36・なんでもすべてうまくいくわけじゃない
ノリと云うのだろうか、勇者一行は随分はしゃいで連携訓練をやっていた。
ただ、どこでも出来るというほど穏やかなモノではなく、わざわざトドの生息地となっている湾奥にある平場へ渡って行っている。
それでもこちらまで時折爆発音が響いて来る。一体何をやっているのかと思わなくもないが、大体の予想は付く。
弓使いによる砲撃に始まり、賢者の爆発系魔法、戦士や勇者の斬撃等の破壊。
どれもこれもが地球の兵器に匹敵する威力を持っているのだから、その爆発音や破壊音が響いてくるのは当然と言えば当然だ。
ついでに言えば、そうやって地表を耕してもらえばサーチで引っかからなかった新たな資源が見つかるかもしれないという考えもあった。
夕方には迎えの船が向かった。
「いやー、スッキリした」
帰ってきた勇者の第一声はそれだった。
これまで使い慣れない武器を使い、動きにくい鎧を着ていた為か不満が大きかったらしい。
すべてが揃っての連携が確認できて晴れ晴れとしたんだろう。
「相手はケンタウロスだっていうが、見たことあるのか?」
帰って来た一行にそう問うてみると、すでに前線に行ったことはあるらしい。
「もちろん。馬なら見たことあったけど、地球の馬なんか比べ物にならないくらいデカくて速かった。その首から上が人間みたいな造形で、顔は人間というか猿?」
という、俺が考えていたケンタウロスとはやや異なるらしいことが分かった。
ま、所詮は地球のファンタジーにおけるケンタウロス像だから、この世界の現実と違うのは仕方がない。
しかしまあ、戦場を見たという割にケロッとしているなと思ったが、慣れてしまったとの事だった。
「はじめは怖かったさ、でも、一月もずっとそんなもんばっか見せられてさ、慣れちまったんだよ」
と、戦士が付け加えてくれた。
「それに、あの捕鯨に使う大砲じゃ、ケンタウロスは倒せませんよ?」
と、弓使いが教えてくれた。
弓使いの放つ矢が異常なのは確かだが、矢に魔力を乗せるのはこちらでは常識的な事だそうで、ケンタウロスを倒すには、あんな鉄塊だけの銛ではまず無理だという。
しかも、車並みの速度で走っている標的に連続して命中させるなど、どう考えても捕鯨砲には不可能だ。
「対戦車砲作ればいけるんじゃね?あ、でも、バリスタがすぐに蹂躙されてたから無理か」
勇者はふと対戦車砲ならと思ったらしいが、相手は戦車並みの魔物で、当然の様にその速さで一気に陣地が蹂躙される事を思いだしたらしい。
「結局、魔弓で削るしかないのか」
という結論に達したらしい。
「戦車でもあれば何とかあるかもだけど。蒸気船じゃ戦車造れないしね」
聖女もそんな事を言っている。
確かにその通りだ。
戦車が作れたら無双は無理でも互角くらいには戦えるはずだ。
しかし、戦車を作ろうと思えば内燃機関が必要になるし、何より石油が無いと動かせない。
いや、石油じゃなくても戦車は動かせないことは無いか。
麻の実油でも動くだろうし、大豆油なんかでも。
しかし、石油の場合は原油ではなく製油所で成分を分離していかなきゃいけないし、植物油も実や種を絞って油を抽出しないと、燃料確保は出来ない。石炭の様に掘り出してそのまま火に放り込めば燃料になるというほど簡単ではないのがネックだ。
自動車たでさえ燃料タンク60リットル程度を満タンにしてどんなに良くても千キロ程度しか走れない。
戦車は1リットルで数百メートルだそうだから、部隊として戦車を動かすならば相当な規模の油田と製油所、ないしは油脂植物畑と搾油設備が必須である。
蒸気船数隻でアップアップな現状で実現可能な話ではないだろう。
「戦車な。そいつは無理な相談だよな。捕鯨砲の火薬は麻の実油に依存してるし、石油がどこにあるかもわからん。仮に見つかっても巨大な製油所なんて無理だしな」
現状、魔法という人間の保有魔力で行使可能なモノの方がはるかに工業製品より効率的だ。
「火薬なんて、硝石、木炭、後なんだっけ?」
「硫黄」
「そう、それを混ぜればできんじゃん」
と、戦士が言う、硫黄は賢者の助言だが。
「黒色火薬ならそれで出来るには出来るが、硫黄は火山でもなきゃとれない。ここには火山が無い。木炭はあるが、硝石も無い。硝石丘法とかいう奴は何年もかけて作り出す方法だったはずだ。間に合わんだろう」
そう、俺も指摘した。
黒色火薬なら作れなくはないかもしれない。
ここで俺がノンビリ生活する分には鉄砲作りにそんな方法を行うのもありだが、勇者一行が行う目の前の戦場に鉄砲と火薬を間に合わせるのは不可能な話だ。
「現代技術って意外と使えないんだな」
戦士がボソッとそんな事を言うが、それも仕方がない。
ここには化学や科学の専門知識を広範囲に修めた者など居らず、魔法で何とかそれらしいモノを再現しているに過ぎない。
21世紀日本のような便利な道具や強力な武器なんか、ポンポン生み出せたりはしない。
「ここで現代技術を簡単に生み出せる人が召喚されていたら出来るでしょうけど、無い物ねだりしても仕方ないんだから、文句言わない」
弓使いのそんな一言でお開きとなった。