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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
72/75

第37話 協力者

ーーーーーーーーーーーーー






「ありがとうございました!…よいしょ、っと。」


学校を出てどんよりした曇り空の下、心地の良い揺れに揺られて到着したバス停で、運転手さんに元気よくお礼を言ってから跳ねるようにバスを降りると、先に降りていた八重と健を見つめた。


「八重、いっつもバスで来てたんだな。」


「…うん。この町の小学校は、一つしかないから…。」


「そっかぁ、それじゃあいつも大変だね…。」


八重が学校とは真反対の、町の北側から来ていることを初めて知って少し嬉しく思っていると、後ろから「八重?」と呼ぶ声が聞こえてきた。それに振り返ると自転車を押す八重と同じような丸い眼鏡をかけた女性がこちらを驚いたような表情で見つめていた。


「…あっ、ただいま、お母さん。」


その一言にその女性が八重のお母様であることが判って慌てて口を開いた。


「こ、こんにちは!あの、わたし、八重のお友達の天地美子って言います!よろしくお願いします!」


「オレは東堂健。オレも八重の友達だぞ。」


口々にそう自己紹介して頭を下げた。だけど、返ってきたのは沈黙だけでそれに恐る恐る顔を上げると、八重のお母様はその瞳に大きな涙を溜めていた。


「あ、あの…?」


「…や、八ぁ重ぇぇぇえぇ!!」


心配になって声をかけた瞬間、八重のお母様は顔をくしゃっと歪ませておーいおいおいと泣き始めた。


「うぅ…!ズズッ!……ご、ごめんなさいね。突然泣いたりしちゃって。」


暫くの間驚きつつも見守っていると八重のお母様は涙を拭いながらそう謝った。


「…あ、あの、大丈夫ですか?」


そして、落ち着いた頃にそう尋ねると一つ咳払いをして今度は優しい笑顔を浮かべてくれた。


「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。」


「なあ、八重の母ちゃんは何で急に泣き始めたんだ?」


八重のお母様が答えた後に健が私も不思議に思っていたことを尋ねてくれて興味深々の瞳を向けると、八重のお母様は照れたように笑った。


「…それはね、とても嬉しかったからよ。」


「嬉しい…?」


それに首を傾げると、八重のお母様は頷いて八重を見つめた。


「…私達はこの町に越してきたばかりで知り合いもほとんどいないし、八重は引っ込み思案な子だからお友達ができるかとても心配していたの。…でも、貴方達が八重のお友達だと知って安心したと言うか…とても嬉しかったの。」


八重を見つめるお母様のとても優しい瞳に胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じた。それに何だか私まで嬉しくなって泣きそうになっていると、八重のお母様がニコッと可愛らしく笑った。


「さあさあ!こんな所で立ち話もあれだからうちに寄って行ってちょうだい!美味しいおやつをご馳走するわ!」


「おっ、おやつだって。良かったな、美子。」


「うん!…って、ち、違うよ!?おやつ目当てじゃないからね!?」


慌ててそう訂正したけどそれが却って笑いを誘ったようで、八重と八重のお母様はそっくりな笑顔を浮かべて私を見つめたのだった。




………

……




そしてそれからみんなでおしゃべりしながら辿り着いたのは赤い瓦屋根の横に大きなお家で、自転車を停め終えた八重のお母様はかごに積んでいた荷物をよいしょと持ってこっちよと手招きした。それに着いていくと玄関の扉を開いて「ただいまー!」と言った。すると、廊下の先からどたどたと慌ただしい足音が聞こえてきて背が高くて手にお玉を持ったエプロン姿の男の人が現れた。


「オー!おかえりなさーい!……おや?おやおやおや??初めましてさんがいまーすね!どこで拾ってきたんでーすか?」


茶目っ気のある表情と声でそう言った男の人は真剣な目で私と健をじっと見つめた。それに八重のお母様はぷぷっと笑うと、八重の頭を撫でた。


「ざーんねんでした!その子達は拾ったんじゃなくて八重のお友達なのよ!ね、八重?」


「…うん。わたしの大事な、お友達だよ…。」


はにかんでそう言う八重は私と健を見つめると頬を赤らめて更に恥ずかしそうに笑った。それに恥ずかしくも嬉しい気持ちで満たされていると、後ろからゴトンという音が聞こえた。振り返ると床にはお玉が落ちていて、そのお玉を持っていた男の人は目を丸くし口をパカっと開けて震えていた。


「……な、な、な、何ということでしょうか!!八重ちゃんのお、お友達さん!!…おお!神よ!!感謝しまーす!!」


両膝をつき天を仰ぎながら両手を広げたその姿に何だか妙な神々しさを感じていると、大声で笑った八重のお母様がその男の人の肩にポンと手を乗せた。


「ふふふ、気持ちはすっごく分かるわ!だからこんな所で話してないでおもてなししないと!」


「オー!そうですね!おもてなし!たくさんしないといけーません!」


お母様の言葉にハッと我に返ったような表情を浮かべると、男の人は素早く立って身なりを整えた。


「…ゴホン!えー、八重ちゃんのお友達さま!よーく我が家へお越しくださいました!ワタシは八重ちゃんのパパさんでーす!とてもすばーらしい我が家でゆっくりしていってくださーい!」


