夏子 誠の独り言
異世界のワールシュタットこと、サバツキエの戦いは連合軍の勝利に終わった。
ケンタウロスの戦い方はまさに騎兵のソレで、モンゴル軍を彷彿とさせるように思えた。
そんな軍勢へと突撃する騎士団を見て、周囲から包囲しようとする一団を見た時に、それがまさにワールシュタットの戦いに思えた僕は、「ワールシュタットだ!」と叫び、迂回するケンタウロスの一団を指さした。
すぐに動こうとした勇者と戦士。
しかし、彼らの攻撃距離を考えると間に合わない。回避されてしまうか作戦変更されるのが目に見えていた。
それを見ていた弓使いが即座に遠射を行い、迂回部隊を足止めし、そこへと勇者や戦士が突入して蹂躙していった。
それもこれも、あの二人のおかげと言って良いだろう。
勇者召喚された僕たちは、あの神殿で如月さんと離れ離れにされてしまった。
人当たりの良い如月さんが村人だと言われ、僕らグループとは別に召喚されたらしい男性の元へと連れていかれる。
理不尽だと思ったが、彼女と男性が親しく会話をしている姿は、大学で見る彼女とはまるで違って、家族と話してるような、僕らに見せるのとは違う顔に思えた。
彼女を残して別の場所へ案内された僕らは、勇者の訓練だと言って運動部顔負けのトレーニングや魔法を使うための座学を行った。
勇者は魔法と言うより科学的なモノをイメージして魔法を放とうとしていた様だし、戦士は明らかにゲームの魔法をやろうとしていた。
僕は座学で教わった事と科学的な事を融合して魔法のイメージを作ってみると、見事に成功した。
威力もあって、どうやらこの世界の魔法よりも飛距離もあるらしい。
聖女の魔法もそうだが、この世界のそれとは比較にならないモノだと神殿の人たちに驚かれ、講義をしていたはずの神官や騎士達が僕や聖女に教えを乞うようになったので戸惑ってしまった。
そんな僕や聖女とは対照的に、勇者と戦士は騎士達とあまり変わらない力しか発揮できていない。
ただ、僕や聖女が特別と言う訳ではない。
弓使いも神殿の弓兵以上の威力を出せるほどになっている。
勇者や戦士も騎士から武器が合っていないという指摘を受けていた。
そんな中、まずは戦場を見るという事になり、前線の砦へと向かった。
戦場はとても凄惨で、聖女1人が動いてもどうにもならない状態だった。
衛生観念が無く、怪我に塗る薬すらない。そんな世界で負傷者の治療がマトモに行えるはずもなく、当然の様に前線に放置され、死んでいく姿をただ見つめる事しか出来なかった。
砦での防衛戦であり、まだこちら側に有利な状況とあって補給や連絡も問題なかった。
聖女と僕は目の前の現実に打ちひしがれてしばらく動けなかったが、とにかく負傷者を助けようと指揮官に掛け合って出来る限りの負傷者後送を依頼した。
それでも巧く事は運ばなかったが、不衛生な環境の改善と最低限の食事の確保で生きながらえる兵士を増やす事には成功したと思う。
そんな活動をしている中で、勇者や戦士は戦いに魅入られているようだし、弓使いも何か僕たちとは違う考えを持っているらしかった。
そんな時、兵士から肉を貰った。どうやらオークの肉だという。
砦内の食事は勇者一行や指揮官クラスは兵士たちとは質も量も違った。
何不自由ない食事をしていたのだが、兵士たちはそうでは無く、倒したオークの肉を剥ぎ、持ち帰って食事の足しにしていた。
ケンタウロスは硬くて嚙み切れないらしいが、オークは部位を選べば非常に美味しいという兵士からその肉を受け取って食べてみた。
僅かな塩と香辛料らしきものをふって焼いただけのソレは、豪華な料理や日本の肉料理よりもおいしいと感じた。
豚ほど脂っぽくは無く、適度に脂がのったその肉は本当に美味しかった。
ケンタウロスがオークを飼うのも分かると思う。
しかし、その飼い方が非常に問題だが。
とにかく人間や魔物が住む草原や森を襲い、そこにある穀物や木の実を奪い取るんだからトンデモナイ。
ケンタウロスは自ら農耕をすることは無く、周囲を襲って食料や飼料を得ているらしい。
オークは雑食だから人や魔物でも食べることがあるらしいが、基本は草食なので、よほどでない限り動物は食べないらしい。
