8・風呂はあるにはあったんだが
バリスタ製造の話をサーモンと行い、実際に試作品をひとつ製作した。
サーモン自身がそれなりに魔力が高いそうなので試射してもらったが、かなりの威力だった。
「これほどの威力ならば大魚を仕留める事も出来るだろう」
サーモンのそんな満足そうな感想を聞いて、漁師たちの帰りを待つことにした。
しばらくして帰って来た漁師たちが手にしているのは、オットセイかトドか、そんな生き物であった感じを残す肉や皮だった。
早速彼らにバリスタを見せてみるが、感想はイマイチだった。
もちろん、ナーヤマ同様に相応の魔力持ちは存在したので射手が居ない訳ではない。
「ちょっと大きすぎるね。大魚を獲るのもあの船なんだ、こんなデカいのを付けると邪魔にしかならないよ。漕ぎ手を減らしたら、それはそれで大魚を追えなくなるんだ」
そう言って指さすのは、ここに来た当初、乗り移ったあの船だった。
帆船を使えばと言ってみたが、大魚の動きに合わせて船を動かす事を考えると、風向き次第で取り逃がしかねない帆船よりも手漕ぎの方が自由度が高いらしい。
それに、チラッと見たことあるヨット競技を思い出してみれば、帆の操作で船上は手一杯でバリスタを載せるスペース自体が無いかもしれない。
捕鯨そのもので言えばキャッチャーボートを作ろうと言ってるわけだから、小回りの利かない大型船はお呼びじゃないので、船を大型化する選択肢はない。
そもそも、大型化したら漕ぎ手が多く必要になり、速度が落ちる。或いは、帆を大きくするので操作人数が増える。
結局、大型化してもバリスタが積めるわけではないし、メリットも無い。解決策は出ることなく漁師たちは仕事があるのでそのまま解散となり、俺たちも久しぶりに自宅へと帰ることになった。
「クリーンで清潔になるのは良いけど、やっぱりお風呂入りたいなぁ」
楓がそうぼやいているが、風呂なぁ~
温泉でもあるならともかく、風呂なんて水と燃料の準備が大変な事になる。楓なら問題ないと言えばないのかもしれないが、我が家に風呂を設置するスペースなどありはしない。
「そうは言っても、家に風呂を作るスペースは無いんだがな」
そう言うと、楓がじっと俺を見ていた。
「家に作る気だった?普通は銭湯作るとか考えるでしょ」
いや、そんな考えには至らんだろと俺は思ったが、楓は違うらしい。
「鉄とか魔銅って云うのがあるんだから、ボイラーみたいなの作れるじゃん。燃料も石炭あるから出来るでしょ?」
まあ、出来んことは無いだろうな。水の確保さえできればの話だが。
物は調達可能なのでサーモンに聞いてみることにして屋敷へと向かった。
「風呂?それなら小川沿いに並んでいるから使えばよい」
と不思議そうに言ってくる。風呂なんかあったか?確かに川沿いにいくつか小屋があるのは見た覚えがあるが、風呂ってあんなじゃないだろうと首を貸してていると、楓が何かに気づいたらしい。
「あれは焼き石を入れるタイプの風呂ですか?」
何だよそれ、料理でそんなのがあった気がするが、風呂でもやるとこあるのかそれ。
「そうだ。周りに生えている草は薬草もあるから積んで使うと良い」
ほう、薬草風呂か。
「私が入りたいのはその風呂ではなく、何といえば良いのか?・・・・・・そう、湯殿」
ゆどのって何?
「ああ、そっちの事か。もしや、2人はミソギが必要な宗教であったのか?ならば家の隣に作って良いが」
ミソギ?サーモンと楓の話が全く良く分からん。
「そうですか、わかりました」
楓はそう言って帰る事にしたらしい。
「なあ、楓、小屋に風呂があるんじゃないのか?」
そう聞くと「コイツ何言ってんの?」という顔を向けてくる。さっぱり意味が分からん。
「マジでわかんないの?」
「わからん」
そう言うと、あからさまにため息をついて説明してくれた。
どうやらこの辺りでは風呂に入る習慣はないらしく、サウナが風呂の代わりなんだという。
「?、それなら銭湯作ればみんな喜ぶんじゃないか?」
そう聞いてみたが、そう言う事ではないらしい。
サウナに入って水風呂、まあ、小屋の前が川だから、川で水を汲んでかぶったり、水たまりに使ったり。そんな感じで体を冷ます事はあるにしても、きっとお湯につかる習慣はないだろうという。
「へ~、変わってんな」
そう感心していたが、どうもそうではないらしい。
「北欧では一般的な事だし、日本でも湯船につかるのは江戸時代に入ってから一般化したことだって言われてるよ。それまでは窯や洞窟を熱したり、釜の湯気を充満させた部屋を使った蒸し風呂、要するにサウナだね。そっちが主流だったみたい。サロモンさんは私達がお湯で体を清めて祈りをささげる宗教の信者って思ったみたいだから、家の脇に風呂を作れば良いって話になった」
少し嫌そうにそう言ってくる。
「なら、風呂を作るか。五右衛門風呂は側面が熱いし敷物が必要だから、鉄砲風呂にしよう」
そう言うと、更に嫌そうな顔をする。
「それ、2人で入ろうとか言う気?」
などと当然のことを聞いて来た。
「何か問題でも?」
「大ありだ!」
なぜかわからんが拒否された。だって、もう夫婦じゃん。そう思ったが、楓の中ではそうでもないらしい。