39・新型船が完成した
星読みが居ないので遠洋航海は出来ないらしいが、沿岸伝いに結構遠くまで漁に出ることは可能になるという。
その為の設備を船に設けるというので最初の案からアレもコレもと肥大化が激しい。
駆逐艦だと思っていたものが今では巡洋艦だ。
いや、現実にあった船で言えば、重量面ではそりゃあまだ内航船レベルでしかないが、肥大化してるのは事実だ。
そして、その肥大化によって船体が大型化した分の出力強化が必要かと言うと、必要はない。
船の高速化に必須なのは細長い事。
例えば、戦艦大和を30ノットで走らせるには、馬力を増やすよりも艦首や艦尾を伸ばせばよいという。艦首を40m延せばほぼそのままの出力で30ノットを達成できるそうだ。計算上は。
という事なので、船の幅を変えることなく前後に、特に細い船首や船尾を伸ばして必要な設備の設置を行っている。
その都度あれとこれと模型や試験艇を用いた実験が行われ、船大工やドワーフが唸りながら設計変更が行われている。
そんな事をしながらもほぼ確定している機関部だけは製造が始まるという状態だ。捕鯨砲も予備も含めて3門完成させている。
そんな事をしていると夏を迎え、ソバ畑には花が見られるようになった。
どうやらライ麦の生育も順調らしい。
試しに冬に蒔いた小麦に関してはあるところまで育ったが、穂が出ずに終わりそうだという。
「小麦は無理っぽいからそのまま緑肥にしようと思う」
という楓の意見に俺も賛成だ。農民たちもそこに異論はないらしく、秋ソバの畑として耕すことになった。
そんな事をしていると、新型船の建造が始まっていた。
「銛撃ちを二つ船首に据える場所を設けてやったぞ。これで撃ち洩らしもねぇし、デッカイヤツでも獲れるだろ」
という、ドワーフの斬新な発想によるキャッチャーボートである。捕鯨砲2門は聞いたことない。
しかし、沿岸捕鯨の据え付け式捕鯨銃の場合はその限りではないのであながち間違ってはいないのかもしれないが。
この砲座を設けた場所がこれまた絶妙で、最高速を出せば波を被って使えないだろうという。
設計ミスじゃないのかと思ったが、そもそも最高速なんて出してたら波を被る以前に船の揺れが大きすぎて捕鯨砲の操作なんかできないだろうと言われてしまった。
その辺りに疑問を抱えながらも船の建造は進む。
この世界に鋲接は無い。
鉄船はドワーフの鍛冶魔法で接合していくのでブロック工法が可能というご都合主義だ。
当然、ブロック製造にも溶接のような熱を加えるわけではないのでひずみや歪みも最小限で、寸法自体は一度覚えてしまえば再生産は確実に同じ寸法で可能というチート。
なので、機関区画である船体中央を俺とドワーフ数人が担当し、シフト配置区画を同じ寸法で作り出す。
そこに前後の区画を合わせて完成。
途中参加の俺でさえ簡単に作れてしまうこの鍛冶魔法のチートさ加減には驚きしかない。
ソバの収穫が行われる頃には早くも進水となった新造船。
これまでのキャッチャーボートの倍はある大型船にも拘らず、高圧ボイラーと新型膨張機関の採用で速度は五割増しという冗談のような船が出来上がった。
「さすがにタティヴェナの製鉄能力もコレを作るとカツカツだな」
と、ドワーフは不満らしいが、戦時建造じゃ無いんだ、建造が早すぎて製鉄所の能力が追い付かないだけで、普通なら過剰設備だろ。
そんなツッコミを入れながら、試験運転へと乗り出す。
何の問題もなく湾内を周遊し、その日の試験は終った。
本当なら高圧ボイラーや高出力膨張機関に不具合が起きそうなものだが、魔銅の耐久性の高さ、ブルーメッキのチート、ピンクメッキとピンクオイルのおかしさによってまるで異常が見られない。
あまりのご都合主義に変な笑いしか出て来ないが、そんな事を言ったらそもそも、俺の嫁が楓の時点で都合が良すぎる。
サラッと何でもこなすあの万能人間が嫁とか、その時点でオカシイだろ。
と、いつだったか楓にも話したことがあったが、強姦魔に襲われたから責任取らせようとしただけと、何とも辛辣なお言葉が返って来た。どうやら未だに根に持っているらしい。
まあ、そんな事は良い。
湾内での試験を終え、翌日には湾外へと繰り出した。
湾内とは違って結構大きなうねりがあるが、全く問題なく航行可能だった。
船体に利用しているのはわざわざドワーフが要求を出し、タチベナでもその要求に沿った開発をドワーフが行った船舶専用の鋼材との事だった。
その点でもこれまでの船とは違い、より薄い鉄板でありながら強度はさらに高く、それでいて粘りまである特殊なモノだそうだ。
ドワーフのドワーフによるドワーフの勘が冴えわたった鋼材との事だった。
単に魔砂やニッケル、ピンクかブルーの油を添加したんだろうが、その分量こそドワーフの冴えなんだろう。
「スゲェだろ!この速さ」
ドワーフも船大工も大喜びである。
どのくらい出てるんだろうか。比較対象が俺の知る船よりも車の時点で高速船や軍艦と言った類のスピードには達しているだろう。
時速30kmどころでは無い、40kmは超えていそうだ。
「おい!難破船だ!」