第38話 畑
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「うっし、着いたぞ!美子!」
「いつもありがとう!健!」
そう言っておんぶしてくれていた健の背中から降りたのは八重のお家の前に到着した時だった。というのも、八重のお家に遊びに行ってから数日後、早速手伝って欲しいことがあるとのことで、私と健は学校がお休みの日にまた八重のお家にやってきたというわけだった。
「ちょっと早かったかな?」
「んー、まあちょっとだし大丈夫じゃねーか?」
張り切り過ぎて約束の時間より早く来てしまったかもと不安になりながら、健の言葉にそれもそっかと納得してインターフォンを押そうと手を伸ばした時、ガラガラッ!と勢いよく玄関のガラス戸が開いたかと思えば大きな人影が私達を出迎えた。
「オー!おっはようございまーす!二人とも早起きさんの良い子ですねー!」
「おはようございます!」
「おはよーございまーす。」
ちょっとドキドキしながらそう挨拶をすると、大きな人影ーー八重のお父様はにっこりと人受けが良い笑顔を返してくれた。
「あら!美子ちゃんと健くん、もう来たのね!」
「…おはよう、美子ちゃん、健くん。」
「八重のお母様!今日はよろしくお願いします!それとおはよう!八重!」
「よっ、おはような。」
それぞれが笑顔でそう挨拶をしてから八重のお父様を見上げると、おっほんとちょっと大袈裟な咳払いをした。
「それでは皆さーん!畑に行きましょう!でもその前に、お友達さんの美子ちゃんと健くんは靴を履き替えましょうか!」
「…?靴ですか?」
「はーい!大切な靴が汚れては大変でーす!それに、土や石が靴の中に入ってしまうかもしれませーん!だから、安全で動きやすい靴に履き替えるのでーす!」
そう説明すると、八重のお父様は丈の短い長靴を私と健に一足ずつ貸してくれた。そういう事ならとお言葉に甘えて借りた長靴に履き替えると大きな熊手のような物を担いだ八重のお父様に着いて行った。
「八重のお父様、それは何ですか?」
「オー!これは鍬と言いまーす!土をよいしょよいしょと耕すのに使いまーす!」
「耕すって何ですか?」
「土を掘り起こして柔らかくすることでーす!後で皆さんにやってもらいまーすよ!」
力持ちの健は兎も角、私にあんな大きな道具を使えるだろうか…と不安に駆られながら八重のお父様の後に続くと、到着したのは八重のお家のお庭がある場所で青々とした雑草が広い範囲に生い茂っていた。
「到着でーす!我が家の畑はお庭と繋がっていますのですぐにお世話できるのでーす!」
自慢げにそう言った八重のお父様にふふっと笑ったのは八重のお母様で、持っていたシャベルや熊手、鎌の入ったバケツを置いて私達を見た。
「美子ちゃん、健くん、荷物は縁側に置いといてね。それと、長時間の作業になるからこれを被ってね。」
言われるまま縁側に荷物を置いていると草でできた帽子を手渡された。
「これは…?」
「麦わら帽子よ。太陽の下で作業すると体調を崩してしまうからそれを防ぐために被るんだけど、軽くて通気性がいいから農作業にぴったりなの。」
そう言いながら八重のお母様は私達三人に一つずつ麦わら帽子を被せてくれた。触ってみるとカサカサで、わずかに香る草の香りが心地よく感じた。
「…これね、お母さんの手作りなんだよ。」
「へー、そうなのか、すげーな。」
同じように物珍しそうに麦わら帽子を触る健と目が合うと、何だか鏡を見ているような気分になって笑ってしまった。それに健も笑顔を返してくれるから、またお揃いだと思って更に笑ってしまった。
「ふふっ、それじゃあ早速作業しましょうか!パパのところに行きましょう!」
「「「はーい!」」」
三人で声を揃えて返事をしてから駆け足で八重のお父様の元へ走っていった。
「オー!素敵なお帽子ですね!ではでは!今日のお仕事を説明しまーす!」
「その前に!あなたも被らないとね!」
えいっ!と勢いよく麦わら帽子を被せたのは八重のお母様で、それに嬉しそうに笑ったお父様はありがとうと言いながらほっぺに優しくキスをした。それに思わず健の目を塞ぐと八重がふふっと可愛らしく笑った。
「さーて!それでは作業を始めましょー…おや?どうかしましたか?」
「…ふふっ、ちょっとビックリしちゃったみたい。」
「美子ー?そろそろ離してくれねー?」
腕をツンツンされて漸く我に返るとあわあわと手を離して強く押し過ぎたかもと謝った。
「おっほん!では!まずはこの畑から雑草と石を取り除きましょう!手を切ったりしないように軍手も忘れずに!」
