美月・・・(2)
「久しぶり!」
懐かしい昔の顔を貼り付けて、軽く手を挙げながら話しかけた。
あい美が嫌そうな顔を反対側の琴子に向ける。
沈黙の間を琴子が仕方なさそうに破った。
「…久しぶり。」
「どうやって来たの?さっき着いてたバス?バスで来たの?」
はしゃいでいるのと、落ち着いているのと、中間を選んで話した。
「うん。バス出すって聞いたからね、親族バスで一緒に来たよ。」
「そうなんだ」
ニコッと笑ってみせた。
努めて明るく、昔の、学生時代を、馬鹿さを思い出しながら。
顔に昔の表情を貼り付けている。
そしてあのシーンである。
「てか、お前どうやってきたの。」
…お前…?
…え?
鳩が豆鉄砲を食らった顔とはこういう顔だろうか。
全身が固まって、声も出なかった。
とにかく素直に驚いていた。
こちらに向けられた顔を、目を、見ているはずなのに視線が合わず、ただ貼り付けたようにべったりと描かれた眉に視線を持っていかれた。
こんなことあるんだ。
むかつくとか傷つくとかそういうの全てすっ飛ばしていた。
いや、私のことをよく思っていないことは分かっていたけれど。
歳を重ねて
それだけ社会経験もしたけど
嫌いだと思っていたとしても、自分より下だと思っていたとしても
こんな風に態度に、言葉に出せるのか。
なんの後ろめたさもないただ彼女の「嫌い」というその意思と態度に本当に驚いた。
貼り付けていた顔もあっというまに剥がれて、賑やかな声のする方に飛んで行ってしまった。
ぽかんとした顔のまま、固まっていた。
見かねた琴子がまた仕方なさそうに
「…隣、座る?」
ハッとして「ありがとう。」と言って座った。
これではいけない、と思い直し、昔のように喋りだす。
「私ね、久々にこの辺り来るから、早めの電車に乗って来たんだ。途中で寄りたいお店があって!水曜日ってお店。知ってる?可愛いよね!」
水曜日というのは二年ほど前にできたお店で、海外の雑貨やお菓子を取り扱っている。
特に北欧デザインの雑貨が可愛らしく話題になり、今は季節が変わる度に新商品がテレビで紹介されているほどの人気店だ。
当然チェックしているだろうと思った。
この辺りは学生の頃、みんなで買い物にやってきた通りなのだし。
ニコニコとしながら早口でしゃべりきった。
「…いや、知らない。」
琴子がしばらく目線を上げて、考えながら答えた。
あい美は頬杖をついたまま、ギロリとこちらを見ている。
ハッとした。
しまった。
本当に知らないんだ。
今度こそ大変な間違いを犯したことに気付いた。
それからはおろおろと言い訳をして、うん、とか、さぁ、とか会話にもならない会話だけを交わしてそれ以上は諦めた。
それからあい美がいきいきと自分の子供の話を始める。
保育園で呼ばれている子供のニックネームの話やママ友の話。
いきいきと話している彼女は楽しそうで、そして少し得意げだ。
私を視界を入れないようにして、琴子に向かってだけ話している。
そして同じく子を持つ母である琴子もきゃあきゃあと楽しそうに話している。
特にそれを見てもどうも思わない。
羨ましいとか寂しいだとか。
素直に独身の美月には世界が違うんだなとだけ思っていた。
ただ普通に聞いているだけで面白いし、まぁいいかと思って、氷で薄くなったオレンジジュースをストローで飲み干した。
すると、チラリとあい美がこちらを見てから、琴子に向かって話だした。
「実はね、今の仕事?パートなんだけど、所長がね、あい美さん仕事できるし、社員にどうっていうの。」
「へぇそうなんだ。よかったね!子供いて正社員でってなると難しくなるし。」
「でも子供がね~、忙しくなったらその分余裕無くなるし~・・・」
困った顔をしているけれど、口元が笑っているあい美を見てすぐにピンときた。
「おめでとう」と言いかかった言葉は飲み込んだ。
何を言ったとしても、きっと良い方へは受け取られない。