27・そろそろ雪解けを迎えるらしい
浜へと引き上げられた鯨はてきぱきと解体され、ある物は干し肉とするために運び出され、ある物は缶詰にするために工房へと持ち込まれていく。
ただ、こんな巨大な鯨を解体処理するのは非常に労力が必要な上に、それを消費するとなるとかなり多くの人の口に入らないといけない。
ここの人口を考えると毎日のように大型の鯨を水揚げしても解体の人でも足りなければ供給に消費が追い付かなくなってしまう。
その為、3隻の蒸気船が竣工する事になるが、3隻揃って捕鯨に向かうという事にはならない模様だ。
3隻とも、捕鯨以外にも湾内での漁に利用したり、中には空いた船を使って石炭や鉄材をタチベナからクサラベへ運ぼうなんて話まで出て来る状態だった。
「そろそろ雪も降らなくなって来たね」
蒸気機関の製作で忙しくしている間に春が来ているらしかった。
楓も味噌から溜まり醤油っぽいものを作っているとかで最近は忙しくしている。
その甲斐あってか鯨の缶詰には大和煮モドキが出来ていてメニューが増えている。アジやサバらしき湾内漁獲の缶詰にもオイル漬けや味噌煮以外のメニューも出来ているし、最近では豆料理やカーシャ缶と言ったモノまであったりする。
おかげで大型圧力釜はフル回転らしいし、タチベナでは缶詰が家庭料理化しだしている所もあるらしい。
「あれこれやっているうちに時間が経ったんだな。まさかこんな美味い缶詰を食う事になるとは思わなかったが」
楓は働いているみんなの成果だというが、レシピ開発した楓の腕あっての缶詰であることは間違いない。
最近は我が家で使う食器類に黒い皿や灰色の器やコップが増えている。
もちろん、あの土器職人の窯で作られた製品だ。
フォークやナイフ、スプーンは一見、銀にも見えてしまうが、もちろん銀ではなく耐食性に優れたタチベナ鋼で作られている。
俺のお手製ではなく、タチベナの量産品。
タチベナもその鉄鋼生産力にものを言わせて食器類にまで手を出して来たらしい。
本来土器が使われていた鍋も鉄に変わっている。
様々な変化が家庭にも起きており、俺たちが来てからの僅かな期間でとんでもない事になった。
こうなると木工職人が失業してそうなモノだが、缶詰工場が新たに出現して失業者を吸収しているし、機織り機、唐箕、脱穀機などの大工だけではなく木工職人のウデが活かせる道具も俺たち二人で作り出している。
楓も缶詰の出来を褒めると嬉しそうだ。
最近では機織り機を作った影響で布の量産も進み、革と麻布を用いた被服類が足踏み式ミシンで量産されている。
貨幣経済化していないこの領では出来た衣類が食品や食器と交換される。
イマイチ価値の分からない焼き物や金属食器類が衣類や食料と交換なので、貨幣経済での混乱や格差が起きていない。交換価値が土器や木皿と同じなんだ。
そんな話を楓にしたら、頷いている。
「うん、価値観が貨幣経済と違うからだと思うよ。お皿や食器類を外の交易に出したらどんな値段が付くか分からないけど、ここだと日用品としての価値で捉えてるからね」
と言っていた。
鍋や食器はどんなものであれ、食事の道具としての価値しかない。それがここでの価値観だが、きっと外の商人にとっては別だろう。なんせ、魔砂を使った製品なんだからと。
実際、サーモンに魔砂について聞いてみると、非常に価値が高いモノだという。
俺にとっては精錬の副産物でしかないし、ナーヤマやタチベナではそれぞれに製品原料程度の認識だ。
魔銅や魔銀ほどの価値は見出していない。
魔砂を用いたオイル類に至っては外に出すほどの供給量は無いので、ブルーメッキが売れれば良い方だろうという。
「あの青い鉄がヒヒイロカネではなくメッキと云うのは何処か詐欺の様な気がするが、使う素材の品質次第では、伝説のヒヒイロカネと宣伝できるかもしれんが」
などとサーモンが悪だくみもしている。
そろそろ交易船の第一便が来るかもしれないというので、魔銅や魔銀の精錬をせかされ、かなりの量をクサラベに持ち帰ることになった。
タチベナの製鉄量は明らかに製缶や食器だけでは供給過剰である。最近では交易用に刀剣や槍をあの縞ありのマダガスカル鋼モドキで作ろうと言っている。
マダガスカル鋼モドキは見た目だけでなく、実際にかなり硬度の高い鋼材なので刀剣類には最適だ。
マダガスカルではないと楓に今でも言われているが、何と言っていたか思い出せないのでマダガスカルで良い事になったんだ。
「マダガスカルは良いぞ。タティヴェナも負けてはいないが、刀剣ならマダガスカルだな」
ドワーフおじさんも見様見真似で完成させた剣をその様に自慢していた。
外に売りだせるものとして鉄製品以外にも煉炭と炭団子がある。煉炭は暖房用の円柱型も完成して耐熱性を買われてあの黒い陶器で容器が作られているほどだ。売れるかどうかは知らん。
ただ、それとは反対に、今のところ蒸気機関や捕鯨砲を売りに出す予定はない。
捕鯨砲は火薬の目途が立たないし、蒸気機関もオイルの入手やメンテナンスの問題がある。
周辺の雪が解け、そろそろ外洋も穏やかになったと聞こえだした頃、とうとう交易船がやって来た。