美月・・・(5)
スマホに数枚写真を収め、席に着き、最後のデザートをつつきながら帰り道の算段をしていると
「あのーお疲れ様です。」
声のした方を振り向くと、取引先の立川さんが立っていた。
「え!立川さん!」
「さっき写真撮られてたでしょ?キレイな人がいるなーと思ってよく見たら、もう、びっくりしましたよ〜」
立川さんは私より少し年上で、フットサルが趣味のさわやかイケメンだ。
「いえいえ!なにをおっしゃいますか!とんでもない。立川さんこそ素敵すぎてモデルみたいですよ。」
「いやいや、そんなことない、、いや、やっぱイケてますかね〜」
あはははっと笑い合った。
立川さんは新郎と遠い親戚になるらしい。
雑談しながら、そのまま仕事の話になった。
「この前の資料どうでした?鈴木部長、あの後なにかおっしゃられてました?あっ・・・お祝いの席で仕事の話なんかしてすみません。」
ハッとして申し訳なさそうに、苦笑いをしている。
いつも思っていたが、本当に少年のような人だなと美月は思った。
「いえ!大丈夫ですよ。ええ、とても気に入っておりました。そうでしたね、ご連絡がまだでしたね。このまま立川さんにお願いしようという話になりまして、今、社長の承認待ちです。」
「え!本当ですか!よっしゃぁ、ありがとうございます!」
立川さんは控えめなガッツポーズをして喜んだ。
立川さんはスポーツマンらしく、いつも一生懸命仕事をしてくれるので、社内でも男女問わずとても評判がいい。
「いえ、こちらこそありがとうございました。週明けにその件について連絡できると思いますので、またご連絡致しますね。」
「ありがとうございます!鈴木部長にもよろしくお伝え下さい。」
「はい、伝えます。ではまた近いうちに。」
「はい、では、また。」
立川さんは丁寧なお辞儀をしたあとに、爽やかな笑顔で小さく手を降って、その場を去った。
私も小さく手を振り、お辞儀をして見送った。
テーブルに着席しようと振り返ると、琴子とあつ美は黙り込んで下を向いていた。
劣等感とか敗北感とかそういった雰囲気である。
…忙しいわね。
はぁっとつい大きい溜息が出た。
美月は途端に胸のモヤモヤが馬鹿馬鹿しくなって、残っていたカクテルを一気に飲み干した。
デザートのシャーベットは全て溶けてしまっていた。
無事に披露宴も終わり、お開きとなった。
美月はなんの迷いもなく、引き出物の袋とお気に入りのクラッチバックを持つと、琴子とあつ美に声をかけた。
もうほとんど笑っていなかったと思う。
かけた言葉も「またね」とかそういった類のものではなかった。
「元気でね」とかだった気がする。
笑顔さえ作れない。
気の利いた言葉も出てこない。
大人として、ちょっとくらい、嘘くらい、お世辞くらいつけるはずなのに。
完全に裸の私だった。
小さく胸元で手を振り、お互いにバイバイとだけ小さく言い合った。
会場を出た先に小さいお土産をもった新郎新婦がお見送りで立っていた。
順番が来て、「おめでとう。素敵だった。」と声をかけた。
照れくさそうに「ありがとう」と言って焼き菓子をくれた。
それだけ。
素敵だったのは本心だし、おめでたいなと思った。
だけど私はまた笑顔を作れなかった。
預けていた荷物を受け取り、両手がいっぱいになって、コートを腕に引っ掛けて歩き出した。
着替えることも靴を履き替えることもせず、まっすぐ出口に向かった。
夕刻より賑やかになったダイニングバーの楽しそうなお客をかき分けてお店を出た。
賑やかな笑い声に速足のヒールの音もかき消された。
美月がドアを押して勢いよく外に出た後、静かにドアベルがカランと鳴った。