「は、はい!お邪魔します!」


「おっじゃましまーす。」


丁寧な挨拶に私と健もそう返事をすると、八重のお父様とお母様が先を歩いて行ったので、それに続くように二人と一緒に靴を脱いで家に上がったのだった


「さあどうぞどうぞー!たーくさん食べてくださいねぇー!」


案内された広い部屋を見回しながらランドセルを下ろしていると、大きな木のお盆を両手で持った男の人がニッコニコな笑顔とともに現れてそう言った。そして、返事をする間もなく机の上に乗せられていくおやつの数々に開いた口が塞がらなかった。


「おーすげーな!めっちゃうまそー…って美子?何ぼーっと突っ立ってんだよ?」


色とりどりなおやつを前に健は目を輝かせながら振り返って不思議そうな表情を私に向けた。


「…あっ、ううん、何でもないよ。」


こんなにもてなしてもらって何だか申し訳なさを感じつつも、ニコニコでキラキラな笑顔を向けられては無下にするわけにもいかず健の隣に腰を下ろした。


「さあさあ!これを食べてみてくださーい!新鮮なお野菜を使ったんですよー!」


「い、いただきます!」


おすすめされるがままにオレンジ色のケーキを受け取って口にすると、ふんわりとした甘さが口の中に広がった。


「…おいしい!これとってもおいしいです!」


そう言っていそいそとフォークで一口大に切って健にも食べさせると、健も目を輝かせて頷いてくれた。


「うめーな!食ったことねー味だし!」


「でしょ!甘くて柔らかくてすっごくおいしいよね!」


もう一口食べてから八重にもあーんと食べさせると、八重はにっこりと嬉しそうに笑った。


「…よかった。お父さんが作った人参のケーキ、わたしも大好きなの。」


「えっ!?これ人参でできてるの!?」


驚いて正面に座る八重のお父様を見上げると、鼻を高く上げて胸を張り、白い歯をキラリと輝かせた。


「はーい!そうなのです!これは人参を刻んで生地にコネコネした特製ケーキです!こちらはペーストにしたほうれん草を使ったクッキーでーす!そしてー!これはかぼちゃのモンブランに、さつまいものタルト!トマトのジュースもありまーすよ!」


マジシャンのような華麗な手つきで次々と紹介されていくおやつの数々に目を輝かせながら垂れた涎を拭った。そして、急いでお皿に移すともぐもぐと慌てて食べ始めた。それに嬉しそうな笑顔を浮かべた八重のお父様は空になったコップにトマトジュースを注いでくれた。


「ははっ!そんなに慌てなくてもたくさーんありまーすよ!それに、気に入ったものはお土産であげまーすから大丈夫でーす!」


「んっ!お土産ですか!?」


トマトジュースを飲み込んでそう聞き返すと、八重のお父様は「もっちろんでーす!」と太陽のような眩しい笑顔で答えてくれた。こんな美味しい物をお土産にくれるなんて神様かもしれないと思い始めた時、廊下の方から足音が聞こえてきて振り返ると大荷物を抱えた八重のお母様が立っていた。


「お待たせしました!パパのお手製おやつは気に入ってもらえたかしら?」


「はい!お店のみたいでとってもおいしいです!」


「ワーオ!嬉しいでーす!」


私の言葉に感激する八重のお父様の隣に座ったお母様は肩をポンポンと叩くと顔を近付けてニコリと笑った。それに八重のお父様も幸せそうな表情で笑ったのを見て、綺麗だと思うのと同時に胸がチクリと痛くなった。


「…?美子?どうかしたか?」


競うようにして食べていた私の手が止まったことに気が付いたのか、口をもぐもぐと動かしている健が私の顔を覗き込みながらそう尋ねてきたから、無理に笑って「ううん」と首を横に振った。


