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退屈の王


 若き先王が急な病によりこの世を去った時、王子はまだ一歳の誕生日を迎えたばかりの赤子だった。

 母親である王妃は、王子を出産した時に難産のため逝去しており、その喪が明けて間もなくの出来事であった。

 相次ぐ凶事に、王宮内では暗殺の噂さえささやかれ、王位をめぐる争乱は必至と、葬儀も終わらぬうちから有力者たちは抗争の準備に余念がないありさまだった。

 その混乱をいち早く収束に導いたのは、副王。跡目争いの第一の旗手と目されていた、先王の弟君だ。

 彼は、争いが表面化する前に率先して王子を擁立し、国内外に新王の即位を高らかに宣言した。次いで自らは摂政の座に就き、王に代わって政務の全てを取り仕切ることで、国内の動揺を抑え込んでしまったのだ。


 新王は、王宮とは別の場所にある離宮の中で、大切に育てられた。

 王の叔父である副王は、彼に望む物を何でも与えた。食べ物も、玩具も、書物も。

 離宮には大勢の召使が仕え、王の望みに応えるため身を尽くした。王の要求はどんなことでも叶えられた。

 ただ一つ、離宮の外に出ること以外は。


 離宮は充分な敷地を擁し、豪奢な屋敷のまわりには手入れの行き届いた庭園や農園、小さな森までも備えている。

 だが、その外周は高い石塀に囲まれ、正門は常に閉ざされたまま。

 使用人が出入りする通用門は必要に応じて開かれるが、そこには衛兵が立ち王は近づくことすら許されなかった。

 自分の欲求を言葉で伝えられるほどに成長し、絵本により塀の外には広大な世界があることを知った王は、当然のことながら外に出たいと要求した。

 だが彼がどれほど望もうとも、どれほど強く命じようとも、召使たちはそれだけは決して応じようとしなかったのだ。


 副王は月に一度、王のご機嫌を伺いに離宮にやってくる。

 王国の政務を一身に背負い、寝る暇もないほど多忙な日々を過ごす彼が、月に一度とはいえたった半日程度の時間を絞り出すのに、どれほどの労苦を強いられるか。だが副王はただの一度も、訪問を欠かしたことはなかった。


「王陛下におかれましては本朝も御機嫌うるわしく、御壮健なること心よりお喜び申し上げます。

 陽の光にもまさる陛下の御威光と御慈悲のもと、王国の民は日々平穏と安寧を友とし心豊かに暮らしおりますること、千万の臣民に代わり心より御礼奉ります」

「挨拶など聞き飽きた。朕は外に出たいぞ!」

「それはなりません」

「なぜだ!」

「外は危険に満ちあふれております。

 陛下こそは国家。陛下なくして王国は成り立ちませぬ。

 御身を大切にお護りすることこそ我が最大の役目であり、陛下におかれましては唯一の責務でございます」


 広い謁見の間で、眩いばかりの宝飾を施された玉座から足をブラブラさせながら癇癪を起こす幼な児と、その正面に膝をつき毎度変わらぬ答弁を繰り返す副王。

 そのやりとりが唯一、王が外の者に接する機会だった。


 副王がどんな意図をもってそのようにしたのかは、誰にもわからない。

 彼にとっても肉親である幼き王を、守りたい一心だったのか。それとも王を無力なまま幽閉し、国を簒奪する心づもりであったのか。

 いずれにせよ、王なくして国家は存在しえず、副王なくして政は動かない。この体制が王国にとって唯一最良のものであることは誰の眼にも明らかであり、国民の誰もがこの王室のあり方を支持していた。

 ただ一人、王自身を除いて。


 身体と心の成長に伴って、鬱憤もまた大きく膨らみ続ける。

 どんな玩具も、すぐに飽きた。どんな本も、何の興奮ももたらさなかった。

 ただ繰り返すだけの、変わらぬ日常。王が支配しているのは、退屈という名の国だった。


 無為の絵の具で塗りつぶされた灰色の日々の中で、たった一度だけ。それでも僅かなりとも心を動かされた出来事があった。

 それは、庭を散歩していた時のこと。地面を這っていた黄金虫を、王はうっかり踏みつぶしてしまったのだ。

 幼き王は思わずその場にしゃがみ込み、特に珍しくもない虫けらがもがき苦しむ様子を、眼を見開いて見つめ続けた。

 偶然とはいえ、自分の起こした行動により一つの命が尽きていく。その様に不可思議な高揚を憶えたが、小さな生き物が動かなくなると同時に興味を失い、立ち上がった時には全てを忘れてしまっていた。



