ぴよ姉さんのアドバイス
「はい、本日も元気に【教えて、ぴよ姉さん!】が始まりました! 司会は私、焼きトリノと」
「私、ぴよ姉でゆるゆるまったり卵への揺るぎない愛とともに全国の皆様に生放送でお送りいたしますー」
♪♪♪
いつも変わらぬスタートを切った全国ネットの人気ラジオ番組【教えて、ぴよ姉さん!】。今日も自由気ままな焼きトリノさんと破天荒なぴよ姉さんのやり取りに耳を傾けつつ、夕食の準備をこなしていく。
ちなみに【教えて、ぴよ姉さん!】のゆるさは本当にひどいもので、思わず手から包丁を滑り落としそうになったことは数知れず。それにも関わらず聞き続けてしまうのは、一人で辛気臭く家事をこなす時間帯だからこそ、馬鹿馬鹿しい笑いを欲しているからに他ならないだろう。……と、本人的には分析しているが、ひょっとすると日頃の悩みを何もかもパッと忘れて、腹の底から笑いたいという切なる願望が潜んでいる結果なのかもしれない。
「さてさて。今日の質問は、割と正統派なものをチョイスしましたよー。いつも型破りな回答ばかりされるぴよ姉さんも、これならまともな回答をしてくれるのではないでしょうか?」
「え? それは完全にフリですよね? ゆで卵の出来上がりに大なり小なりムラが生じるみたいに、回答もムラがあってしかるべきってフリ待ちなんですよね? うん、さすが! 焼きトリノは色々分かってるねえー」
「流石、ぴよ姉さん! 相変わらず、何一つ聞いてなーいっ!!」
「相変わらず、失礼な焼き鳥ね」
「違います、私は【焼きトリノ】です! 決して、【焼き鳥】ではございませんっ!!」
「でも、ぶっちゃけ由来は【焼き鳥】なんでしょ? てか、【焼き鳥】以外ないでしょ?」
「相変わらず、ぴよ姉さん。ぶっ飛ばしますねえ。もうこのくらいにしません? ということで、本日の質問に行ってみましょーっ!」
「いや、尺もあることだし、次に行くこと自体は構わな「♪♪♪」
強硬に流れるジングルで、二人の話が強制的に終了させられることは日常茶飯事。相変わらずグダグダな二人のやり取りを聞いているだけで、辛気臭い家事をしているのに笑いが込み上げてくるから本当に凄い。
「では、早速参ります。ラジオネーム・照れチキンさんからいただきました。どうもありがとうございます!」
「へぇ、照れチキン……。良い名前だねー」
照れ屋なチキンハートと照り焼きチキンを掛けたネーミングだろうか。なかなか粋なネーミングだと感心しつつ、ラジオから飛び出す言葉をワクワクしながら待ち構える。小洒落たラジオネームを思い付く人の質問が登場する展開を知り、期待がどんどん募っていく。
「ですよね! やはり我々としてはシンパシーを感じてしまいますよね!」
「いや、ていうかさ。照れチキンさんは焼きトリノなんかより、余程良いネーミングセンス持ってると思うよ?」
「え、まさかの流れ弾!?」
「流れ弾というか、単に事実を述べただけだと思うんだけど?」
「いや、その言い方が既に焼きトリノのガラスのハートをバッキバキに叩き潰しちゃってるわけなんですけどねえ……」
「焼き鳥にガラスがあるなんて危ないから、叩き潰して取っ払っちゃった方が色んな意味で良いんじゃないかな?」
「ぴよ姉さん、相変わらず焼きトリノに横暴すぎ!!」
「てか、焼きトリノ。そんな文句は後でいいから、続きプリーズ」
「嘘、まさかのぴよ姉さんからの軌道修正キター的な!?」
「ぴよ姉さんだって、一欠片の常識は持ち合わせてるよー。第一、常識ゼロならラジオに出させてもらえないよー。常識の範囲で番組を回すための努力は流石に持ち合わせてるよー」
「まさかの正論キター!!!!」
「……もう良いから、焼きトリノ。続き、読んで! 読んで!!」
「はいはーい。分かりましたー」
「だから、何でそこで残念そうな声を出すかなあ……」
「だって、真面目なぴよ姉さん。焼きトリノ、興味ない」
「そんなの知らないよー。てか、焼きトリノが自分の仕事を全うしないからこうなるわけで」
「あ、そっか。じゃあ、とりあえず質問を読みますねー」
「ってか、焼き鳥の本性がマジで読めない……」
