4・本当に、なんだろうな、ここ
「さすが、俺の嫁」
そう口にすると、何言ってんだコイツという顔で見られてしまった。
「こんなところに連れて来られたからよっくんのお守してるけどさ、そんな得意げに言われるの、なんか違う」
嫌そうな顔でそう付け加えて来やがった。
そんな事を言い合いながら朝食を終え、食器類などもクリーンでサッと綺麗に出来るその便利さには驚くしかなかった。
「魔法はイメージね。これ、すごく便利だね。よっくんを使う場面が無くなるのがちょっと残念だけど」
俺が錬金魔法で木を加工した棚に食器類を並べてクリーンと唱えるだけで綺麗になった食器たちを見て楓がそんな事を言いだした。
なんだよ、俺が嫁っていったから、コイツは俺を尻に敷く気満喫になってんの?止めて。
そんな朝のにぎやかしを終えて家を出る。
そうそう、竪穴式住居と言ったな。見た目は竪穴だったが、合掌造りとでもいう方が正しい造りだった。ちゃんと床板があるんだ。その真ん中に囲炉裏があって、火を扱える。そんな作りになっていた。
「おう、ドワーフ。早いな」
村の連中はこれから海に出るらしい。浜へと向かう者たちが声を掛けて来た。みんな西洋人というかアラブ人というか、顔の彫が深いんだ。イケメンや美女が多いのだが、楓も俺も「何か違う」と彼ら彼女らの事を見ている。
「あなた達、食事は?」
映画に出てる女優なんじゃねぇ?と思う様な綺麗な女性から声を掛けられた。この人の旦那であろう隣の男はスパイ映画の主人公やってそうなイケメンだ。
「食べました。昨日、領主さまから頂いた食材があったので簡単でしたよ」
コミュ力の高い楓が物おじせずに銀幕のスターを相手に普通に応対してやがる。サーモンならまだ相手に出来たが、俺にはこんな顔面偏差値高すぎる相手と対等に話しなんか物おじしてしまうんだが。
「自分で火付けまでしてしまうなんて。水も自分で出せるって。ドワーフってすごいのねぇ」
女優様が楓の言葉に驚いている。ん?ファイアやウォータって生活魔法じゃないんか?
「火打ちは出来る人が多いけど、直接枝に火を付けたり、水を出せるなんて、よほどの魔術使いしかできない事だから。きっと貴方たちは高位のドワーフなのねぇ」
そう言ってフェロモン振りまきながら去っていく。
「クリーンも一般には使えない魔法かもな。あの女優さん、フェロモン振りまきながら行っちゃったよ」
楓に冗談でそう言ったら汚物を見るような目で見られてしまった。
まずはサーモン邸へと向かい、俺が何をやれば良いのか聞くことにした。
ちなみにサーモンの家は合掌造りそのまんまの家なんだ。楓にそう言うと呆れられてしまった。
「北欧の木造教会知ってる?この村の建物はそれに近いと思う」
俺なんかより博識でいらっしゃいました。
さて、サーモンによれば領内には村が三つあるらしい。
領主の居るここは漁労を中心に行う最も大きな村で、あの険しい山から流れ出る川の扇状地に建設されている。
そして、川によって浸食されなだらかになった谷間には漁網の材料となる草や主食らしい芋の畑が点在しているとの事だった。
ざっと地形を眺めてみた感じ、川が運んできた土砂で湾の奥にあった島の周辺が埋まって出来た土地がこの村、そして、谷に土砂が堆積したのが畑作地域になるんじゃないかと思う。
「ヨシキには鍛冶を頼みたいが、鉄があるのはあの峠の向こう、タティヴェナだ」
そう指を刺した先には湾を形成する片翼の付け根が切り欠かれて低くなっている部分がある。その向こうにタチベナという場所があるらしい。
「歩くと距離がある。馬車を用意しているからそれで向かうと良い」
そう言われたのだが、2人とも御者の経験なんか無い。
「何、車を曳くのはあの気の優しい馬だよ」
そう言って指さす先には馬ではないナニカが居た。ユニコーンと言った方が良さそうな、それとも一角トナカイとでも言うべきか、小さな角が生えた動物が馬車に繋がれていた。
「あれが馬?」
楓が素直な感想を述べる。
「ここでは馬だよ。南部の平原では違う種類の馬が主流だろうし、ドワーフ達にとっても違うかもしれないがね」
ファンタジー動物がどうとかそんなチャチなモンじゃねぇ。ここじゃ、とりあえず荷車が曳ける四足動物を指して「馬」と呼称してやがる。この調子じゃ、ドワーフだってどんな意味を持ってるかわかりゃしねぇーな。
そんな事を想いながら、渋々俺たちはそのユニコーンかトナカイが繋がれた馬車に乗りこんだ。
「生活魔法で調教とかで来たりしてな」
軽く楓にそう冗談を言ったんだ。そうしたら、ファンタジーに疎い楓が真に受けて、本当に魔法を行使したらしい。
「ホントだね。馬の事が分かるよ。ちゃんと言う事と聞いてくれそう」
そう言って手綱を操ってスルスルと馬車は進みだした。サーモンも口をあんぐり開けてやがる。おい、気の優しい馬じゃなかったのかテメェ―
そんな開いた口が塞がらないサーモン一行を置き去りに、俺たちは峠の向こうのタチベナへと向かった。
馬車の揺れは酷かったが、楓に従順に従う「馬」の速い事速い事。疲れ知らずで昼には到着できてしまった。
「鉄は何処だ?」
あたりは草原で、岩がごろついているだけだった。鉄なんか見当たりゃしない。そんな中にポツンと10軒ほどの家屋らしきモノと鍛冶場らしきものが存在している。コレがタチベナか?
といっても、集落周りにも隕鉄採取場と思しきものは見当たらない。ここは中二病全開でやるべきかも知れんね。
「サーチ」
そんな中二なセリフを吐くと、周りの鉱物資源が把握できるようになった。
「見える。見えるぞ!」
「よっくん、大丈夫?」
引き気味に俺を見る楓。心配すんな。中二病全開の方がこの世界では生きやすいだけだ。