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カラフル  作者: 尾乃美帆
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美月・・・(1)

年々、笑顔が下手になっていく―――。


美月は膝下の優しく揺れるワンピースの裾を感じながら、コートを腕に引っ掛けたまま賑わうダイニングバーを出た。

刺さるように冷たい風が熱のこもった身体をあっという間に冷ました。

器用にバックを持ち替えながら、すれ違う人とぶつからないようにコートを羽織る。

軽くて暖かい特別なコートはふわりと揺れながら、私の肩を包む。


もう3月だというのに、冬物のコートが大活躍で、春物のコートはまだクローゼットで眠っている。

そういえば週明けに雪が降ると天気予報で言っていたっけ。

時々強く吹く風に頬を撫でられながら美月は大きく溜息をついた。


―――私、笑顔が下手すぎる。


歳を重ねれば重ねるほど、笑顔は上手くなると思っていた。

仕事でも私生活でも、それなりに経験値は増えたはずなのに。

仕事でも愛想笑いは上手くなったし、社交辞令も上手く返せるようになった。


だけど、自分に戻った瞬間に全てが私の影に隠れてしまう。

友人と交わせばいい一言すら出てこないのだ。


虚しいのだろうか、寂しいのだろうか、それすら分からない。

ただ感じるのは、失望に近いなにか、だ。


それが私に対してなのか、それとも今日久々に再会した友人たちに、なのか。

まったく見当もつかない。




「てか、お前どうやって来たの。」


久々にあった友人の、貼り付けたような眉を見ながら、掛けられた言葉にすっかり固まってしまった。




今日は高校時代の友人の結婚式に片道1時間かけてかけつけた。

お互い、環境が変わって、なかなか会う機会もなく、価値観すら変わってしまっていたのは承知していたのだけれど、冠婚葬祭くらいは、と招待状の返信ハガキには迷わず出席にマルをつけて投函した。


他の友人たちには出欠は尋ねず、まぁ現地で会えばそれなりに話すだろうくらいの気持ちだった。



乗り換えが一度だけだったので、電車の暖房で頭がぼうっとしている。

目的の駅で、吐き出されるようにたくさんの人に混ざって列車から降りた。

地下からの階段を一段上がる度に、冷たい風がどんどん広がっていて、その度にコートに首をすくめた。

最寄りの駅から会場まで散歩をしながら歩いていった。

4月の新生活に向けて淡いピンクの桜を施したポップのショーウインドウをいくつも見て、春はすぐそこなのだと頭だけで理解する。

早めの電車に乗って、気になったお店を覗いてみようと思っていたが、思いの外、外が冷え込んでいたことと荷物を入れたカバンが重たく諦めて会場に向かうことにした。


到着した会場は1階がこ洒落たダイニングバーで、2階に挙式用のチャペル、3階に披露宴会場となっていた。

1階は二次会でも使えるようになっているのだろうが、今日は二次会会場にこちらは使用しないようで、一般のお客で賑わっていた。

披露宴会場の更衣室を借りて、黒いワンピースに着替えた。

シンプルな黒いワンピースを美月はとても気に入っている。質のいい生地で作られたワンピースは体のラインを美しく見せてくれて、余計な情報は一切漏らさない。

32歳になって、今までと少し違ってきた体のラインを見て見ぬフリをしてきた美月にとって、なによりも心強い一張羅であった。

履いてきたパンプスから、ここぞのピンヒールに履き替えて鏡の前に立つと、1分前と比べ物にならないほど背筋がしゃんとする。

そして美月の肌に載った黒はとても美月を輝かせた。肌との相性が抜群に良いのだ。

着ている本人が袖を通す度に、鏡に映った自分にハッとするのだから、周りの人間は余計に、だ。



“黒は女を美しく見せるんだから”


このワンピースに出会ったときに真っ先に頭に浮かんだセリフ。

子供の頃、大好きだったアニメ映画。

地味な黒のワンピースを渋る主人公の少女に、居候先の女主人がかけた言葉だ。


この歳になって、そのセリフの深さを知る。



軽く化粧を直し、更衣室を出る。

荷物を預けると、1階のバーで待つように案内された。

エレベーターを降り、カウンターでウェルカムドリンクを頂く。

カクテルもあったが、まだ早いかと思い、オレンジジュースを手に取った。


バーテンダーに軽く会釈して、振り返ると視線がぶつかった。

懐かしい顔が見えた。

視線が合ったはずなのに、視線をすっと反対側へ移した。



…そうか。



胸の中で静かに呟いた。

それでも近付いた。

挨拶しないと。


少し早歩きのヒールがコツコツと鳴る。

遠慮しているが、いい女の条件がチラついているような気がして、ヒールが鳴らないようにつま先にぐっと力を入れた。


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