大柄な詩人
本日3話目です
次にリグルが目を覚ますと、そこには白い天井が広がっていた。床は少しゴツゴツしており本来は人が寝ることを想定していない作りだということがうかがえる。
「知らない天井だ...」
「なーにへんなこと言ってるんですか!またリグルさんはメイド長を怒らせましたね?」
目の前にひょっこりと淡く柔らかな印象を与えるようなオレンジ色の長い髪を携えた美少女が現れた。
メアリー・スー。ベリズリー邸で働くメイドの一人である。
メイド服の上からでもわかる15歳という年齢の割に育ってその躰と愛らしき微笑みを醸し出すその顔は、初めて会った者なら完全に魅了することであろう。
しかしながらこのメアリーという少女、いわゆるポンコツなのである。皿を洗わせると必ず半分は割り、掃除をさせるとかえって部屋を汚し、食事を作らせると毒物になるという凄まじい技能を持っているのだ。
「ちょっと!変なこと考えてませんか!?」
「いやいや。そんなことはないさ。変わらず君はただの駄メイドだよ」
「何ですか駄メイドって!皿だって最近は3枚に1枚しか割らないようになりましたし、部屋だって片付けられるようになりましたよ!料理は...まだメイド長に作る許可をもらってないだけです!今作ればそれなりの味にはなってるはずです!」
「やっぱりポンコツじゃないか」
「ポンコツじゃないですよ!何ですか人のことを好き勝手に言って!食べ物を毒に変えるだとか、皿割り娘だとか、人形のように美しい娘だとか、今世紀一の美少女だとか...」
「いや、そこまでは言ってないぞ?」
「神が創造せし美の象徴だとか、リズウェル様の生まれた代わりだとか...うへへへへぇ」
完全に妄想の世界に陥ってる駄メイドを横に、リグルは改めて周りを見渡すとそこには鍋や包丁などの料理道具がが整えて並べられていた。いわゆる厨房である。
リグルが先ほどまでいた執務室とはとても似つかない場所であった。
「誰かが気絶してる俺を厨房まで運びだしてくれたっていうわけか。だけど一体誰が運んでくれたんだ?メアリーに俺を運ぶ力があるはずがなく、あのメイド長が俺を運ぶはずがない。ということは...」
リグルが厨房の奥にある扉へと振り返る。
するとそこには調理場に似つかぬ黒服の長服をまとったガタイのいい男性がいた。
心地の良い足音を鳴らしながら調理場の奥の扉から出て来るのが見えた。
「少年の炎の歯車が姿を見せしとき、鬼は汝に砂漠の紋章を見せるだろう」
「やっぱりあなたが運んでくれましたか。ありがとうございます、スズムさん」
リグルは数少ないこの屋敷の住人の中からこの厨房な主人であり、この屋敷一の巨漢の男の名を導き出しす。
「ライフハッカーは君の優良を弄ぶ。しかし、時間は走り続けやがて姫は訪れるだろう」
「むっ...」
突如繰り出されたまるで意味を持たないような言葉の羅列に、リグルは眉を顰めてからスズムの顔を伺う。
夏場だというのに全身黒ずくめで手や顔以外肌を露出していないその男の表情はよれた黒髪で伺うことはできない。
「それで私は王妃になって...ってスズムさん!?いつからそこに!?もしかしてスズムさんって実は東の国で有名なニンジャとかいうヤツでしたか!?」
リグルは未だ現実に戻ってこないメイドの腕を掴み俺とスズムとの間に立たせる。
「あー、えーと、またあれですか?通訳って奴ですか?」
「あぁ。俺をここに連れてきてくれたのってスズムさんだろ?何でわざわざ別館の調理場まで運んできてくれたのかなって思って」
「だったら直接聞けばいいのに...」
「ん?なんか言ったか?」
「いえいえなんも」
メアリーはそうリグルをあしらうと、スズムの目の前まで行き、顔前に耳を近づける。
「ふむふむ。えーと、もうすぐ新しいメイドの子がくるらしいが、準備は大丈夫か?とのことです」
「えっ?今どんぐらいなの?」
「昼時前ですよ。ほらスズムさんが皿を準備してあるじゃないですか」
見ると、調理場では鍋の中でスープのようなものが火で焚きつけられ、グツグツと心地よい音を立てながら泡を立てていた。
