別れと出会い・・・(2)
「先輩もそういうことあったんですか。」
ニコッと笑いながら組んでいた足を崩した。
「まぁね。みんな通る道って言ったじゃん。」
遥香は空になった缶をゴミ箱に放った。
私もぬるくなったコーヒーを飲み干した。
「さぁ戻るか。」
肩をポンと叩かれて立ち上がった。
私は人が羨むほど恵まれているのかもしれない。
ツライことはあったけど、新しい気付きをもらうためのチャンスだったのかもしれない。
このチャンスからまたステージアップすればいい。
オフィスに戻りながら、帰りに近くの居酒屋に行こうと約束をした。
馬鹿みたいに大口開けて笑った。
手で口も隠さない。
私は私でいい。
ホッした。
無理くり仕事を定時で切り上げて、エレベーターホールで遥香と落ち合い、居酒屋に向かった。
まだ時間は早かったが、すでにお客は数組入っており、賑やかな笑い声が店内に響いている。
「あたし、生。」
席に着くや否やメニューも広げずに宣言する遥香をチラリと見た。
「私も生で。」
イヒヒと嬉しそうに笑う遥香が店員を呼ぶ。
「笑っちゃいますね。」
メニューを開きながらつい笑ってしまう。
カバンをガサゴソと漁りながら遥香も笑う。
「今日もう仕事になんなかったよ。楽しみ過ぎて。」
「久しぶりですよね、二人で飲むの。」
「課も変わっちゃったしね。月の忙しい波がさ、真逆になっちゃったからね。いやぁほんと嬉しいよ。」
失礼しまあす、と元気な声とビールが届けられた。
キンキンに冷えたビールを掲げてグラスを合わせる。
一気にビールを流し込む。
冷たい液体が胃へ流れ込むのがはっきり分かる。
半分ほどに減ったグラスを見て、二人で大笑いした。
それから昔話に花が咲いた。
遥香は美月が入社した当時、同じ課の先輩で、美月の教育係だった。
「最初美月に会ったとき、すごい冷めた子だと思った。」
「だってそんな入ったばっかでグイグイいけないですよ。嫌われたくないし。」
「そうそう。そういうとこ。入社当時も普通に言ってたもんね。大人びてたのか、冷めてるのか、でもしっかり自分は持ってたよね。」
「そうですかね?世間知らずで頑固だっただけじゃないですか。恥ずかしいな。」
「でも私は合うなって思ったんだよね。きゃぴきゃぴしてる子の方が私苦手だもん。」
「嘘だぁ~私の同期可愛がってたじゃないですかぁ~妬いてたんですからね。」
「知ってる。気付いてた!」
2人でまた大笑い。
唐揚げを一つ自分の皿に取って、サラダのトマトを全部自分の皿に取った。
「行儀悪いな!」
また大笑い。
もういい歳の女が箸が転げても笑えてしまう。
「そんなに食べたいならトマトのスライスしたやつ頼めばよかったじゃん。」
「今食べたくなったんです。」
「おぉ、ツンか。デレをくれよ。」
またゲラゲラと笑う。
いつからだろう。こうやって対等な立場で話ができるようになったのは。
若い時はそれはよく怒られたし、私も私でふくれたまま泣いたこともあった。
だけど最後はやったね、と上手くいってもいかなくても褒めてくれた。
こんな先輩に恵まれたから今の私はいるんだろう。
いい感じに酔っぱらってきて、予定の時間まであと少しとなった。
残ったポテトフライを遥香が仕方なさそうにつまんでいる。
「私もさ、もう40よ。仕事楽しくて、時間なんてあっという間だった。一応ね、私も彼氏いるんだけど結婚とかそういうの時々考えちゃうのよね。」
意外だった。お互い恋愛話は昔、何度か話したことはあったが、こんな風に何か悩んでいるような遥香は初めてだった。
「彼氏さんと結婚・・・したいんですか。」
「・・・わかんないのよね。毎回実家に帰れば結婚まだかの大合唱でさ、そろそろ周りも諦めだした頃にポッと彼氏できちゃって。私も急に意識しちゃって。なんだろう、この気持ち・・・焦りかな。」
「・・・彼氏さんはどう言ってるんですか。」
「何も言わないよ。お互いプレッシャーになるじゃん。もっと素直な部分で付き合っていたいの。」
「なんか・・・素敵ですね。」
人として男性と向き合っている遥香がとても素敵だと思った。
もちろん周りの声も耳に入る訳だし、迷うのは当然なんだろうな。
だからこそこのいじらしい少女のような先輩の恋を応援したいと思った。