別れと出会い・・・(1)
週末の出来事はまるで悪夢のようだった。
まだ美月の胸の奥に黒い影を落として簡単には消えようとしない。
1日に何度も思い返しては溜息をついてしまう。
仕事もなんとなくモチベーションが上がらず、効率も悪い。
一区切りついたところで席を立った。
社員用の休憩ロビーに向かい、自販機でコーヒーを買う。
すぐ近くに喫煙ルームがあり、ふと目をやると先輩の遥香が見えた。
気付いた遥香も喫煙ルームの方から美月に向かって笑顔で手を挙げた。
美月も小さく手を挙げて、近くの椅子に腰を掛けた。
紙コップから暖かい蒸気とコーヒーの香りがのぼる。
一口飲むと、はぁっと吐いた息と一緒に体の力も抜けるようだった。
「お疲れ。」
喫煙ルームから出てきた遥香が、ニコッと美月に微笑みかけ、自販機で缶コーヒーを買った。
遥香はいつもタイトスカートか細めのパンツを履いていてるので、缶コーヒーをしゃがみながら取る後ろ姿はとてもセクシーだ。同じ女性でもつい目で追ってしまう。
「遥香先輩、いつもタイトなボトムスですよね。」
「え?なに?フレアスカートとか履いてみる?」
あははっと明るく笑いながら、美月の隣にストンと座った。
優しい香水の香りと煙草の香りが混ざって美月にふわりと届いた。
香りまで色っぽいと美月はいつも思う。
「どしたの。元気ないね。」
「わかります?」
「まぁね。顔見たら分かるよ。電話で明るい感じで話してるのに、顔見たら死んでるから、見た瞬間笑っちゃったもんね。」
遥香が手元の缶コーヒーをプシュっと音を立てて開けた。
「遥香先輩がプシュってやるとコーヒーじゃなくてビールかなって思っちゃいます。」
「え?なに?やる気?」
2人で笑い合った。
ほんの一瞬だったとしても、一緒に笑ってくれる人がいると本当に救われる。
「実は・・・」
美月は週末の出来事を話した。
出来るだけ主観が入らないように、客観的に。
こうやって人に話すと自分の中でも整理がつくということに美月は気付いている。
一通り話を聞くと遥香はニヤニヤしながら美月を見た。
「いやぁ、きたね。」
「え?なにがですか?」
「美月もそんな年頃になったのね~」
遥香は組んだ脚に肘を立てて頬杖をついた。
ふふふと笑っている横顔と耳に小さく光るパールのピアスが優しく揺れていた。
「女性なら、みんな通る道じゃないかなぁ。特に私たちみたいに仕事が生活の中心の女にとっては必ずといっていいほど通る道よ。」
「そうですかね。」
「そうよ。女はさ、短い期間で人生のステージがガラッといくつも変わるじゃん。結婚、出産、育児。その度に生活水準も変わるし、優先順位も変わるからさ。そりゃ羨ましくもなったりするよ。」
「羨ましいんですかねぇ。独身ですよ。彼氏も無し。バリキャリでもないし。」
「ないものねだりしてるんでしょ。でも別に美月は今の状況に満足してるでしょ?彼氏がいなくても、結婚していなくても。仕事もやれている訳だし。」
「まあ・・・そうですね。全部に意欲がないのかなと思っちゃう。結婚とかに焦りもないし、彼氏がいなくても困らないし、出世したいとかでもないし・・・」
「いいね。ニュートラルで。」
「・・・優しいですね。」
苦笑いして一口コーヒーを飲んだ。
「お友達はさ、美月が羨ましいんだと思うよ。自分がないものを美月がもっているから。だからってそんな言葉や態度はないけどさ。そういう人はさ、環境が変わったときにまた誰かに同じことするんだよね。なんでか分かる?」
「羨ましいからですか?」
「羨ましいってことがまずなぜか分かっていないからよ。幸せの基準が自分じゃなくて、他人と比べた自分だからいつまでたっても満たされないのよ。一時的に満たされる相手を見つけたとしても、そんなの一時的なものだからまた別の環境で別の人と比べるの。馬鹿よね。」
遥香は視線を窓の外に移し、小さく長い息を吐いた。
美月も一緒に窓の外に目をやる。
空には灰色の雲が泳いでいるが、隙間から見える空は青く澄んでいる。