ただ、食料にはしないだけで、攻撃として食い散らかすのは普通だと聞いて、食べて良いのかどうか悩ましくは思ったが、おいしいのだから仕方がない。
人間に噛みつく前に狩ってしまえば問題ないと思う事にした。
そんな生活が続いたある日、神殿へと呼び戻され、北方の港町へ行けという。
そうして赴いたのは如月さんとあの男性が生活する近代化が始まった港町だった。
わずか半年で二人を中心に成し遂げたというそれに驚いた。
本当にこの世界に必要だったのは僕ら勇者ではなく、如月さんや男性だったのではないかと。
僕自身はこれといってここで必要とする武器がある訳ではなかったが、ダマスカス鋼やステンレスのようなモノまであることに驚かされ、缶詰の存在には言葉も出なかった。
特にこれがという要求が僕にはなく、勇者、戦士、弓使いが武器を事細かに注文している姿に、オリハルコンに魔砂をコーティングした杖という冗談のような注文を行っただけだった。
男性も笑って請け負ってくれたそれだが、結果は驚愕するモノだった。
ドワーフ達も驚くことに、魔法の威力を飛躍的に高めていた。
ただし、その杖で威力が高まるのは召喚者だけという事らしく、現地の人たちは持て余すシロモノであるらしかった。
このクッサラベで得た武器を持って向かったのがサバツキエの戦場だった。砦の攻防には間に合わなかったといった方が良いのかもしれない。
そこで勝利した僕たちだったが、勇者と戦士を中心に、一部の騎士までもが逃げ出すケンタウロスたちを追いかけて行ってしまう。
追いかける事10日。ピシゴー王国を越えトゥラーン王国の峠まで来てしまった。
峠でケンタウロスたちを見失った勇者はそこで1日休んで、更に南下すると言い出した。
そこから南下すればトゥラーン王国のトカイという街へ出るという騎士の説明に何か感じたらしい。
結果から言って、ただ戦禍の跡を見るだけになったが、そこから西進していると戦場に出くわした。
目の前に居るのはケンタウロスたち、橋を奪って西岸へと侵攻している様だ。
西岸にはトゥラーン王国軍の旗が見えると騎士が教えてくれた。
勇者はサバツキエの戦いで指揮官討伐を弓使いに持っていかれたのが不満だったらしく、騎士にピシゴーとトゥラーンの関係性を尋ね、連合国の一つと聞くと一気にケンタウロスたちの背後を衝いた。
それを追いかける様に僕らも戦いに加わり、西岸へと渡り切ったケンタウロス軍へ東岸から攻撃を加えた。
特に橋を渡った北方にはケンタウロスたちが固まっているので僕や弓使いの格好の的だった。
勇者や戦士は橋に屯するケンタウロスたちをなぎ倒すとそのまま南方に居るケンタウロスたちを蹂躙して回った。
あり得ない方角からの急襲に完全な挟撃となったパニックが加わり、ケンタウロスたちの士気は崩壊し、南部では無理やりトゥラーン軍に突撃して退路を確保して逃げだす勢力まで現れたほどだ。
十分にケンタウロスを蹂躙した勇者は北方の集団へと襲い掛かり、完全に一方的展開で辺り構わず斬撃でケンタウロスを倒してまわった。
その頃には僕らや騎士達も橋を渡ってオーク群をすり潰すトゥラーン軍と合流。
南部から逃げ出した一団を追いかけた戦士やトゥラーン軍が新たなケンタウロスの一団と会敵して新たな戦いが起るという展開に、北方の一団は勇者と一部の神殿騎士に任せて僕らはトゥラーン軍と共に新たなケンタウロスたちの迎撃へと向かった。
しかし、すでにもう一隊が敗色濃厚と見たケンタウロスたちは牽制の攻撃だけ行って撤退していく。
その後、最初に交戦したケンタウロスの指揮官らしき個体を討ち取った勇者は血まみれの姿でケンタウロスを引っ張り、トゥラーンの本陣までやって来ていた。
勇者はトゥラーン王から娘を妃として与えるとの申し出をあっさり断ってしまう。
後で聞いたら貧乏くじは嫌だと言っていた。
容姿や性格の問題ではなく、自身が居合をやっていたことで流派内の力関係などと言う物に嫌気がさしていたそうだ。
わざわざ異世界に来てまで、そんないざこざに巻き込まれたくないという。
そんな勇者がケンタウロスの再来襲を警戒すべきと演説をぶったから僕たちはピシゴーとトゥラーン国境に近いス二ナノ砦を拠点にしている。
演説するならもっと気の利いた事を言って欲しかったが、なってしまった事は仕方がない。