26・船が完成したのでさっそく捕鯨に出向いて行った
さっそくタチベナ鋼の出番がやって来た。
鉄としての素性も良く、熱伝導性も良い。魔銅では違和感のあった蒸気配管にこいつを用いてボイラーや膨張機関を作ってみると、予想以上に高出力化が可能になった。
「なんか出来てしまった。大工と話したモノより出力出せてるが問題は無いだろう。たぶん」
ボイラー一基、膨張機関一基をセットにして使う予定なので、現状3隻建造すると言うから3セット作る事にした。
しかし、大きな問題がある。
「どうやって積み込むんだ?コレ」
ここで大問題発生である。
ボイラーも膨張機関も作ったは良いがトナカイのソリでは輸送が困難な事が判明した。
それだけなら良いが、積み込み自体が無理そうなことも判明した。
さっそく造船所へ向かって大工を工房に連れてきて現物を見せて説明した。
「運べないんじゃ意味ないだろう。積み込む方法?お前が考えてあると思ってたぜ」
何だろうか。まさかそんな話だったとは。
建造だけならどうとでもなる。
この完成したエンジンを試験機として残り三基は実際に船の中で魔法鍛冶で製作すれば輸送も設置も何の問題も無い。
しかし、その後の整備は無理が出てくる。造船所にある木製クレーンじゃとてもではないが扱える代物じゃない。
「そうだな。タチベナから鉄を造船所まで運んでクレーンを作るとするか」
どうせそうするしかないのだから、善は急げだ。
タチベナへ二人で向かってクレーンに使う鉄を何にするかを吟味した。
「このまだら模様の鉄が良さそうじゃないか?その光沢があるのは錆びにくいんだろう?船の部材にも使ってみたい」
大工もタチベナ鋼に興味を持ったらしい。すぐに鉄船を作るほどの生産量はないが、マストくらいならば作れるんじゃないだろうか。
「木も無限にある訳じゃねぇしな、いっそ、鉄で船でも作ってみるか」
そこまで乗り気とは思わなかったが、ここの過剰設備の消費先として、ぜひともそうしてもらいたいものだ。
そんな事をしながら、まずは鉄製クレーンを造船所に設置する。
使用するワイヤーについては麻ロープで十分な強度があるというので滑車を使って吊り下げ力を上げるだけに留めている。
実際、木のクレーンでかなり重い木を普通に釣りあげているのを見ると、麻のロープの耐久性は俺の想像以上のモノらしい。
そのまま造船所でボイラーや膨張機関の製作を行い、実際に積み込んでいく。
後々の整備のために完成品を積み込むのではなく、部品を船上で組み立てていきながら整備や修理の手順を造船所の職人たちにも教える。
もともとが船大工なので習得は非常に早く、3隻目には俺は部品製造だけで見ているだけでボイラーや膨張機関が完成していった。
船が進水して海に出れば、動かすのは漁師たちだ。
1番船は俺や船大工も乗り組んで動かし方を指導しながら試運転を行う。
「こりゃスゲェ、櫂をこがなくても動くとはな。ちょっと動かすまでの手順が面倒で時間はかかるが、そこに目を瞑れば良いこと尽くめだ」
そう、ボイラーの火付けから蒸気機関の始動までに時間を要する。これまでのように思い立ったら漁に出るという訳には行かなくなるが、そこは考え方だろう。
「3隻作るからうまく回して行けばどうにかなると思うぞ」
俺が説明するまでもなく、大工がそう応えている。
本当に俺って必要?
「このホゲーホーって奴を使えば大魚も一刺しで仕留められるんだろ?早く沖に出てみたいぜ」
湾内でテストをしている間じゅう、暇を見ては捕鯨砲の話に花を咲かせる漁師たち。
これまでの沖合捕鯨と云うのは大量の船で取り囲んでやっと1頭捕獲できれば良い方だったらしい。
それでもサイズがデカいので十分な成果であったらしいが、楓が加工法や調理法を発明、工夫している事で利用する部分は増えるし、これまでクサラベでしか消費していなかった部分をタチベナやナーヤマまで運ぶことも出来る様になる。
どう割り引いても缶詰であれば数日は持つので移動と保管の融通が利く。
これまでであれば干し肉に出来ない部位はクサラベ以外では消費できなかったが、調理済みの缶詰であれば問題なく輸送に耐える。
さらに、多少量が多くとも保存期間があるので消費上の問題も改善されている。
そうなって来ると、一度の漁で数日分の成果を得られる捕鯨の需要も高まってくるわけで、これまでにも増して漁師たちの意気も上がっている。
数日、湾内で操作を教え、海上で一夜を明かしながらの航海も行って漁師たちにも操作への自信が出て来たらしい。
「大工やドワーフ連れて一度湾外まで行ってみてぇ。ホゲーホーも使ってみたいじゃねぇか」
漁師がそう言うので俺や大工も賛同して湾外へと向かう事になった。
湾を出ると流石に波は荒くなる。
かなりデカい船だと思ったが、湾外ではそれでもちっぽけなんだと思うほどに揺れる。
「何だこの揺れない船は、さすが、デカイだけの事はある。帆船でもねぇのにこれだけ自由に動けるのも良いな」
漁師にとっては揺れていないらしい。たまに周りが波で囲まれてるのに、コレが安定しているとかまるでなにいってるのか分からない世界だ。
ただ、スクリュー船の恩恵はある。外車輪船だとこうは動かなかっただろう。
「大魚だ!白いのが居るぞ!!」
さっそくマストの物見に上っていた漁師が叫ぶ。
その指示に合わせて船を操縦する漁師たち。初めての蒸気船とは思えない慣れた動きで操船しているように見えるが、俺、必要だったの?
「おい、ついでだからお前がホゲーホーやってみろよ」
イケメン漁師が俺にそう提案してくる。
責任重大過ぎて怖いが断れる状況でもなく、砲座に登り、銛を挿し込み、後部へと薬莢を装填して準備を完了する。
そうする間にも物見からの指示で船は進路を修正し、俺の隣では鯨を探す漁師が俺へと方角を知らせてくる。
「見えたぞ、目の前の白いのだ。打ち込むのは見えるか?目があるだろ、その少し後ろだ。アソコ」
と言っているが、目ってどこよ。ヒレなら見えているが、あ、口が開いた。たぶんその少し上だな。模様が丸くなっている。その後ろ?
捕鯨砲を構えて目の後ろと思われるところへと照準を合わせて発射した。
銛は鯨に深々と突き立ったらしく、辺りに血が流れ出し、泳ぐのを止めて痙攣しているらしい。
「スゲェな。嘘かと思ったがマジで一突きじゃねぇか」
銛を持って集まった漁師たちがその光景を見て唖然としている。
「おい、引き寄せろ!」
その指示と共に銛から伸びたロープを手にして引っ張る漁師たち。
段取りの分からない俺は邪魔なので撤退して見守るだけとなる。
しばらくして船への固定が終るとさっそうと凱旋する蒸気船。
湾内へと戻り、クサラベへと帰り、小舟によって岸へと引き上げられた鯨は全長10メートルを超えるだろう大きさだった。