「は、はい!」
「はーい。」
そう返事をして受け取った軍手を両手に着けると、健と八重と一緒に早速作業に取り掛かったのだった。
………
……
…
「…ふぅ、これでよしっ!」
…そして作業を始めてから二時間が経った頃、最後の雑草を抜いて「てみ」という大きな塵取りを持つとゴミ袋にまとめて捨てた。
「終わりました!八重のお父様!」
「オー!すっばらしいでーす!ありがとうございまーす!!」
その雑草を入れたゴミ袋の口を閉じた時、お家の方から縄と白い粉の袋を持ったお母様が現れた。
「お疲れ様でした!そしたらご飯の前にやっておきましょうか!」
「?やっておくって何をですか?」
何のことかと首を傾げると、八重のお母様は持ってきた白い粉の袋をお父様に預けて縄を畑の真ん中に輪っかを作るように置いた。
「もちろん相撲よ!“虹色きゅうり”を作るためには清らかな土が必要だから、簡略的ではあるけど畑を土俵に相撲を取るの!」
その言葉にそうだった!と思い出して慌てて駆け寄った。
「わ、わたしもお手伝いします!何をすれば良いですか!?」
「ふふっ!それなら元気いっぱいに相撲を取って頂戴!相撲の神様が喜んでくださるようにね!」
「はい!頑張ります!」
そう張り切って返事をしてから、健と八重に向かって手招きをした。そして、トコトコと近付いてきた二人と肩を組むと笑みを浮かべた。
「よーし!みんなでいっぱい相撲するぞー!えいえいおー!!」
「ふっ、ははは!!おう!えいえいおー!だな!」
「ふふっ…うん、えいえいおー、だね。」
そう言って笑い合う私達を見て八重のお父様とお母様も一緒に「えいえいおー!」と拳を上げながら大きな声で言ってくれた。そんな私達の元気な掛け声と共に相撲大会の幕が開いたのだった。
………
……
…
「…んー!おいしい!」
相撲大会を終えて八重のお家の縁側でしょっぱいおにぎりに齧り付いたのは、太陽が天辺に登る頃のことだった。
「慌てなくてもたくさんあるからね!麦茶のおかわりは?」
「いははきまふ!」
まるでリスのようにほっぺをいっぱいにしながら空になったコップを差し出すと、八重のお母様ははしたないと怒ることなく寧ろ待ってました!と言わんばかりに麦茶を注いでくれた。その冷たい麦茶でおにぎりを流し込むとぷはーっ!と豪快に息を吐いた。
「相撲楽しかったね!でも全然勝てなかったな…。」
「八重と闘った時は惜しかったけどなー!一緒に倒れ込んで先に手を着いちまったのは仕方ねーって!」
「八重は小さい時からずっとパパの畑仕事を手伝ったりしてるから意外と足腰が丈夫なのよ!」
そう言われて八重を見ると、八重は赤らめた頬を軽く掻いて笑った。
「ふふっ…でも美子ちゃんと一緒にお母さんとお相撲さんで勝てたのは嬉しかったなぁ。」
「そうだね!協力して土俵の外に押し出したの楽しかったなー!」
「確かに美子と八重が一緒になって勝てなかったのって八重の父ちゃんくらいじゃね?美子達にはオレも土俵の外に追い出されたしなー。」
「オー!そうですねー!でもでも!そんな健くんがワタシのことを軽々と持ち上げてポイっと投げ飛ばした時はビックリしまーした!」
「そうね!あれには驚いたわ!」
八重のお母様がそう言うとみんなでおにぎりを頬張りながら笑い合った。それからまた暫く相撲大会のことをおかずにしながら楽しくて美味しい昼食を終えると、八重のお母様は片付けを、お父様は畑へと向かった。
「あっ!お片付け手伝います!」
「あら、いいのよ。それより美子ちゃん達にはパパのお手伝いを先にしてて欲しいわ。お願いできるかしら?」
「「「はーい!」」」
三人で声を合わせて元気に返事をしてから麦わら帽子を被り、長靴を履くと競い合うようにして八重のお父様のもとへ向かった。
「八重のお父様!今度は何をお手伝いすれば良いですか?」
「オー!ありがとうございまーす!ではあちらの倉庫から堆肥の入った袋を持ってきてくれますか?」
「たいひ?」
繰り返して何だろうと首を傾げると、八重のお父様はニコッと笑って頷いた。
「そうでーす!堆肥は土の通気性や水捌けを良くしたり、微生物を活性化させる…つまり土をグレードアップしてくれるすごーく大事な物なんですよ!」
説明を聞いても少し解らないところがあったけど、すごーく大事な物であることは分かったので真剣な表情で大きく頷いた。
「任せてください!責任を持って運びます!」
「お願いしまーすね!」
それに胸を張って「はい!」と答えてから八重の後に続いて倉庫へ向かった。そして大きな扉をくぐると白い袋が10個くらい積んであって、その袋には『堆肥』と書かれていた。
