3・魔法はやっぱりイメージでたいてい何とかなる
ふと目覚めると肌寒かった。
すぐ近くに熱源があるのに気が付いてもそもそとそれを抱きしめてみた。
「もぅ、よっくん」
甘えたような声がしてドキッとして目が覚めてしまった。そうだ、昨日、いや、もう一昨日か。勇者召喚に巻き込まれた挙句に追放されたんだった。
だが、それも楓のぬくもりにまた安心して意識が薄れていく。
「ちょっ、よっくん何やってんの!」
間近で声がして目をあけると楓の頭があった。
「おはよう。寒かったからからな」
そう言って起き上がると楓が飛び退いていく。
「寒かったじゃない。このセクハラオヤジが!」
そう言っていったん離れた後、近寄ってきて俺の匂いを嗅ぐ。
「よっくんさ、ちょっと匂うよ?」
などと朝っぱらから余計な一言を言い出しやがる。
「匂うのは楓もだぞ。どちらかというとムラムラフェロモンだけど」
そう言うと嫌そうな顔をして後ずさった。
「変態みたいな事言われた」
そう言って自分の腕をスンスンやっている。
お互いそんなことやっているが、仕方がない。なんせ、召喚されてこの方風呂に入ってないんだ。ここには風呂なんてないしな。
「なあ、楓は生活魔法が使えるんだろう?ラノベでよくあるクリーンって魔法が使えるんじゃないか?」
そう聞いてみる。
「クリーン?それ、どんな魔法?呪文とか私分からないし」
ああ、そう言えばそうか、中二病にかかることなく普通にアイドルやドラマへと成長の階段上った常人がいつまでも中二風吹かしてるような呪文がどうのとかって分かるわけないもんな。
そんなわけで、よくあるラノベのクリーンについて説明して、魔法はイメージであることを伝えた。
「うわぁ、中二病。そんなので魔法が実現するならみんな空飛べるって」
呆れたようにそう返された。まあ、そうかも知れんが。
「そこは適性の問題があるんだろ。浮遊魔法が使える奴はバトルものやロボットものみたいに自在に飛べるかもな。イメージが大事だから。ほら、体表面の汚れだとか老化した角質を剝がすイメージで出来るんじゃないか?」
そう付け加えて試してもらった。
「こうかな?クリーン」
楓が自分にクリーンの魔法を行使してみたようだ。まるで何かが起きた感じは無い。
「どうだろう?あ、よっくんもクリーン」
ついでに俺にも行使してきやがった。
「あ、よっくんの加齢臭が取れてる」
近づいてクンクンして発した言葉がそれだ。余計なん事言うので引き寄せてこれ見よがしに楓の首筋を嗅いでやった。
「リンスやせっけんの匂いもしないからフェロモン臭無くなるとなんか残念だぞ、楓」
そう返すと呆れたような顔で見られてしまった。
「ま、つぎは、火だな。火」
話題を切り替えて昨日はサーモンから貰った食事で済ませたが、朝食は自分たちで作る必要があるだろうから、まずはそこにある木に火をつけて、土器らしき器に水を汲んでくる必要があるだろう。
まず、囲炉裏に木を組んでいく。こういうのは俺が得意な仕事だ。
うまい具合に石が並んでいるのでその上に土器も据えた。
「楓、さっきの要領でまずは、水からかな。火を先に付けると土器が割れたら困る」
楓が水水と呪文のように唱えて、何か思い至ったのだろう、手を土器にかざすと指から水が出て来た。
「お、すげぇな」
どうやら蛇口のイメージでやっているらしい。さらに、ライターのイメージで火も付けてしまった。
「魔法はイメージって言ったのよっくんじゃん」
得意げにそう言ってくる。
「ほら、よっくんも錬金術とか鍛冶が出来るんだから、コレ、魔法でマトモな包丁に出来るんじゃない?」
そう言って渡されたのは打製鉄器だった。
ま、普通に考えれば意味が分からんが、石器じゃなく鉄器だ。
無い話じゃない。製鉄技術が無いはずのイヌイットが鉄器を利用していた話があるが、それと同じだ。
砂鉄や鉄鉱石から鉄を作るんじゃなく、隕鉄を割って鉄を取り出して加工しているんではないかと思う。
一応、炉があるらしく、簡単な鍛冶師事も出来るという事なので、この不格好な打製鉄器が出来上がったのだと思う。
他人に偉そうに魔法はイメージと言った手前、出来ないとは言えない。もしかして、鍛冶スキルって奴は金属を粘土みたいにできるんじゃねぇ?
などと考えて手にすると、硬いはずのその包丁が本当に粘土のようにグニャリと曲がった。これならと一度丸めて包丁っぽい形に伸ばして、刃の部分を研磨するイメージで整えてみた。
「凄いね、よっくん!」
楓が見た事も無い尊敬のまなざしで俺を見ていた。まんざらでもないな。
「ほら、使ってみろ」
そう言って渡すと、昨日渡された干し肉っぽいモノや芋を切ったり皮をむいたりしていく。何か手伝おうと思ったが、無理だからやめろと言われてしまった。
昨日の夕飯はなめろうみたいに刻んだ魚の身に味噌っぽい固形物や野菜っぽいナニカを刻んで混ぜて炙ったシロモノだった。
サーモンは「山育ちのドワーフの口に合うかどうかわからんが」と、どこか皮肉気だったが、2人とも山育ちだが魚は好きな方なので美味しく頂いた。サーモンの意外そうな顔が面白かったな。
楓がその味噌っぽいモノや干し魚でダシを取った土器に干し肉や芋、いくらかの根菜や葉物をぶち込んでみそ汁っぽいものを作り出した。
「見たことないモノでこんなの作れるのは凄いな」
材料が見たことないモノばかりだったが、味は良かった。
楓の生活スキルが高いからかもしれん。