30・兵站を語る将って、すごいんだっけ?
ドワーフは様々な事に驚きながら、数日の滞在の後に帰途に就くことになった。交易船がやって来たからだ。
「ここは中々に面白い。精錬師以外にも興味があるヤツを送ってやる」
そう言って帰って行った。
彼には三角ボウや小型の蒸気機関を手土産に渡しているのでそれを見て興味を持った者がここへやって来るのだろう。
一応、捕鯨船も見せたし、捕鯨砲の説明もした。しかし、砲という武器には興味がないらしい。
巧く作れば弓より遠くへ飛ぶとしっかりセールスしたのだが、そもそも戦争と云うのは指揮官が目に見える範囲内でなければ巧く指揮がとれない。ひと固まりがとりあえずわかる何キロも先を狙ったところで、そこに目的となる将が居なかったり。大集団に少々撃ち込んで、敵の損害すら把握できないうちに撤退されても実のところ、その後が読めないから利点がどれほどあるか分からないという。
魔族相手なら魔王城を攻めるんじゃないかと言ってみたが、相手は決まった砦を拠点にするような相手ではなく、常に移動しているという。船に付けて使う分には使い道も思い付くものの、敵が海を戦場としない以上、使い道も無いらしい。
結局、俺が思ったほど、この世界には地球の考えが適用できないのではなかろうか。
もちろん、俺が機関銃を作れないという点が大きかったのかもしれないが、大砲が不要なら機関銃もどうだろうな。
それからまたしばらくして交易船が来たのかと思ったら、どうやら神殿の船が来たらしい。サーモンが緊張している。
その船から降りて来た神官に見覚えがあった。モヒカンだっけ?そんな名前だった気がする。
「これはこれはモヒカさま」
ああ、ンは要らんのか。
サーモンが回りくどい言葉を使って何か言っているが、相手は聞き流しているようにしか見えなかった。
「サロモン、ここはドワーフ夫妻の助力で随分な発展ではないか」
そう言われて舞い上がっているらしい。
普通に会話を聞いていると単に税金をもっと寄こせとしか聞こえない会話を回りくどく言うモヒカン。
それをどうにかはぐらかして自分の成果を訴えるサーモン。
そんな攻防がひと段落したところでモヒカンが俺たちの所へやって来た。
「まさか、この地にオリハルコンの鉱山があるとは思わなかった。おかげで助かった」
そんな話をしてくる。
楓があの時別れた連中の事を聞いた。
「彼らならば神殿で一通りのことを覚え、今は近隣で修練をしている」
ドワーフの話であったように、勇者一行が使うほどの武器が作れていないので魔族とは戦っていないという。
「オリハルコンにミスリルが豊富に手に入った。これで彼らの武器や防具も作れる」
彼らはこれから戦場に向かうらしい。楓も短い間ではあったが交流があるので何とも言えない顔をしている。
「その、魔族と云うのはどういう連中なんだ?」
俺がそう聞いてみると、魔族という表現が必ずしも当てはまる訳ではないらしい。
簡単に言えば遊牧民。
家畜を連れて各地を転々としているのだが、それが人族にははた迷惑という話であるらしい。
「言葉を解すだけに始末が悪い。タダの獣であればまだ良かったが」
モヒカンはそうため息をつく。
相手は馬のような体に人間の上半身を付け足したような生物で、俺たちの知るモノに当てはめればケンタウロスであるらしい。
当然の様に馬並の機動力を持ち、当然ながら人間と変わらない思考力を持つ。体が大きいので魔力も豊富で人族の兵士では太刀打ちできないそうだ。
「連中にとっては我々も家畜のエサでしかない。我らとしては百年に一度巡って来る災厄という認識だが、出来る事なら被害を抑えたい」
数こそ多くはないが、個の力が高いケンタウロスに対して人間の部隊などたかが知れているそうで、勇者と云うのは貴重な戦力らしい。
「敵の主力は家畜その物。連中からすればただ家畜を追い立ててエサを与えているだけであろうが、我々からすればそれは座視できるものではない」
ケンタウロスが連れた家畜。それはオークであるらしい。雑食のオークを養うには草や木の実だけでは足りず、時として肉を与える必要があるとか。
その手段の一つが人間の街を襲う事だという。
そんなケンタウロスたちが広い大草原や森林を廻って生活し、エサが必要な時に人の街や動物の群を襲う。
「撃退すればしばらくは寄り付かなくなる。本来なら連中の居る草原や森林こそ豊かな土地なのだが」
そんなわけで勇者召喚だったらしい。
しかも、人間はあまり豊かな土地に住む事が出来ていないと。
だからこそ、勇者への期待も大きいという。
「今回の勇者召喚は記録に残る中でも最も成功したものだろう。勇者たちの魔力も魔法の威力も連中より高い。そして、君たちの存在だな」
そう、俺たちを評した。
俺が魔銅や魔銀を見つけた事。そして、楓が缶詰を開発した事。これはかなり評価が高い事らしい。
「オリハルコンやミスリルの供給が安定した事で勇者に限らず、軍備も大いに高まる。鉄容器の携行食を量産できれば兵糧負担も軽くなる。前線と後方、まさかここまで整うとは思いもしなかったよ」
モヒカンにとって武器や防具の材料と共に缶詰が評価対象とは、兵站を語る優秀な将なのかもしれない。