28・本物のドワーフがやって来た
波が穏やかになった外洋に帆船が見えたという知らせがあって程なく、湾へとその船が入って来た。
それは俺たちが乗ってきた船で間違いないだろう。
今回は通常の交易便なので、帆船からも荷下ろしが行われている。
しかし、こちらの品を見た途端、少量の魔銅や魔銀を積み込んだだけでそそくさと出港してしまった。
「サロモン殿、随分荷下ろしした割にはほとんど積まずに帰ったみたいだが?」
俺が不思議そうにそう聞くと、悪い顔をしている。
「仕方なかろう、オリハルコンとミスリルだ。武具、防具に加工していなくとも、安値で売れはせんよ」
まあ、かなり吹っ掛けたんだろう。
しかし、それでも買うと云うのだから、価値が高いのは間違いない。
それからわずか数日で戻って来た帆船はまた魔銅や魔銀を積んで帰って行った。
今回は貨幣での取引だったらしいが、たいして貨幣を使わないここにいくらあっても無駄でしかないんだがな。
そんな事を思っていると今度は別の船がやって来た。
「ここにオリハルコンを精錬するドワーフが居るらしいが?」
そういって現れたのは正真正銘のドワーフだった。
背丈は俺と変わらないが、かなりがっしりしている。まさにドワーフだ。
「俺がそうだが」
わざわざ訪ねて来たそのドワーフはぶっきらぼうなので、こちらもそのように応対した。
「お前がそうか?見たことない顔だな」
そう言って来たので勇者召喚の話をしたら心当たりがあったらしい。
「勇者召喚に紛れて来たのか。それはちょうど良かったな。ミスリルの鉱山なんざこの辺りにはなくてな。オリハルコンなんざ、昨今じゃどこからも入ってこない程だった」
という説明をしてくれた。
彼はどうやら神殿の依頼で武器を作っているらしいが、勇者用の武器という依頼を受けたものの、材料が少なすぎて依頼分を作らずにいたらしい。
「え?勇者って、まだ神殿に居るんですか?」
楓もどうやら気になるらしい。
「ああ、まだ居るぞ。勇者たちに扱えるほど丈夫な武器が作れてないからな。それに、どうやらド素人らしくて魔力の扱いを一から教わってるとか言ってたな」
そりゃあそうだ。みんな素人さ。俺や楓も素人だが、適当にやってたら何とかなったんだが、そう言う風に出来ないのだろうか。
「はっはっは。お前たちのそれは魔法としては飛びぬけた使い方だが、勇者ともなると魔力も膨大だから、下手に使えば神殿ごと吹っ飛ぶぞ」
どうやら、俺たちのやっている事は非常識らしい。
この世界の一般よりはかなり魔力はありそうだという話だが、やはり勇者たちとは比較にならないのだろう。
そう思いながらそのドワーフをナーヤマの魔銅鉱床へと連れて行った。
「ここに鉱床があるのか?露出している鉱脈は見ればわかるが、地中のどこまであるか分かるってのはちと狂ってねぇか?勇者と召喚されるだけの事はあるって事か」
などと呆れていた。
実際に魔銅鉱石を手に精錬をやって実演したが、それ自体には驚かれることは無かった。
「さすが、勇者と共に召喚されただけはある。神殿の工房でも上位の腕だな」
などと評している。
例の魔銅弓を見せてみたが、変な顔をして笑われた。
「こんな考えに至るとは。流石、常識が無いだけの事はあるな。使い難いだろ、コレ」
見ただけでそう言いだす。
そこで、三角ボウも見せてみる。
「使い難さをこんな複雑な方法で解決するたぁ、知識の桁が違いやがる。俺たちじゃ思いもつかねぇ」
どうやら滑車やてこの原理を弓に用いることは想像の埒外であったらしい。
もちろん、それには理由もちゃんとある。
ここの漁師は何かあれば俺のところに持って来れば修理は簡単にできる。何ならすぐにスペアの弓も手に入る。
しかし、こんな都合の良い場所は他にはないし、まさか、魔銅を使った魔法鍛冶による弓をその辺りの木弓と等価で手にできるという環境など想像外。通常ならば帆船一隻と俺の弓がつりあうんじゃないかという話だ。
しかも、滑車を用いた弓は戦場で乱雑に使えば簡単に再調整が必要になりかねず、簡単に壊れるだろうという。
当然、そんな高価な弓を大量に揃える事など出来ない上に、修理や再調整にドワーフを戦場に連れて行くのもリスクが大きすぎる。
狩猟には高価すぎ、騎士や戦士に持たすには華奢過ぎる。そんな弓であるらしい。
「そうだったのか?と言っても、ここでは普通に手に入る素材だからアレで構わないんだが」
俺としては弓や矢を漁師に渡せば食い物や革が手に入るのだから全く不都合はない。
その革すら楓が製品に仕立てて誰へともなく譲っているのだからもう、十分な経済効果だ。それ以上は望む必要もない。
「この村でそうやってやっているならそれで良いだろう。商人連中が腰抜かすだけの話だ」
ドワーフも俺と変わりなくドンドン魔銅を精錬して魔砂の山を作る。
「この使えない代物が無きゃ良いんだが」
と文句を言うので、使い道がある事を教えると非常に驚いていた。
「あの出来損ないのサロモンがやったのか。ああ、真似てやっただけか」
きっかけがあったからとは言え、随分凄い事であったらしい。
そして、彼をタチベナへと案内したらその製鉄所のありようを見て驚いていた。
「ミスリルだけじゃねぇ。なんだ、あの製鉄所は。え?お前のところでもあるのか?アレはドワーフも門外不出の技術だぞ」
などと驚いている。
高炉やるつぼ炉ってそうなの?ブロワー用いてもっと複雑なモノが地球にはあったが、そうか、ここは中世レベルだったか。