「って昼前!?新しいメイドのコがもう来るじゃないか!?」
「だからこそ私がわざわざ起こしに来たんじゃないですか!ほら早く行きますよ!」
リグルはスズムに軽く会釈をするとメアリーに手を引かれ、半端引きずられるようにして厨房を後にした。
「んで、結局俺たちって何すんの?」
「えぇ...。話聞いてなかったんですか?私たちは新しく来る娘の指導係ですよ」
スカートの裾を持ち上げて走るメアリーと共にリグルは別館から本館への渡り廊下を駆け抜ける。
窓から差し込む日の光がいくつもの2人の人影を作り出す。
普段ならこんなことをすると、もれなくメイド長から鉄拳が飛んでくるが、そこは緊急時ということで許してもらえるだろう。
「あー!もう来てます!馬車がもう来てますよ!マズイですよ!」
いつのまにか窓枠に手を掛け身を乗り出し、庭を眺めるメアリーが声をあげる。
リグルも隣の窓から身を乗り出すと庭には1台の馬車が止まっており、その横でベリズリーとメイド長と背筋が整った初老の男性が何かを話し合っていた。
「とっととエントランスまで行きますよ!」
突然何故かスカートの裾を上げ、グリップで止め始めるメアリー。
リグルはメアリーの行動を凝視することしかできなかった。
一つは突発的にし始めた不可解な行動についての対応が出来なかったから。
もう一つは(こちらの方が本題だが)スカートをたくし上げた時に白くスレンダー、かつ肉厚があるその太ももを脳内に焼き付けるためである。
そんなこんなでリグルはメアリーを凝視していると、突如首元に柔らかな感触がし、リグルの体は宙に浮き目にも止まらぬ速さで廊下を通り抜けていった。
「ちょっ!?待って、待って!吐く!吐いちゃう!吐いちゃオロロロロロロロ」
「キャァ!?何してるんですか!?今はそんな事をしてる場合じゃないんですよ!?〈清掃〉!」
そうメアリーが唱えると、壮美絢爛な絨毯に撒き散らされた俺のブツが、まるで初めからそこに無かったように消え去った。
第一術位魔法 〈クリーン〉。
世間一般で言うところの掃除魔法だ。
発動者の魔力によるが、あらゆるゴミや汚れを塵一つ残さず消してしまうというものだ。
メイドや執事の間柄では重宝される魔法の一つである。
「おう、メアリーありがとnブべベベベベベベベベベベベベベべべェ!」
「キャァッ!?なんで走り出したらまた吐くんですか!?掃除!」
そんなことを2度繰り返しながら、彼らがやっとの思いでエントランスへとたどり着くころにはすでに普段の所要時間の倍の時間がかかっていたのであった。
リグルとメアリーがエントランスへとたどり着くとそこには先程窓から見えた初老の男性、この家の持ち主であるベリズリー、そして先程窓から見たときには確認できなかった少女が佇んで居た。
「遅い。一体何をしていたんだ」
額に青筋を浮かべたベリズリーが遅れてやって来た2人に優しく微笑みかける。
「そのことならメイド長に言ってくださいよ...。あなたもあの場に居たんだから知っているでしょうに」
「そーですよ!おかげで私が運ぶはめになったんですから!」
「いや、運んでくれたのスズムさんだろ」
3人がそんなやりとりをしていると、初老の男がリグルとメアリーの前に立ち、深々と腰を折り曲げた。
「この度は会長の提案を受け入れていただきありがとうございます。私は会長の秘書をしておりますセバスチャンと申します。会長はただ今、王都で少し大きな案件に関わっており手が離せないので代わりに私が参りました」
セバスチャンはそういうと後ろにいた翡翠色の目に銀髪を携えた、美というものを人形という型に閉じ込めたと言っても過言ではないほど美しい少女を自分の横に並び立たせた。
「こちらが今回の件のメイドのメサニカ・ベールスです」
「本日よりこの館でメイドとして働かせていただきます、メサニカ・ベールスです。どうぞよろしくお願いします」
ベールスと呼ばれた少女はスカートの裾を持ち上げると軽く頭を下げる。その姿は王都で働いていたメイドにふさわしい、もしくはそれ以上に、優美で気品に溢れた機械のように正確な完璧な動作であった。