 そんな退屈な日々を暮らしに転機が訪れたのは、十三の歳。

 それをもたらしたのは、どうしてここには爺と婆しかいないのかという要求で連れて来られた、同い年の侍女だった。


「お初にお目通りの栄を賜ります。本日より仕えさせていただきます、ファーリアと申します」

「お、おお……」


 王は、眼前に膝をつく、初めて目にする可憐な少女の姿に少なからず興奮し、玉座から立ち上がった。


「ファーリアと申すか。そうか、そうか。

 うむ、肌が白いな。手足も指も細く、それに柔らかい。爺や婆とは大違いじゃ」


 王は彼女に歩み寄ると、不器用な手付きで身体のあちこちをまさぐり始めた。


「あっ。へ、陛下」

「顔を上げよ。ふむふむ、化粧はしておらぬのだな。唇も頬もすべやかで、肌さわりが心地よい」


 突然の振舞いにとまどい、助けを求めようと周囲に視線を走らせるファーリアに、取り囲む召使たちは無表情で応じる。王を止めようとする者もなかった。

 また彼女自身も、王の望みには全身全霊をもって応えるのが役目だと固く申し渡されていたことを思い出し、力を抜いて身を任せる。

 王の手は止まることなく、少女の服を脱がせ体の隅々まで調べ上げた。


「うむ、うむ」


 さらに王は、あろうことか自らも衣服を脱ぎ捨て、本能の赴くまま行為に及ぼうとする。

 これにはファーリアもたまらず声を上げた。


「へ、陛下! お、お待ちください、私のような下賤の者をお相手になど!」

「よいよい、大人しくしておれ」

「ああ……」


 哀れな侍女は、全てをゆだねようと観念する。

 だが、経験も知識もない王は思うように果たせず、同じく経験のないファーリアもまた、応えることが出来なかった。

 召使たちも手を貸すことはなく、ただじっと見守るのみ。王の命令には決して逆らわず、命令なくして動くことはない。それがこの屋敷における絶対の掟なのだった。


 王は落胆し、寝室に引きこもってしまった。

 ファーリアが罰せられることはなかったが、王の望みに応えることが出来なかったことを悔やんだ彼女は、年上の者に相談して知識を得、自ら王の寝室に赴いた。

 そうして若い二人は苦心惨憺の挙句、なんとか事を成すことが出来たのだった。


 その日から王は、行為に夢中になった。昼夜を問わずファーリアを責め続け、同様に性の喜びを知った彼女もまた、その要求に存分に応えた。

 だがそんな彼女も、他の玩具と変わらず一月も経たずに飽きてしまった。

 ファーリアは暇を出され、王は次々と相手を変えて日々行為に明け暮れた。


 晴れて退屈という名の牢獄から逃れることが出来たかに見えた王であったが、それでも外への渇望は少しも減じることはなかった。

 欲求は日々膨らみ続け、ついにはその抑圧で不能に陥ってしまった。

 唯一の楽しみを奪われたことは更なる鬱憤となり、王の歪んだ心を暗闇へと追い込んでいく。

 闇から逃れようと王が起こした最後の足掻きは、最悪の形で顕れることとなった。



 その日、いつものように離宮を訪れいつものように外出を拒絶した副王に対し、王はそばに控えていた老齢の召使に、「この男を殺せ」と命じた。

 召使は副王に歩み寄ると、躊躇なく剣を抜きその腹部を刺した。


 副王は驚愕に目を見開き、絶叫を放って床を転がり回った。

 その姿はかつての黄金虫の死に様を思い起こさせ、そして人間の放つ断末魔は、虫けらの何十倍もの興奮を王にもたらした。

 その時、王は自分の股間が固くなっていくのを感じた。

 王は副王が息絶えるのを見届けると、寝室に駆け込み喜び勇んで侍女に挑みかかった。


 次の日、王宮から大臣達がやって来た。彼らは副王の死について糾弾はしなかったが、代わりに王自ら政に携わって欲しいと、彼を王宮へと連れ出した。

 初めて足を踏み入れる塀の外に、王は興奮した。

 だがそこは、不自由な世界だった。大臣達は王を玉座に据えると次から次へと大量の文書を持って来ては、ここにサインしろと要求した。

 初めは新しい遊びのようで素直に従っていた王だったが、案の定すぐに飽きてしまい、三日目にこいつらの首を斬れと召使に命じた。

 そしてその様を見て興奮し、女の手を引いて寝室へと走った。


 王宮へは誰もよりつかなくなった。国は乱れ、国境は隣国に侵された。

 だが王はそんなことには一切関心がなく、召使に命じて街の者をさらって来ては目の前で殺させ、女と行為に及ぶ。そんな毎日を繰り返した。

 間もなく反乱が起きたのは、当然の成り行きだった。


 王宮は焼かれ、炎の中で、王は反逆の徒に腹を刺された。

 王は床に崩れ落ちながら、自分の死にかつてないほどの興奮を憶え、股間が屹立していくのを感じた。


「誰か! 誰か女はいないか! 女を連れてこい!」


 死の淵にあって、どこからそんな大声が出てくるのか。だがその声に応える者はなかった。

 いや、一人だけ。


「ここにおります、王様」


 そう言って覆面を取ったのは、数年前に王と最初の夜を共にし、そして捨てられたかつての侍女、ファーリア。王を刺したのは、彼女だった。


「ああ、ああ王様、私は嬉しゅうございます。初めての時も最後の時も、この私がお相手させていただけるなんて」

「口上などよい。早う、早う!」

「はい、ただいま」


 ファーリアは王の傍らに跪き、股間のものに頬ずりすると、その上にまたがりゆっくりと自分の中に収めた。


「うむっ……」

「ああっ、王様! 王様!」


 王はかつてない興奮と快感と、安らぎの中で生を終えた。

 そしてファーリアは、息絶えてなお固さを失わないそれを飲みこんだまま、興奮に目を血走らせ口から泡を吹きながら、ひとり腰を動かし続けるのだった。



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