「…これが堆肥だよ。重いから気を付けてね。」
「うん!分かった!よーし!」
そう言って腕を捲ると早速一袋抱えてみた。だけど重い上に大きくて抱え上げたはいいものの少し歩くだけでも大変で、どうしようと頭を抱えてしまった。すると、肩をポンと叩かれて振り返ると優しく微笑む八重が立っていた。
「…美子ちゃん、一緒に運ぼう?そしたら重くないよ。」
「!うん!一緒に運ぼう!」
思いがけない提案に目を輝かせて手を握ると八重は嬉しそうに笑ってくれた。それに感動していると、私の横にやってきた健はヒョイっと軽々二袋を肩に担いで私を見下ろした。
「ん?どうした?」
「…い、いや、すごいね…健…」
「…ほ、本当だよ…」
「?そりゃ軽トラに比べたら軽いからな。」
そう言えばこの人そうだった…と呆れ顔をしながら信じられないものを見たという表情の八重と目が合うと、苦笑いを浮かべてから一緒に堆肥を運び始めたのだった。
………
……
…
「ふぅ〜…お、終わったぁ!」
堆肥の袋を背もたれにして庭に座り込んだのはそれから数十分後のことで、麦わら帽子でパタパタと仰いで汗を拭っていると八重のお母様がコップに入った麦茶を渡してくれた。
「お疲れ様でした!運んでくれて助かったわ!ありがとう!」
「ぷはっ!いえ!これくらい軽いもんです!」
そう言って腕を曲げて小さな力こぶを作ってみせると八重のお母様は、あはは!と大きく口を開けて笑った。
「まあ!それは頼もしいわ!じゃあもう少しお手伝い頑張ってね!」
「はい!」
返事をしてから麦茶を飲み干してコップを返すと、今度は畑で鍬を杖に休んでいた八重のお父様のもとへ走って行った。
「八重のお父様!堆肥運び終わりました!」
「オー!ありがとうございまーす!ではでは!最後のお仕事をお願いしまーす!」
そう言うと八重のお父様はタオルで額の汗を拭ってから庭の方へ歩いて行った。それに続いて庭に戻ると八重のお父様は私達が今さっき運び終えた堆肥の袋を一つ担ぐと畑で口を開いて中身の茶色い土を畑に撒いた。
「最後のお仕事はー!堆肥を土とまぜまぜすることでーす!皆さんで頑張りましょーう!」
「「「はーい!」」」
八重のお父様の掛け声に三人で元気にそう返事をするとさっきも使った熊手とスコップを両手に持って最後の仕事に取り掛かったのであった。
………
……
…
そしてそれから三時間後、堆肥を土に混ぜ終わり後片付けもしっかり終えた私達は八重のお家の今で八重のお父様特製かぼちゃプリンを堪能していた。
「ん〜!甘くて柔らかくておいしい〜!」
「やっぱ運動の後は甘いもん食わねーとなー!」
健の言葉にうんうんその通りと頷いた時、忘れ物と言ってどこかへ行っていた八重がノートと筆箱を抱えて現れたのだ。
「あら、八重今書くの?おやつ食べてからでもいいんじゃない?」
「…ううん、今日は早く書きたいの。」
八重はお母様にそう答えると私の隣に座ってノートを開いた。そして美味しそうなプリンに手をつける間もなく鉛筆で何かを書き始めた。
「八重、何書いてるの?」
「…日記だよ。その日にあったことを絵とか文字とかで書いておくの。」
「そんなこと書いてどうすんだ?」
「…後で見るの。そしたら楽しかったこととか嬉しかったことを忘れないでしょ?」
その言葉に雷に打たれたような衝撃が駆け巡った。そして慌てて八重の手を握った。
「や、八重すごいね!そうだよね!書いとけばいつでも思い出せるもんね!」
「…うん。でも、わたしはすごくないよ。日記のことを教えてくれたのはお母さんだから…。」
はにかんでそう言った八重に今度は八重のお母様の方を振り向くと、お母様はえっへんと胸を張って眼鏡を持ち上げた。
「八重のお母様!日記ってどんなことを書いてもいいんですか?」
「ええ!もちろんよ!楽しかったことや嬉しかったこと、叶えたいことや今日見た夢のことだってなんだっていいのよ!」
その答えに私は目を輝かせて胸を高鳴らせた。そしてある決心をすると勢いよく立ち上がった。
「よーし!それならわたしも今日から日記書くぞー!でも日記って何が必要なの?」
「…ノートと書ける物があれば大丈夫だよ。わたしは鉛筆で書いてるけど、色鉛筆とかクレヨンで書くのも良いと思うよ。」
「ノートと書ける物か…じゃあこの前お兄さまがくれたかわいいノートと新品の色鉛筆を使って書こっと!」
八重の助言にわくわくで日記の計画を立てると満足した私は再びプリンを食べ始めた。
…そうして私の新たな日課が始まりを迎えたのは梅雨入り前の、夏が始まる前のことだった。
続く…




