柞田 公枝の戦闘報告 3
私は勇者が熱く語っていた同時弾着射撃をケンタウロス集団に対して行いました。
少し横道に逸れますが、世間ではコンパウンドボウについて誤解があるようです。
コンパウンドボウは滑車の原理やてこの原理を利用しているので、引き始めは重く、引き絞ると軽くなります。
この事を誤解して、一般的な弓より弱いと思われている様です。
全くそんな事はありません。
滑車によって、あるいはてこによって軽くなったからと言って、弓本来の力が弱まった訳ではありません。
引く力が弱くなるのは、てこの支点が移動し、滑車の作用で力を軽減できているからです。
当然、滑車や軸にかかっている力が弱まった訳ではないのです。
ここを誤解してはいけません。
一般的な弓であれば、引けば引くほど力が必要です。弓をしならせるのですから。
コンパウンドボウは滑車によってしならせているので、弓自体にかかる力はリカーブでもコンパウンドでも変わりません。
そして、滑車の力はここからさらに通常の弓とは違う作用をします。
弓は手を離せば元の位置へと戻ろうとします。
戻るにしたがって力を失いますが、滑車の場合、伸びきるまでしっかり矢に力を伝え続けるので、同じ重さの弓であっても、より速く矢を飛び出させます。
この効率の差から、狙いの正確さを持ち、それでいて矢を速く飛ばすため、実際の命中も良くなるという結果に繋がります。
矢を速く飛ばす方が当然ながら風の影響受けませんからね。
そして、速いという事は威力も大きくなることになります。
閑話休題
立て続けに3本の矢を角度と速度を変えて放ち、ケンタウロスの進路で同時に爆発するようにします。
あまり高すぎては空気を振るわせる事しか出来ないのが物質破壊魔法です。
かといって、地面や相手に刺さってしまえば、刺さった僅かな周囲を鋭く抉るだけになります。
適度に地面に近く、それでいて刺さらない位置で起爆させると地表面が広範囲に飛散して石を銃弾の様に周囲に飛ばします。
これによって致命傷を負わせる事が出来ずとも、多くのケンタウロスを足止め出来ます。オークであれば倒せますけどね。
目測通り、ケンタウロスの進路直前、側面で同時に三か所で爆発が起き、ケンタウロスはたまらず足を止めます。
走り出していた勇者と戦士がそこへ斬り込み、未だ状況を把握できていないうちに斬撃で刈り取っていきます。
私もさらに援軍が来ないように牽制します。
そうしている間に窮地を脱した騎士団が体勢を建て直し、私と賢者も前に出ます。
オーク群に取り付かれた騎士団はオークに掛かりっきり、勇者と戦士がケンタウロスの一団をかく乱するも、その一団しか相手に出来ていません。
賢者が先ほどと別のケンタウロスの一団が時間差で迂回してきている所へ範囲攻撃を仕掛けて足止めします。
状況を理解した国王が歩兵を指揮して騎士団と合流、オーク群を潰していきます。
私は歩兵の動きに対応して動き出した重装備のケンタウロスへと矢を射かけていきます。
ひと際煌びやかな鎧の個体を相手の弓の射程外から狙撃して回りました。
勇者と戦士、そして賢者が迂回部隊に手一杯の現状をみて、ケンタウロス本隊が突撃を開始し、しばらくすると騎士団を射程に収めたケンタウロス側の弓隊がオークもろとも串刺しにしていきました。
そこへと突入するケンタウロス本隊のひときわ煌びやかな個体が居ました。
距離はまだ300m近くありました。
射抜くには遠く、しかし、物質破壊を使うには味方が近すぎる距離です。
まず、そこより前方に居るケンタウロスを射抜いて行きます。
連合軍側の弓隊も射かけてはいますが、射程が違うので劣勢です。
まだ、コンパウンドボウの配備は間に合っていません。
もしかすると砦などの防御専用で、野戦で敵に渡ることを恐れて配備していないのかもしれませんが。
前線を有利にするために強そうなケンタウロスを優先で射抜きますが、あまりに数が多いので焼け石に水でしかありません。
一度、陽動を兼ねてケンタウロスたちの後方にエアバースト攻撃を仕掛けましたが、後方の数騎を倒せただけで動揺が広がる気配もありません。
先ほどから指揮官らしき煌びやかなケンタウロスは前に出て来ません。
私が射抜く距離から安全圏を見出したようです。
決して安全圏ではないそこへ、意を決して狙撃する事に決めました。
通常の威力で打ち込んでも届かない距離。
しかし、物質破壊では味方にも被害が及びかねない距離。
もし、一度失敗すれば通じないであろう高貫通力で数騎を貫いたうえで指揮官を射抜く、そんな非常識な狙撃に挑戦するしか、今はないと考えました。
そして、慎重に狙います。
もちろん、自身が狙われたと気が付いたケンタウロスは予想通りに味方を盾にします。
最大限に高貫通力を持たせ、最大の身体強化で引き絞ります。
まるで試合の時のように集中して矢を放ちました。
後から考えれば戦場でするには危険すぎる行為でしたが、自ら指揮官の盾となる3騎を貫いた矢が指揮官に刺さりました。
しかし、3騎も射抜いた後の矢では威力は大幅に減衰し、何とか鎧を貫通し、ダメージを与えたといったところでしょうか。
当然の様に指揮官は後退します。
後方で指揮に徹しようと、私の射程外へと逃れる指揮官。
後退しながら矢を抜いたようですが、しばらくしてよろめいて倒れました。
「敵指揮官は重傷だぞ!」
それを見ていた賢者は魔法に声を乗せて叫びます。
味方には鼓舞を、敵には動揺を。その様に作用する魔法に乗せて。
その動揺の隙に鼓舞された騎士団と混成軍はオーク群を叩き潰し、私や賢者の範囲攻撃の障壁を取り除きます。
私は物質破壊を込め、よろよろと起き上がった指揮官を狙撃しました。
矢はまっすぐ指揮官へと向かい、動揺から指揮官の護衛がおろそかになったケンタロスの隙間を縫うように指揮官に命中し、馬の胴体部を吹き飛ばしました。
ケンタウロスに命中して破壊した結果、石に比べて威力の低い肉片をまき散らすだけだったので周りの被害は少なかったようですが、人型の銅だけを残して馬半身が消し飛んだ指揮官を見たケンタウロスたちは狂ったように逃げ出していきました。
あまりの速さに追う事は出来ませんでしたが、何とか私たちは勝利をもぎ取りました。
パワードスーツが無いなと「中二病患者の中年は躊躇しない」を書きながら、弓を切り捨てる事にしたので、弓の話をこちらで追加。
何やってんだろうね