。

 だから、わずかにも脅威と感じる存在であれば、排してしまいたい。

 せめて後宮内での己の立ち位置というものをわからせたいーー。


「満妃様はご不安にならないのですか?」

「全く。もしも崇悠様の御心が傾いたとして、一時の気の迷いに過ぎないわ。すぐに正気を取り戻すでしょう」

「自信がおありですね」

「ええ。だって妾は、格が違いますもの」 


 にこりと微笑む汐蘭に虚勢は感じられない。彼女は心の底から思ったことを言っているのだ。

 そもそも静帝陛下のことを堂々と名前で呼べるのは満妃様だけ。

 地の利、身分の利を生かして幼少の頃より陛下と共に育った満妃は、他の妃より一歩も二歩も先を進んでいると自負している。

 悔しいが事実で、静帝陛下は誰よりも満妃のことを気にかけているのだった。

 月橘は不機嫌を悟られないよう膝の上で両拳に力を込めた。後宮では、己の感情が赴くままに我儘を出すべきではない。

 駆け引きこそが後宮において最も重要なこと。感情を押し込め、己の都合の良いように味方を増やさなければ。

 一縷の望みをかけ、未だ黙ったままでいる最後の妃に目をやる。


 珠海(じゅかい)香妃(こうひ)璃美(りび)は、色香を纏った艶やかな姫だ。

 体の線がくっきりと出る玫瑰紫(メイグイズ)色の衣は両脇に切れ込みが入っており、太ももから下が大胆にも見えるようになっている。足には同色の踵の高い靴を履いていた。見たことのない形の衣と靴は、おそらく他国からの品だろう。珠海は貿易で名を馳せている土地なので、璃美はいつも見慣れない衣装や宝飾品を身につけている。


 月橘の視線を受けた璃美は、口元を扇で覆う。扇を持つ長い爪は朱に塗られ、光を受けてきらりと煌めいている。


「あたくしは花妃(かひ)様の言うことに賛成だわ。新たな妃が調子に乗る前に、釘を刺しておかなければ。後宮での序列を示すのは非常に重要な事よ」

「香妃様」


 月橘がほっとして声を上げるのと、瑞晶が抗議の声を上げたのは同時だった。


「序列というが、妃間に上下関係などないだろう。優劣をつけようとするのは間違いだ。我々は等しく静帝陛下をお支えしなければならない」

「静帝陛下が一人の妃にうつつを抜かして道を踏み外さないよう、あたくしたちが目を覚まさせてあげるべきなのよ」

「高慢だぞ、香妃殿」

「まあ、そうかしら?」


 璃美は扇を少しずらし、挑戦的な笑みを浮かべた。

 瑞晶は立ち上がった。


「私は裏工作は好まない。妃たるもの、正々堂々と振る舞うべきだ」

「正々堂々の振る舞いが、必ずしも良い結果をもたらすとは限らないのが後宮という場所だわ」


 瑞晶は片眉を上げ、踵を返した。


「帰らせてもらう」


 そして本当に去ってしまった。瑞晶がいなくなったことなど些事であるとでもいう風に、まるで気にせず璃美は会話を続けた。


「それで、花妃様には何か考えがおありで?」


 月橘はにこりと笑みを浮かべ、まるで邪気のない声で告げる。


「ええ。あらたなお妃様には、贈り物をしようと思っているの」

「そう。とてもいいわね。ならあたくしも、相応のものをお贈りするわ。幽山の姫君にふさわしい、とっておきのものを」




 春柳(しゅんりゅう)が後宮に入内して三日。

 今日はどこに行って何を見つけようかしらと春柳が本気で悩んでいた時分。春柳付きの女官の一人がやって来て、かしずくと、厳かに告げる。


「春柳様、贈り物が届いてございます」

「贈り物? どなたからかしら?」

「花妃様と香妃様からにございます」

「まぁ」


 他家の妃から贈り物をもらうなど、想像さえしていなかった。

 もしかしたら春柳も、新参者の身として各妃に贈り物をしたほうがよいのかもしれない。ばあやが知らないだけで、そうした礼儀が後宮内に存在しているのかもしれないし。

 卓の上に置かれたのは、見事な木彫りを施した小箱と、銀箔が貼られた繊細な作りの箱だった。どちらも一見して高価なものだとわかる。


「とても素敵な箱ね。中身は一体何かしら」


 わくわくしながら箱を手にし、開ける。

 春柳の目に飛び込んできたのは、箱いっぱいに詰め込まれた蛙だった。


「まぁ、蛙!」


 銀細工の箱の中身は何だろうと開けると、こちらには蜘蛛がぎっしりと蠢いていた。


「まあああ!」


 周囲に控えていた女官たちが悲鳴をあげて逃げ惑う中、春柳は一人目を輝かせた。

 思えば幽山にいた頃、好奇心旺盛な春柳はなんでも口にしていた。

 草、葉、木の根、木の皮、花、木の実、実の皮などは良い方で、得体のしれない(きのこ)、イモリ、カエル。

 蜘蛛を捕まえ、口にしようとしていたところで、「それだけはおやめくださいませ」と周囲から泣きが入って流石に思いとどまった。


 だが春柳はあの時からずっと、蜘蛛がどのような味でどんな効能があったのか気になっていたのだ。

 見たところ、蛙も蜘蛛も毒を持つ類のものではない。

 春柳はあずかり知らぬことだが、送り主の花妃と香妃は春柳の心を折ることが目的のちょっとした嫌がらせのつもりで送っているので、毒を持つ虫は入れていなかった。

 だから春柳からしてみれば、これは本当にただの「嬉しい贈り物」以外のなにものでもない。

 小箱を愛おしそうに撫で、うっとりした声で一言。


「やっと……味見をする時が来たのね」


 贈られて来たのだから、堂々と口にしてよいのだろう。

 おそらく永安や天華、珠海では蛙や虫を食べる習慣があるのだ。

 ならば春柳が食べてもなんら問題はない。


「何かお礼をしなければいけないわね。何がいいかしら。やはりここは、食べ物が良いかしら? そうだわ。この蜘蛛と蛙を練り込んだ 甜食(あまいもの)など良いかもしれない。うふふふ、楽しみだわ」


 小箱を手にしてご機嫌に厨房に向かう春柳。

 してやったりと思っている花妃と香妃が春柳と出会うのは、まだ少し先の話であった。


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