22・まだやる事があって驚いた
果報は寝て待てというが、俺には寝て待つ事が出来ない。
なぜかって?
製塩所、製鉄所、蒸気船と石炭を消費するようになったのだが、運搬に使うのはトナカイのソリだ。
バラ積みでは色々お手間で仕方がない。
複数の御者が輸送を担ってはいるが、他に運ぶものがあるのに石炭だけ運ぶ荷台を曳いているのでは仕事が出来ないと俺のところに文句が来た。
まあ、仕方がない。で、どうしろと?
石炭は石炭だろう。何なら箱にでも入れたらどうだ?
「よっくん、煉炭知ってる?」
御者に文句を言ってる横で楓が呆れていた。
「煉炭って、アレは暖房用だろ?」
そう、煉炭と言えばあの円筒状で専用の窯に入れて使う奴だ。
「うん、常識的にそう応えるよね」
楓はそう言って煉炭の解説を行う。
もともとは欧米で蒸気機関に利用する効率的な燃料を作るために複数種類の石炭を調合して成形されたブリケットという豆炭や棒状に加工された燃料の事だったそうだ。
日本においてはそこから転化して、家庭での暖房や調理器具として使える専用コンロとあの円筒状の煉炭が発明されたという。
その為、家庭用にあの円柱状の煉炭を作れば利用価値が出るし、それをしなくとも、棒状に成形すれば運ぶ際にも混載が可能になるだろうという。
「なるほど。楓が博識すぎて俺の存在価値がどこにあるか分かんねぇな」
そう言ってみたが、煉炭の開発は俺がやるべきだという。
そうなのか?
「石炭を囲炉裏で使うのは密閉性が低いここの建物でもニオイや煙の問題があるかもしれないから、私は炭の粉を利用して家庭用の炭団子を作るから、よっくんは工業用に煉炭をやって」
なるほど、同じ様な作り方で別のモノをね。
という事なので、まずは漁師に頼んで固めるのに使えそうな海藻を探してもらった。
村の周辺の海は岩場も多いので海藻が多い。
それらを採って貰い、糊として使えるものが無いか調べた結果、使えそうなものが見つかった。
「へぇ~、糊って海藻から採るのか」
俺が感心しているのをよそに、楓は漁師に必要な海藻の説明をして、糊の作り方も教えている。
「これは衣類にも使えるし、皮紙代わりに使える紙を接着するのにも使えるかなり便利なモノだから」
などと教えていた。
いつの間にやら楓は紙すきも教えていたらしい。
紙すきはナーヤマで行われているとの事で、クサラベにも少量持ち込まれているらしいが俺はまだ見た事が無い。
そして、炭焼きはタチベナだけでなくナーヤマでも行われており、冬に仕事が少ないナーヤマへと、炭団子の製作を依頼したいと楓が出かけて行った。
俺はタチベナへと煉炭製作のために向かう。
タチベナでは製鉄所の建物が雪の中でも建設が続いており、来るごとに姿を変えていた。
「石炭を粉にして棒状にですか」
ドワーフおじさんに声を掛け、炭田の集団へと案内してもらった。
炭田ではドワーフおじさんとは違い、モグラっぽいおじさんが責任者らしかった。
「石炭の粉を使うのか?ゴミクズだったモノまで使えるようになるなら良い事だ」
モグラおじさんも煤けた顔で賛同してくれた。
工業用煉炭は数が必要なのでプレス機で量産した方が良いと楓が言っていたので製鉄所でまずはプレス機を作る事になった。
「あの銛を撃つにはまだ脆いが、このくらいになら使えるだろう」
と言って、大きなプレス機の部品を鋳造する人たち。
たしかに、まだちょっと捕鯨砲に使える品質ではないが、製品づくりには十分な品質の鋳鉄が出来ているのには驚くしかない。
ついでだから蒸気機関用の部品も彼らに任せてしまおうか。俺は魔銅製の配管類を担当すれば良いから楽が出来るだろうしな。
製鉄所で作った鋳物を新たに煉炭工房予定地に運び、仮設の工房でプレス機へと組み立てていく。微妙にずれた部分は俺が魔法で修正しながら組み立てるので案外楽だ。
そうか、蒸気機関でも最終的な組み立てには魔法鍛冶での修正が必要なのか。楽が出来ねぇじゃないか。
などと不満に思いながらプレス機を完成させ、石炭粉、コークスのクズなどに消石灰を混ぜて成形すれば出来上がり。
こうして成形すれば輸送も便利になって御者たちが文句を言わないだけでなく、使う側も保管しやすくなる。
色々使い勝手は良いが、石炭すべてを煉炭にするのは非効率なので、ある程度の大きさの石炭はそのままかごに入れて運ぶことになる様だ。
そんな作業を終えて家に帰ると楓が先に帰っており、炭団子を薪代わりに囲炉裏で使っていた。
「これは良いな。炭だから煙も出ないし、そのくせしっかり熱が出てる」
外は寒いのに家の中は結構暖をとれるようになっているのがありがたい。
「密閉性のある家ならもっと暖かくなるんだけどね。でも、雪解け時期が結構湿気があるって言うから、日本の梅雨みたいになると困ると思ってしてないんだよ」
なるほどな。密閉性を上げて室内に湿気がこもるのは嫌だもんな。
「そうそう、断熱性と保温性がある毛皮を使えば炬燵も作れるから掘り炬燵なんかいいと思うんだけど、どうかな?」
そう聞かれたのでもちろん賛成である。
「そうなると掘り炬燵用に入れ物が必要だから、陶芸もしなきゃいけないかな?」
などと楓が更なる産業を考えているらしいが、陶芸?そういえば木皿と土器と金属器しか無かった事に今更気付かされたよ。