出会いと別れ・・・(3)
「先輩は・・・、先輩のまま自分の気持ちに正直でいてください。そうやって向き合ってくれる遥香先輩が彼氏さんも好きなんだと思います。」
ふふっと笑って、頬杖をついていた腕を崩し、前に組んだ。
酔っぱらっているせいでちょっとした動作でも体がゆらゆらと揺れている。
頬も赤くなって、照れくさそうに笑う先輩がとても可愛いと思った。
あっという間に予定の時間になり荷物をまとめて席を立った。
同じタイミングで数人の男性客のグループが前を通った。
一人の大学生風の男の子が振り返り、じっとこちらを見ている。
スマホに視線を落としている遥香は気付いていない。
「あの・・・遥香さん?」
「あら・・・俊矢くん?」
ふいに名前を呼ばれ、顔をあげた遥香は驚いた顔をした後、笑いながら名前を呼んだ。
「やっぱり!遥香さんに似てる人いるなーって店に入ってきたときに思ったんですよね。」
ゆったりとしたシルエットのニットカーディガンを羽織って、黒いリュックを背負っている。
人懐こい笑顔を遥香に向けて嬉しそうに笑っている。
「あはは!すごい偶然ねぇ。俊くんは友達と?」
「はい。遥香さんは~・・・」
「後輩とね、飲んでたの。」
遥香は美月の顔が見えるように体を少しずらして紹介した。
目が合って、美月はペコリと頭を下げた。
少しの間だけ視線が合ったままだった気がする。
お会計は遥香先輩が支払ってくれたので、有難くご馳走になった。
足元がふわふわして、気を付けないと千鳥足になってしまう。
久々に結構な量のお酒を飲んだ気がする。
遥香先輩はさっきの男の子と次のお店に行くと言っていた。
誘われたけど、このまま次に行くと寝てしまいそうで、早々に帰ることにした。
帰りはタクシーを捕まえて乗り込んだ。
深く深く椅子に沈み込み、眠気と戦いながら、窓の外の賑やかな店々の明かりを、人々を見ていた。
流れていく景色がぼんやりとぼやけてとても綺麗だとおもった。
ふと一粒涙が静かに頬を伝っていて驚いた。
そっと指先で拭った。
指先に取った涙が腹の膨らみに沿って広がって濡らしていく。
気付くとポロポロと涙がこぼれて、指では拭いきれなくなって
呼吸も荒くなっていた。
静かに一生懸命泣いた。
胸の奥から湧いてくるものをすべて洗い流す。
出し切ってしまおうとしている。
自分が泣きたかったんだとやっと気づいた。
傷ついたとか、寂しかったとかそういうものかと思ってたけど多分違う。
もう抱えているものを消してしまいたかったんだ。
自分で自分にいっぱいいっぱいだったんだ。
気付かれたくない一心で鼻をすすらなかったのでハンカチは大惨事になった。
涙と鼻水と落ちたファンデーションもついて、強烈に汚れてしまった。
ボロボロの顔がタクシーの窓に映った。
もう少し行けば街から離れるので暗くなる。
大丈夫。泣いてたって誰にも分からない。
そしたらまたいつもみたいに静かに家に帰ろう。
今日はお風呂にゆっくり入ろう、入浴剤も入れて。
お風呂からあがったら丁寧に淹れたコーヒーを飲んで、ニュースを見よう。
眠れば朝になって、また明日が始まるから。
軽くなった自分を確信しながら、まだぼうっとする頭を抱え、窓の外が静かになるのを待っていた。