焼きトリノさんとぴよ姉さんの掛け合いに相変わらず笑わせてもらいながら、楽しく夕食の準備を進め、気付けばシチューが煮込み終わるのを待つだけだ。普段なら夕食の準備が手早く終われば、ラジオを切ることもある。だが、今日の質問は何と言っても粋なネーミングセンスの持ち主である【照れチキンさん】からの投稿なのだ。これは最後まで聞くしかないだろう。
「こんにちは、ぴよ姉さん。ぴよ姉さんのたまご愛に感化され、毎日卵一個は必ず食べてます」
「お、有難いことだねえー!」
「早速ですが、ぴよ姉さん。お返しをする際、気にすべきポイントはどこだと思われますか? お恥ずかしながら、僕は頂いたプレゼントの価格以下にならないように気を付けるくらいしか思い当たらないのです。しかも、頂いたプレゼントの価格以下にならないように気を付けるために、どうしても頂いたプレゼントの価格を調べる行為をせざるを得ません。相手のことを気遣うフリして、相手の善意を値踏みするかのような行為をしているギャップと、コソコソと頂いたプレゼントの価格を調べる行為がさもしく思えてしまいます。最近はプレゼントを頂くと一連の流れが頭に過ぎり、幸せな気持ちよりもヘコむ気持ちが勝る勢いです。ぴよ姉さん、こんな腐れチキンに何かアドバイスしていただけませんか?」
意外と真面目な質問の登場に拍子抜けしてしまうと同時に驚愕する。何故ならば、照れチキンさんと同じことを今まさに悩んでいたからだ。だからこそ、破天荒な回答を売りにしているぴよ姉さんの見解を聞きたいと照れチキンさんが願い、悩みとして投稿した気持ちも割とすぐに理解できた。
「あれ? 照れチキンが腐れチキンになっちゃってるよー?」
「いや、ここはスルーしてあげるところだからね。ぴよ姉さん」
「いやいや、ツッコミを入れるべきところだよ。ここはー。卑下したところで、さもしい行為である事実は変わらないわけなんだし」
「うわー、相変わらずぴよ姉さん。エゲツなーいっ」
「別にエゲツくないでしょ? 普通に考えてさ。プレゼントした相手が包装紙を頼りに購入したショップをネットで発見したりして、定価は勿論、会員価格からセール情報まで把握している状況を想像したら、ね。『なかなかゲスなことされますねー、友人さーん』とか言いたくなりません? そりゃあ、実際に調べた内容を相手に直接語る人なんて、なかなかいないでしょうけど」
やっぱり破天荒なぴよ姉さんにとっては価格検索は邪道であるという認識か……。そんなことを思いながら、ラジオに耳を傾け続ける。
「じゃあ、ぴよ姉さんはプレゼントの価格を調べることは一切しないタイプなんですね!」
「え? 誰がしないって言った? 私、するよ?」
「えー! しちゃうんですか? これだけボロクソに言ってるのに、価格調べちゃうんだ……」
焼きトリノさんの声に重ねる形で叫んだ私の声が、誰もいない家の中に響き渡る。……深夜ラジオでなくて良かったと割り切り、とりあえず叫んだ事実は忘れることにして、ぴよ姉さんの続きの言葉を大人しく待つことにする。
「だいたいの価値さえ見当付かない代物って、ありません? 好きだけど、そこまで頓着してないものとか。例えば、私はコーヒーがまさにそれなんですけどね。自販機の缶コーヒーも豆から挽いて淹れていただいたコーヒーも全部『美味しい』の一言で有り難くいただくタイプだから、銘柄はすぐに記憶から消えていくし、価格帯もサッパリ頭に残らないという」
「あぁ、確かにそういうカテゴリーありますねえ。私の場合だと、うーん。洋菓子ですかねえ……。美味しいとは思いますし、いただけば有り難く頂戴するんですけど、価格は皆目見当付かないんですよねえ」
「確かに、洋菓子もピンキリ激しいからねえ……。ところで、焼きトリノ。洋菓子の価格は使用する卵の鮮度に比例して跳ね上がっていることは流石に知ってる?」
「ええー! そうなんですか!? 卵が価格を決めてたんですかー!?」
「……いや、ごめん。流石に盛りすぎた。こんなに素直に信じられるとは思わなかったよ。だけど、これは苦手なカテゴリーと聞いていた上で意地悪な話を振ったぴよ姉が完全に悪かった。本当にごめん」
「どうしたんです? ぴよ姉さんが素直だと気持ち悪い……」
