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AC  作者: M.K
AC1
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AC1.2

 私は後ろで静かに扉を閉め、改めて現れた光景に目をやった。


 扉の先は通路になっていた。しかし通路といっても数メートル程度しかなく、その終わりには今あけたのと同じ――そちらには表札はついていないが――扉があるだけだった。この光景に寒冷地で見かける二重玄関を思い出した。ただあちらの目的はハッキリとしているもののこちらの目的はサッパリだ。強いていうなら防音のためというのがありそうなものだけど、それでもおかしいことに変わりはなく、不思議に思いながら短い廊下を次の扉へと歩き、おなじように叩いた。


 ここでも返事はなかった。どうなっているんだと心の中で愚痴をこぼし、ため息をついて、もういちど挨拶をしながら扉を開けると今度はちゃんと部屋につながっていた。しかし、そこもまた不思議な場所だった。


 まず目にはいるのがいましがた見たのと同じような反対側にある扉で、私のいる扉と結び合わせるとちょうど部屋を二分している。


 その左の部分には壁沿いに本棚がならんでいて、そのうちの左壁にある本棚のあいだには一枚の西洋絵画が飾ってあり、それには青、黄、緑の衣装を身にまとった女性と二人の赤ん坊が描かれていた。右の部分には中央にコーヒーテーブルがあり、その向こうに革のソファーが一つ、そしてソファーの背後に三つの本棚が並んでいる。コーヒーテーブルにはいくつかの本が積まれている。


 最後に頭上には裸電球が左、中央、右と等間隔で垂れさがり、こときれるすんぜんのたよりない光を注いでいた。暗色を基調とした部屋全体に電球のふがいなさががあいまって、薄暗さがより陰鬱でどこか別世界に迷い込んだような不気味な印象をかもしだしている。


 肝心の住人は、あえて言及しなかったが、私に気づいているんだか気づいていないんだかソファーでひとり本に没頭していた。自分で日時を指定しておいてのんきに本を読んでいる姿に、私は若干のいらだちを覚えつつ、本の虫と化している住人に声をかけた。


「あの……」


 するとその人は本から私へと視線を移し、数秒見つめ合ったあと、ハッとした。そして本を閉じ立ち上がって言った。


「いや、すまない。夢中になってしまって気づかなかったよ。もしかしてだいぶ待たせてしまったかい?」

「いえ、今きたばかりですので」

「そう、それならいいんだけど……」そういいながら身だしなみを確認して「では自己紹介をさせてもらうよ。私は佐藤総一。一応ここの責任者をやらせてもらっている。よろしく」と言って手を差し伸べた。


 私もそれにならって自己紹介を始めようとしたところで「いや、大丈夫。君のことは知っているから」と止められてしまった。そのため挨拶は握手だけで終わった。


「時間前だけど……他にやることもないから説明を始めてもいいかな?」と総一はわざわざ腕時計で時間を確かめてから言った。

「はい……大丈夫です」私はドキッとしたが、そう答えた。

「それじゃ、ついてきて」


 そう言って歩きだした総一のあとにつづいてもうひとつのほうの扉へ向かった。そして扉を開けるまでのそのちょっとの間、気になったので近くにある本棚を眺めた。そこにはイタリア語、フランス語、ギリシャ語、ロシア語、ドイツ語、英語、日本語、中国語など様々な言語の色々な時代の本が隙間なく並べられていた。順番はバラバラだった。


「珍しいかい?」


 私の視線の先に気づいた総一が得意げな顔をして聞いてきた。


「はい。私も読書は好きですが、本はほとんど持っていないので」

「まあ、今は本を持つ時代じゃないからね。とは言えだからこそ、持ちたがる人もいるわけだけど。どちらにしろ君も読書好きなのはいいことだ。このあと話せる時間があればいいんだけど……」


 扉の先はまたすこし先に扉があるだけの通路だった。意図の読めない構造にますます謎が深まり、鳴りをひそめていた不安がふたたび声を上げ始めた。私は気を紛らわせるために背中しか見えないが総一の観察をはじめた。


 身長は百七十センチで年齢はおそらく五、六十ぐらい。白髪の混じりぐあいや握手の時に見た顔の老けぐあいからもそのくらいだと思われる。身なりの方は私にあんな条件を出せるところの責任者らしく、スーツから腕時計、靴まで私ではとうてい手の出しようがないところのもので、その一つ一つがいま買ってきたばかりのように綺麗で、それにこうして後ろを歩いているとほのかにただよってくる香水のおちついた香りがあわさり、なんだかただ歩いているだけの後ろ姿さえ立派に見えてきてしまう。かりに身なりがみすぼらしくても背筋がのび一歩一歩地面を踏みしめているようなしっかりとした足取りは、自分の向かうべき場所をしかと見定めているようで、私よりはずっと立派であるように思える。


 花も額縁もなにもない一本道はすぐに終わり、次の扉をあけ中に入った。

 そこは会議室らしく、さきほどよりはすこし広めの部屋の中央にドーナツ型の円卓が置かれ、その周りを十個の椅子が囲っていた。ここも前の部屋と同じように照明に乏しく薄暗かった。ただ反対側に扉はなかった。他に特筆すべきところはなく、私と総一は入口から一番近い場所に椅子をひとつあけて座った。


「説明のまえに見てもらいたいものがあるんだけど、そこそこ長いから御手洗とかは……」椅子に座ってすぐ総一が尋ねてきた。

「それは大丈夫です……それよりも失礼かもしれませんが、ひとつだけいいですか?」事前に行っておいたしその気配もないので断り、そのかわり気になることがあったので尋ねてみることにした。

「いいよ。気になったことはなんでも聞いて」

「では……ここも先ほどの部屋もだいぶ静かですが、ほかに誰かいないんですか?」


 この会議室にはいくつか椅子があるものの前の部屋は仕事部屋というよりも私室といった感じで、通路も大人がふつうに歩いていたら肩と肩がぶつかるぐらい狭く、どうにも複数人での利用を想定しているようには思えない。どんな意味があってこんな構造にしているのか謎だが、応接室みたいなところなのかと考えていると


「ああ、それなら私ひとりだけだよ」と総一は答えた。

「それはここにいるのがということですか? それとも今日はということですか?」

「いや、ここで働いている人はという意味でだよ。つまり君が待ちに待った二人目なんだ」


 私の疑問ににこやかに総一は答えた。が、私はますます笑えなくなった。彼女がいるとはいえこんなところで二人きりというのは……。私は警戒心をいっそう高めた。


「わかりました……ありがとうございます」

「いえいえ、じゃあさっそく見てもらおうか。準備はいい?」


 私はわずかに間をおいて


「はい、大丈夫です」と答えた。


 するとすぐ目の前に映像が流れはじめた。そこに映っていたのは懐かしい学生服に身を包みベッドで眠っている私だった。

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