16・蒸気機関を見たらそう考える奴も出てくるよな
早速ピンク溶液を持ち帰って製塩所にある初号機に修理ついでに注油して見る。
その効果は劇的だった。
コイツは潤滑なんてレベルじゃなく、改質だとか平滑化だとか、そんなレベルの事が出来るのかもしれない。
しばらく動かしてみたが全く問題ない。
さらに、新たなエンジンにもこいつを使用してみたが、故障しらずで動いている。
「なかなか良い物を作ってくれたな。ミシンはどうだ?」
蒸気機関ばかりにかかりっきりになっていたなどということは無く、合間でタチベナやナーヤマへ行ったり、楓に構造を聞きながら足踏み式ミシンを完成させたり、井戸用の手押しポンプも作ったりしている。
そのミシンにも注油してみたのだ。あのピンクを。
「軽く動くね。そう言えば、あの新しいエンジンって何に使うの?」
そうなのだ、作ったは良いが使い道がないのだよあのエンジン。
「製塩所のポンプ駆動は二気筒の初号機型で間に合うから特に使い道は無いな」
製塩所に置くには強力過ぎる。と言って、馬車を改造して蒸気自動車を作るにはデカすぎる。
実のところ持て余しているのも確かなのだ。
「なら、船に積んじゃえば?」
まあ、そうなるよな。そうすれば漕ぎ手が居ない船が作れるのは間違いない。
「やってできんことは無いだろうが、それなりの大型の船をのんびり走らせるのが精々だろうな、今のパワーじゃ」
いまの非効率な蒸気機関では大したパワーは見込めない。効率が悪い分デカいしな。
「手漕ぎと同じくらいは出せるんでしょ?」
楓は何故かそう聞いてくる。不思議なくらい積極的だ。
「出来るだろうな。最終的にはスクリューの性能次第ではあるが、そこはどうにかなるだろう。で、なんでそんなに蒸気船が欲しいんだ?」
そう、それが問題だ。
「私が欲しいんじゃないんだけど、製塩所に来た漁師の人にエンジンみせたらアレを櫂を漕ぐ動力に使えないのかって聞かれたんだけど、その時に櫂なしで動く船の話をしたらものすごく食いつかれて・・・・・・」
まあ、そんなところか。
という事で漁師の下へ話を聞きに行った。
「ああ、あの変なのを船に積むって話か。出来るのか?」
どうやら半ば冗談だったらしい。
無理もない。クランク軸から伸びた棒で手押しポンプを上下させるだけの無意味なオモチャにしてはデカすぎるソレは明らかに人一人のスペースには収まらない。
さらに困るのはドラム缶より大きな円缶が横たわっている事だ。
そんなものは30人乗り程度のカッターの扱ぎ手に使うのはどう見ても無理がある。スクリューを知らなければ当然ではあるのだが。
「出来るとは思うぞ。といっても櫂を漕ぐ訳じゃなく別の方法で動かすんだがな」
そう言うと全く想像できないらしい。
「おいおい、冗談だろ。夫婦して冗談がうまいな」
そりゃあそうだ、が、出来ると言っても用途次第であることも伝える必要がある。
「出来るのは間違いないが、どう使う気だ?それ次第ではできない事もあるが」
そう聞くとあっけらかんとしていた。
「この湾内や隣の岬付近で大魚を探すのがメインだろうな。漕ぎ手が疲れないとしても帆船ほど遠くへは行けんだろ?」
と、何とも現実的な回答が帰って来た。それならばできないことは無いと思われる。というか、捕鯨船。キャッチャーボートが欲しいのか。
「その範囲なら問題ないだろう」
ここに来て見聞きした事から考えると、かなりデカくはあるが、それでも伊勢湾と三河湾といった規模だろうか。その湾内で動かす分には問題ないだろう。
出来るのは間違いないが、ボイラーと蒸気機関を積む必要があって、何なら石炭も必要になる。流石に復水器付けて循環させる様な芸当は今は無理だ。その都度水を補給してもらうしかない。
ただ、そうした重量物を載せる前提の船を作ってもらわなければポンと今あるカッターみたいなのに蒸気機関を載せて蒸気船の完成ってわけにはいかない。
「船から作り直しか、じゃあ、船大工に話持って行かなきゃな」
イケメン漁師はそう言って頭を掻きながらどこかへと向かっていった。
「よっくん!凄いの出来たよ!!」
楓が叫んでいるのでそちらを向くと、板を持っている。板ごときで何が凄いのだろうか?
走って来た楓が持っていたのは金属の板だと思われる代物だった。
そう、思われるだ。
なにせ、塗装したかのように水色がかった色をしていた。
「何だ?塗料でも見つけたのか?」
そう聞いてみると、それは塗装ではないという。
「これね、サロモンさんが鯨油に魔砂を溶かせたって言うのを聞いて、別の魚油に溶かしてみたんだ。そしたら青に油が染まって、容器の周りも青くなるからいっそ鉄板が塗れると思って付け込んでみたんだ」
いや、塗装じゃん。
「染物を染料に付け込んで水洗いすると綺麗に色がついてるのと同じで、これも取り出して洗ってみた。お酢に付けたり削ってみたけど、ほら」
確かに表面にはひっかき傷はあるが、塗装のように剝がれてはいない。
「という事はメッキか」
そういうと、楓は頷いている。
「まて、楓がそれをメッキと分かると云うのはもしかして、そのメッキは食器に使える金属になったとかそう言う事か?」
当たりであるらしい。
確かに、ミスリル食器だのスプーンだのは使うのに躊躇するよな。サーモンが言うには相当な価値があるそうだから。
で、耐食性の高いメッキを鉄板に施せるならば、食器を鉄で作る事が出来る。まあ、ステンレスモドキは完成しているが、もっと簡単な方法があればそれに越したことは無いもんな。
このメッキをタチベナの鍛冶師たちに教えれば農具だけであったこれまでの仕事に加えて付加価値の高い食器が加わる事になる。
「オリハルコンだのミスリルだの交易に回せるモノ以外で更に交易品が出来るのはサーモンにも有難いだろうしなぁ」
鎌を魔銅で作るのはさすがに他へ出せる代物ではないとサーモンに懇々と言われたこともあるしな。