「いや、流石に流れ的に悪ノリが過ぎたと思って。それで、焼きトリノ。さっきの洋菓子の価格のことだけど、確かに良質で鮮度の良い卵を使えば、得てして価格は上昇しがちだけど、価格を決める要素は卵だけじゃないんだ。作業工程に費やす時間や店舗の土地代、パティシエの人数や一日に捌ける個数等、色々な要素が複雑に絡んで決まって来るわけで、卵だけが価格を決めているかのような発言は暴論とも言えるんだよ」
「へぇ、そうなんですねー。卵以外の要素が絡んでいるなんて想像さえしていなかったから、まるっとぴよ姉さんの言葉を信じてしまいましたよー」
「そうなんだよね。知らない世界や知ろうと思えない世界の情報は、人に聞くなりネットで調べるなりして調達するしかないわけで。その努力を踏みにじる行為は流石に人として間違っている。だから、焼きトリノに謝罪すべきと思ったんだ。そして、知らない世界であり知ろうと思えない世界の情報を調達して、他者に歩み寄ろうとする行為まで卑下する必要はないと私は思ってるんだ」
ぴよ姉さんのハッキリとした口調で述べるの価格調査への肯定的な発言を聞き、ようやく息を吐く。とはいえ……。
「でも、ぴよ姉さん。いただいたプレゼントに対する価格調査をゲスな行為とまで揶揄されていたじゃないですか」
「知らないことを調べる行為を卑下する必要性はないけれど、ゲスな行為だという自覚は忘れずにいた方が円滑に物事は運ぶと思うのよね」
「でも、それは対極に位置する考えだから両立は不可能じゃないですか?」
まさに同じ疑問が浮かんでいた私にとって、焼きトリノさんの問い掛けは実にタイムリーなもので、焼きトリノさんの問い掛けの行方をラジオ越しに見守っていた。
「え? 普通に両立できる考え方よ? 価格を調べるというゲスな行為をする自分にさえプレゼントをくれる優しい友人がいる事実を喜ぶなら、普通に両立できる考え方のはずよ?」
「なるほど。それならぴよ姉さんの言う通り両立することが出来るかも……」
「プレゼントのお返しのために凹むほど価格を調べている事実を鑑みても、恐らく照れチキンさんはかなりプレゼントをいただくタイプだと思うのね。つまりは、周りの方に相当愛されているタイプ。そんな照れチキンさんにアドバイスをするならば……」
「するならば?」
照れチキンさんではないけれど、同じ悩みを持つ者として、ドキドキしながらぴよ姉さんの答えを固唾をのんで待っていた。
「ぴよ姉さんの意見なんて必要ない。そもそもお返しのために価格を調べる無限ループに陥っていること自体、照れチキンさんのお返しがキチンと循環できている確かな証拠なんだし。それでも心配ならば……手作りたまごプリンもセットにして、一緒に食べながら、たまご愛を語ってみてくださいー!」
「わー、めちゃくちゃ良いこと言ってる! とか思っていたけど、最後はやっぱり卵ですか!!」
「そうですよ、卵ですよ。と言いますか、卵ですけど。うーん、卵……やっぱり今回に限ってはいらなかったかなあ?」
珍しく弱気な発言をするぴよ姉さんに、焼きトリノさんがフォローにすかさず回る。やっぱりこの二人は良いコンビだとつくづく思う。
「良いんじゃないですか? たまごプリンは世界を救うパワーさえ秘められているはずですし!」
「そうですよね! たまごプリンを食べれば、みんな笑顔になれますもんね!」
「ということで、本日の【教えて、ぴよ姉さん!】はここまで! 照れチキンさん、解決出来そうかな? また、困った時には遠慮なくぴよ姉さんにお便りだしてねー!」
ただただ辛気臭い家事の合間の束の間の笑いが欲しくて聞いていたはずのラジオ番組で、ここまで救われるなんて思ってもいなかった。そんなことを思いつつ、私は再びキッチンに向かっていく。
「……せっかくだから、私も作ってみようかな。たまごプリン」
もしかすると、明日は全国的に手作りたまごプリンが溢れているかもしれない。そんなことを想像しつつ、たまごプリンを作り始める。
たまごプリン作りに着手した瞬間。こそばゆいような温かいような不思議な達成感に満たされたのは、きっと焼きトリノさんが述べていた『たまごプリンは世界を救う』計画の一端に加わったような壮大な気持ちを味わっているから、……かもしれない。
【Fin.】