33・いろいろなものが完成していく
そんなドワーフ達が全く興味を示さないのが捕鯨砲だった。
彼らにとって火薬自体は面白いモノではあるが、そこまで熱心にそれを使って何かを作ろうという気はないらしい。
捕鯨砲も手投げの銛威力が出せて、なんならバリスタよりもコンパクトという認識はあるが、自分が手掛けたいモノには該当しない。
そろいもそろってそんな発想だ。
しかし、鉄船自体への興味はあるし、蒸気機関は帆を張らずに走れる利便性という部分に興味があるとの事。ある意味自分勝手である。
そんなドワーフが運搬船の次に鉄で作ろうとしたのがキャッチャーボートだった。
木造船と鉄船では構造強度が大きく異なる。
木の板や梁に対してかなり薄い鉄板が利用できる。
しかも、作るのはドワーフである。鋲接などと言う時間と手間のかかる事をやる訳がなく、木製と違って接合面の強度を考えながら複雑に組み付ける必要なく、ただ魔接してしまえば良い。
魔法の便利さがここに出ている。
地球じゃ鉄船は鋲接を行っていた時期が約一世紀ほどあったが、鉄船の登場から鋲などを使うことなく魔接なる手法で作られるので、木造船より圧倒的に建造が簡単になっている。
ただ見境なく魔接しても強度や歪みの問題が出そうだが、そこはドワーフ。はじめっからそんな事はお見通しだという。
「おい、ヨシキ。銛撃ちはお前の担当だ。鉄船なんだから、もっと強力でも構わんぞ」
と言っているが、そもそも獲る鯨種で決まる話だから、捕鯨砲の威力だけ上げても意味が無い。
適当に聞き流していつものように捕鯨砲を作って据え付けた。
「しっかし、海にあんなデカい魚が居るとはな。しかも、魚というより陸上の動物の肉みたいじゃないか、アレ」
最近は鯨缶を気に入っているドワーフがそう言ってくる。
「海だからあのデカいからだを維持できるんだ。食っての通り、アレは魚ではなく海に棲む獣さ」
そう教えてやった。
陸上では牛や豚を飼育しているし、馬なんかは、あ、ここだとトナカイなどは役獣だ。
鯨も牛や馬みたいに牧場で育てられたらと言い出すドワーフ。
「やってやれんことは無いかもしれんが、周囲数キロなんて生け簀を作らにゃ飼うに飼えないと思うが、出来るか?」
そう聞いてみると、さすがにそんな難物を作るより泳いでいる鯨を獲った方が早いだろうという話になった。俺もそう思うよ。
あっという間に魚やプランクトンを食いつくすだろう鯨を養殖なんて、鯨を飼育するためだけに漁をしなきゃいけないだろうから本末転倒だと思うね。
鉄製キャッチャーボートの外見は木造船と変わりない。しかし、強度はあるというのでより強力なエンジンを載せることになった。
そこも圧力釜の応用で高圧缶とすることでより高温高圧の蒸気を利用する巨大な膨張機関が出来上がった。
「しかし、あのブルーメッキとピンクメッキは色々使えて便利だな。ピンクオイルがあれば色んな機械が動かせそうだ」
ドワーフもそう感心しきりだ。楓とサーモンは本当にすごい事をやったな。
試験運転を湾内で行うというのでどうこうしたが、たしかにこれまでとは速度が違う。
試験運転に参加した漁師もこれまでとは違うと大喜びだ。
「これは凄い!この速さならすばしっこい大魚も逃がすことは無い!」
なんだ?もっと俊敏な鯨でも居るんだろうか。
そんな疑問はあったが、船自体には何の異常も見受けられず、蒸気機関もすこぶる快調だった。
「コレがあればアレも目一杯獲れるな!」
ドワーフがそう言うが、漁師はいたって冷静だった。
「コイツならそれも可能だろう。だが、一度に獲りすぎれば数が減っちまう。一時はそれで良いんだが、今でも飢えて無いんだ。あんまり獲りすぎて先で飢えるなんてのはバカらしい」
さすがと言うべきか、漁師は良く分かっている。
そんな湾内クルージングを楽しんで港へ帰ると楓が迎えに来ていた。
「よっくんさ、播種機って作れる?」
船を降りるとそんな事を聞かれた。
播種機。
それは意外と構造自体は簡単なシロモノだ。ベルトやローラーに適度なヘコミを設けてそこへボックスから種子を落とし込んで地面へと落とす。
目的とする趣旨の大きさ、播種量にローラーを変えてやればどんな種子にも対応する万能選手。
肝はそのヘコミであって、それ以外は案外簡単に作れてしまう。
「形は簡単だから作れるが、何に使うんだ?」
そう聞いてみると、意外な答えが返って来た。
「これからの播種全般だよ。条播きにしたら生育や管理がやり易いから」
そんなもんか?と、俺は思ったがどうやらそう言う事であるらしい。
たしかに、除草をしようと思えば条播きでやればどこを除草すれば良いか簡単に分かる。
さらに、溝を付けて排水性を良くするだとか、風通しによる生育向上なんかも期待できるとか。
単に機械化するから条播き、条植えが必要ってだけではないんだなと、農業技術の奥深さに触れる事が出来た。
手押し型播種機を一台作って楓に手渡した。
「肝心なのはローラーだから、ここは播く種ごとに考えてみるよ」
そう言って持って行ったが、きっと後はナーヤマの大工や精錬師が暇なときにでも播種機を作るんだろうな。