41・欲望は留まるところを知らないらしい
帰ると早々に、ドワーフと船大工は何かを思いついたらしい。
「もう一隻コレを作ってゲチョとここを走らせればラムアタッカーが出ても心配なくなるんじゃないか?」
お前らの目はそんなお題目と関係ないことを物語ってるがな。
この二人は相手が俊敏な魔物だと知って、自分たちの腕を試したいだけだ。
同型船と言っているが全く中身は違うだろう。
なにせ、これまでの試験でより高速の船についてのデータは既に得ている。
つまり、外見が同じでも中身はまるで違う船を作りたいと、もっとチャレンジングな事をやってみたいと。
そう言いだした発端の一つが、遭難者の中に星読みが居た事だ。
巧く星読みを言いくるめる事が出来れば自分たちの船に載せる事が出来る。
もっとうまい話としては、乗り組んでいた商人がラムアタッカー討伐を望んでいる事。
航路帯を周遊しているならば、ここでただひたすら待つよりも航路帯を巡りながらの方が出会う可能性はより高くなる。
今回商船を狙って何かを得たのであれば、同じものを求めてまた商船を狙う可能性もあるからだ。
腕試しがしたい二人の思惑がうまく商人の復讐心と合致している。
これでやらない手は無いだろう。
という話になったらしい。
「早速取り掛かるぞ。ヨシキ、もっと圧力の高い釜とより効率の良いアレを作ってくれ」
ホラ。
そして、それに合わせてスクリューも大型化するらしい。
まあ、これは想定内だ。
しかも、急ピッチで作ると言ってタチベナへと向かった。
「まあ、ひと月ぐらい伸びるのは仕方ねぇよな」
「そうだそうだ。仕方ない」
なぜか二人は飛び出していった時の勢いなく、建造期間が延びることを自己正当化している。
正直何があったのか分からなかった。
自宅へ帰ってその話を楓にしてから判明したのだが、アイツら、缶詰用の鉄まで寄こせと乗り込んだらしい。
そりゃあ、現在の生産量で急造しようとすればそうもなるだろう。
湾内の漁も随分行われて漁獲量も多く、缶詰生産も最盛期だ。
なので、タチベナの鉄も製缶中心に回っている。
普通ならそれでも十分な余剰があるのだが、たったひと月で新造船を仕上げると言ってるのだから、当然ながら供給できる筈がない。
そのためには製缶を止めてすべてを船用鋼材に振り向ける必要があった。
ただ、そんな事をすれば交易便にも乗せられる水煮缶の製造工場が止まり、せっかくの漁獲を肥料以外に回せなくなってしまう。
みんなそれでは困る訳だ。
そして、実は船大工もそれでは困るようだった。
「大工さんは味噌煮を肴にお酒飲んでるらしくて、味噌煮缶が作れなくなると聞いたらいきなり態度を変えちゃった。ドワーフは大和煮が大好きらしくて、在庫の減少でしばらく食べられなくなるかって言われて態度変えたよ?」
という事だった。
どうやら、楓はオリーブの管理にタチベナに居たらしく、その現場を見ていたらしい。
「でも、一番の決め手は焼酎かな?」
焼酎なんかあったっけ?ここ。
「よっくんはお酒はどっちでも良いから知らないか」
楓がそう言って説明してくれたのが、ナーヤマで作っている芋の酒だった。
芋の醸造酒は雑味があって癖が強い酒らしい。
あまりに好き嫌いが分かれる上に、人気も無いらしいが、楓がその打開策として蒸留酒を提案したらしい。
初めは試験的に少量を蒸留したらしいのだが、二度ほど蒸留すれば癖の強い雑味が飛んでかなりマイルドになったらしい。
さらに、ナーヤマにあった薬草を試しに香り付けとして使ってみたら、それが大当たりだったらしい。
雑味や癖を抑え込んだ上に上品な飲み口になったとの事。正直俺にはよく分からんが。
それを二人に飲ませたらしい。
「ナーヤマ焼酎はね、ツナ缶の和え物がよく合うらしいんだ」
楓はそう言った。
なるほど、さらに缶詰が必要になるのに、製缶を止めるなんてできる訳もないよな。
そんな事があったとは知らなかったよ。
そう言う事情から新造船は比較的ゆっくりと建造されることになったが、時間がある分、新たな空腑を懲らしたいということで、様々な試験が行われ、高速船形にという事で思い出した構造を試してもらった。
バルバス・バウと云うのは有名だろう。
船首にコブを設けてその波によって船首部の造波抵抗を低減させるというヤツ。戦艦大和に採用されているという事で有名なソレ。
しかし、小型船、それも高速船にはあのような膨らみではなく、細い船首をより伸ばして高速性能や安定性を向上させるという構造が存在している。
バルバスバウは水中に没してその丸みでもって船首への波の抵抗を減らすのだが、コイツは船首の下に前あごのように突き出した船首を付けた二階建て構造になっている。
これをステップバウと言うらしいことを読んでいたのを思い出した。
なにせ、あの二人、もっと船首を伸ばそうとしていたから、その船型がさらにおかしくなりかけていたので、抵抗低減のためにバルバスバウを教えたのだが、当然ながらそんな丸みを帯びた抵抗物に興味はないらしく、気が付いたら勝手に船首の下に船底を延長して顎を突き出させて下部船首化させていた。
「ヨシキの言っていた構造を更に俺ら好みに弄ったら良いもん出来たぜ」
とご満悦だった。
きっかけさえ与えれば何でも出来そうだな、コイツら。異世界初のステップバウ船が完成するらしい。