1.勇者再訪
「エトナ様ー、また愚かな勇者どもが来ましたよー」
エトナが二つ目のホットケーキを焼いていると、そんな知らせが伝えられた。
知らせを持ってきた少女は、主であるエトナの前で、大きなあくびを隠そうともしない。
少女の名前はメグリ・メグル。
周りからは、メリルの愛称で呼ばれている。
メリルはこの城に仕えるメイドである。
頭に生やした羊の角が可愛らしいが、触るとものすごく怒る。
メリルのメイド服は着崩れており、髪もやや跳ねていた。
きっと、先ほどまで昼寝をしていたのだろう。
普通の城では、メイドのこのような振る舞いは許されないのかもしれないが、エトナの城では、それほど厳しい決まりは無かったし、メリルのだらしなさにはエトナもすっかり慣れてしまっていた。
そして、今はそれどころではなかった。
「えええええ! ゆ、勇者!? どど、どうしよう、殺されるっ!」
「あはは、エトナ様、びびりすぎですよ」
「だって、二度目だよ!? 前は見逃してくれたけど、やっぱり気が変わって殺しに来たんだわ!」
「大丈夫ですよお。骨は拾いますから」
「私、骨前提!?」
「あ、ここにあるホットケーキ、もらいますね」
「それは食べていいけど……」
「あとそっち、焦げてます」
「あああああ! 真っ黒!」
「真っ黒ですね」
「これが最後の晩餐かもしれないのに!」
エトナは頭を抱えた。
自分用に焼いたホットケーキが炭になってしまったことと、きれいに焼けた方をメリルに食べられてしまったこともそうだが、何より勇者のことだ。
エトナは、魔王配下の四天王の一人である。
いや、かつてはそうだった、と言うべきか。
今はもう、魔王も他の四天王も、勇者に討たれてしまったのだから。
目下、エトナは魔王軍最高戦力の内、唯一の生き残りになってしまった。
勇者たちは二年前もエトナのもとへやってきた。
そのとき、エトナは泣きながら土下座をして許しを乞うた。
あまりにも惨めな姿だったのだろう。
気付いたときには、勇者パーティにいた巨乳のお姉さんにぎゅっと抱きしめられ、頭を撫でられながら、わんわん泣いていた。
さらに、辛かったことや悩みも聞いてもらった。
魔族のくせに弱虫で臆病なこと。
人望がないこと。
使える魔法なんてせいぜい結界を張る魔法くらいで、全然強くないこと。
他の四天王から馬鹿にされたこと。
それでも、自分のことを認めてくれた魔王様のために頑張りたいこと。
なのに、勇者と戦うことを想像したら、怖くて泣いてしまったこと……。
巨乳のお姉さんは、クララと名乗った。
クララお姉さんは優しかった。
親身になってエトナの話を聞いてくれたし、ときには一緒に涙を流してくれた。
エトナはクララお姉さんのことが大好きになった。
絶対にまた会いに来るからね、と言うクララお姉さんと、熱い抱擁を交わして別れたことを、エトナは憶えている。
しかし、このタイミングでの再訪である。
戦後の禍根を残さないため、きっちり後始末をしに来たに違いない。
エトナは四天王の残党。
生かしておくのは危険だと判断されたのだろう。
今度こそ殺される、と思うと、エトナの目に自然と涙が滲み出した。
「それじゃ、エトナ様。あとよろです」
「え、どこ行くの?」
「お腹いっぱいになったら眠くなっちゃいました。なので、寝室で……、お掃除をしてきます」
「勇者が来てるのに?」
「はい。それでは、おやすみなさい」
「ちょ、ちょっと……!」
メリルは廊下の向こうへと消えていった。
薄情者め、ホットケーキの恩を忘れたか、とエトナは心の中で毒づいた。