43・目的地はまさにリゾートだった
「島影が見えたぞ!」
見張り番であった俺が前方に見える山並みを見てそう下へと叫ぶとなぜか笑いが起きた。
「おいおい、ゲチョは島じゃねぇぞ。あそこからどう周っても戻って来れねぇくらい陸が続いてるんだ」
交易船の船員だった男がそう言う。
なるほど、ゲチョがあるのは大陸か。
「そうか、あそこは大陸か」
そう言って周囲を見てみるが、ゲチョがあるのは半島なのだろう、ずっと長く山並みが続いているのが見えた。
しばらく進むと山だけでなく、その麓まで見えてくる。
船はそこを目指している様で、なるほど、そこはクサラベみたいに半島が両方に伸びた湾になっているらしい。
湾自体はクサラベほどではないが、徐々に見えてくるそこはクサラベのような田舎とは比べ物にならない街並みが見えている。
「スゲェな。あのでっかいのは城か」
下に向かってそう尋ねると
「そうだ、ゲチョの砦だろうな。デカいだろ」
そんな自慢気な答えが返って来た。
なるほど、ご当地を自慢したくなるのは俺にも分かるが、これは確かに自慢したくなるよな。
周りの崖も白い所が多く、白亜の壁と言ってよさそうな場所すらある。
そんな場所の先に見える城や街並みまでほとんどが白い。
そうなると、この辺りは石灰岩で出来ているんだろうと予想できる。
だから、その石灰岩で作った建物や壁がすべて白亜の城、白亜の街というこの景色を作り出している訳だ。
こんなきれいな街、そうそうお目には掛かれんな。
「見とれてるようだな。それがゲチョだ。船乗り以外だと相当な金を積まなきゃ見ることが叶わねぇ景色だぞ」
船員がそう自慢する。
港町として栄えているうえに、観光地でもあるという事か。
そうすると、観光遊覧船はかなりの高額で運航されてるんだろうな。
もちろん、貴族がウンヌンいう時代に庶民が簡単に旅行できるとも思えんし、旅行してるのは貴族。
そりゃあ、遊覧船の料金もとんでもない事になるだろうさ。
周りに帆船が多く居る、そして櫂走船の姿もある。
そんな中を煙を吹きだす船が入って来ているというのに、みんな平静だ。
「案外、注目されないもんだな」
下にそう聞いてみると
「そりゃあそうだろう。アイツらの船が何度か出入りしてる。しかも、今じゃ用心棒までやってんだ。煙を吐く船を知らない奴は、ゲチョじゃモグリだぜ」
船員たちはそう言って笑い出す。
そういえばそうか、予定より早くアイツらが返ってきたくらいにしか思わないか。
などと思って見張り台から景色を眺めていたが、どうやら交替らしい。
「さすがにここからはちゃんとした案内が必要だ。交替してくれ」
そう言って船員が上がって来たので、俺はそこを降りて甲板から景色を眺める事にする。
甲板でもすでに船員が慌ただしく動いているので、安住の地は砲座くらいのものだ。
砲座だけは入港作業に関係ないので、船員がやってくることもない。
そんな、船員は来ないが、一番見晴らしの良い特等席から街を眺めると本当にきれいだ。
「ヨシキもここだったか」
そうってドワーフがやって来た。
少々酒臭いが、どうやら入港準備で酒盛りが中断され、追い出されてきたのだろう。
船大工はアレでも今回は一応、船長なので仕事がある。
特に何もないのは俺とドワーフくらいだ。
「俺たちの世界じゃ、大砲積んでる船は港に入る前に、大砲を撃つ風習があったんだ」
捕鯨砲を見ながら俺はドワーフそんな話をする。
礼砲の始まりは先込め式の大砲だった時代、航海中に装填してあった弾を、入港前に発射して、攻撃の意思が無い事を示すためだったという。
「コイツを港も前で撃つのか、なかなか面白いが、知らずにやられると騒ぎになりそうだな」
ドワーフはそう言って笑う。
この船の捕鯨砲は後装式なので装填していても後ろから抜き出すことが可能だ。わざわざぶっ放す必要はない。
そんな話をしている間にもドンドン港へと近付き、岸壁の沖合で錨をおろす。
どうやらここでも接岸できるふ頭や桟橋は無いらしく、荷物の積み下ろしは手漕ぎ船によって行われる様だ。
「燃料積み込み用のあんなデッカイ桟橋を持つ港が異常なんだ。コレが世界標準だ」
接岸しない事を不思議に思い、ドワーフに話したらそう返って来た。
たしかにタグボートもないのに大型船が接岸や離岸を日常的に繰り返すと云うのは中々無理があるよな。
それも、動力船ならともかく、帆船じゃあ、尚更難しい。
この船にもバウスラスターのような接岸用の装置は無いので、クサラベの桟橋以外に接岸するのは難しいんじゃないのだろうか?
「いや、碇を巧く使えば出来るかもしれねぇな」
ドワーフが隣で悪い笑顔になっている。
あまり変な装置を作ったりしてもらいたくないんだが、コイツと船大工がどんな悪だくみをしだすか、もう、俺には予想すらできない。