「あっ!そうだ!美子ちゃんと健くんは“河童”について知りたいのよね?」


突然今の悩みを言い当てられて心臓がどきりと跳ね上がった。


「さっきね、八重から聞いたのよ。二人が図書室で“河童”って言ってたんだって。それでもし、“河童”について調べてるのなら私が色々と教えてあげられると思ってね!」


「…えっ?教えてあげられるって…?」


そう聞き返すと、八重のお母様は丸い眼鏡をクイっと上げて目を光らせた。


「こう見えて私、民俗学者なの!特に民間伝承が専門でね、神様のことはもちろん妖怪のことも詳しいのよ!」


「えっ!?ほ、本当ですか!?」


民俗学者が何なのかよく分からなかったけど、思わぬ助け舟に思わず健を見つめてしまった。すると、健も驚いた表情を浮かべていたけど真剣な表情になってコクンと頷いた。


「…あ、あのじゃあ!もしかして“虹色きゅうり”について何か知りませんか!?育て方とか何でもいいんです!教えてください!」


「“虹色きゅうり”…?初めて聞くわね……もう少し話を聞かせてくれないかしら?例えば、その“虹色きゅうり”の伝説とか、どこで聞いたのかとか…。」


「は、はい。えっとー…」


少し緊張しながら昨日河童の子達から聞いたお伽噺を説明すると、八重のお母様は考え込む素振りをしてから持ってきた分厚いファイルをペラペラとめくった。


「……水神様の怒りに触れた村の話…うん、これね……そして、河童が登場する伝説は……」


ぶつぶつと小さな声で独り言を呟く八重のお母様を見つめていると、不意にぴたりと手が止まって、八重のお母様は何やら嬉しそうな笑みを浮かべた。


「あったわ!これよ!この伝説のことよ!」


「えっ!?あ、あの!教えてください!」


その言葉に早く知りたくて思わず立ち上がると八重のお母様はニコリと笑って頷いてくれた。


「…この伝説はこの町から西にある村の民間伝承でね、さっき話してくれた伝説とほとんど一緒よ。でも…残念ながら“虹色きゅうり”の詳しい育て方は伝っていないようね…。」


「そ、そんなぁ…」


せっかく手掛かりが掴めそうだったのに…と肩を落としかけた時、八重のお母様はふふっと笑ってくれた。


「確かに詳しい育て方は伝わってないけどね?それでも分かることがあるのよ?」


「分かること…?」


「この話と共にその村では水神様に奉納するきゅうりを育てるために使われる“神水”という名の地下水が大事に管理されていたの。それに清らかな土というのは、神事である相撲の四股を踏んだ土のことを指すようでね、だからもし種があったらその土と水を用意すれば育てられると思うわ。」


「地下水と四股を踏んだ土…?」


そう繰り返すと八重のお母様は「ええ!」と元気に返してくれた。すると、それを見ていた八重のお父様がすっと勢いよく立ち上がって私に手を差し出した。


「美子ちゃんはその“虹色きゅうり”を作りたいのでーすね?でしたらワタシと一緒に作りましょーう!」


「えっ…?」


どういう意味かと隣に座る八重を見つめると、八重はニコリと微笑んでくれた。


「…お父さんはね、農家さんなんだよ。お野菜とかお米とかを作るのすごく上手なの。」


「そうなのでーす!勿論きゅうりの育て方は知ってまーすよ!だからお手伝いできると思うのでーす!」


誇らしげにそう言う八重のお父様に驚きの目を向けると共に、思わぬ救いの手が差し伸べられては逃がす訳にもいかず慌ててその手を握った。


「ぜ、是非お願いします!!わたし何でもお手伝いするので、いっぱい教えてください!!」


「オレも力仕事なら得意だからな!手伝うぞ!」


「オー!すっばらしいですねぇ!ではでは、一緒に頑張りましょーね!」


その言葉に大きな声で「はい!!」と決意を込めて返事をすると、きつく握り合った手に成功の兆しが見えて笑みを浮かべたのだった。






ーーーーーーーーーーーーー







そして翌日、学校終わりに再び訪れたのは八重のお家…ではなく河童達に会ったあの河原で、目的はもちろん彼等に会うことだった。


「すぅ…おーい!河童さーん!!会いに来たよー!!お話しましょー!!!」


大きく息を吸い込んでそう叫ぶと、しばらく経ってから川の真ん中にぷかっと三つの石のようなお皿が浮かんだ。そして、それがこちらへ近付いてくるのを見つめていると、河童の子達がひょこっと岸に上がって、じぃぃぃと私達を見つめた。


『…………話って、何なんダゾ。』


「うん!あのね!“虹色きゅうり”の育て方が分かったよ!」


『…えっ…?』


目を丸くし驚いた表情を浮かべた河童の子達に昨日のことを説明すると、互いの顔を見合って目を伏せた。


『…そんなこと分かったって、意味ないノヨ。』


「どうして?種はあるから後は地下水と四股を踏んだ土を用意すればいいんだよ?それに、女の人と河童が一緒に育てて“虹色きゅうり”を作ったんでしょ?だったらわたしたちが協力したら絶対に大丈夫だよ!」


自信を持ってそう言ったけど、河童の子達は目を伏せたまま暗い表情を浮かべていた。


『…言ったノヨ。父ちゃんも母ちゃんも、誰も作れなかったノヨ。水神様に会ったことすらない子供のアタイたちに作れるはずないノヨ。』


「そんなことないよ!やってみようよ!」


『で、できもしないことに時間を使うのは無駄なことなんだモン!無駄なことは悪いことなんだモン!!だからダメだモン!!』


一番背の小さい河童の子は目をぎゅっと固く瞑ってそう叫ぶと、走って川に飛び込み水飛沫を上げて姿を消してしまった。それに続くように「ノヨ」が口癖の子も背を向けるとチャポンと水面を揺らして消えてしまった。


『……』


最後に残った一番背の大きな河童の子は何故か何も言わずに俯いていた。そして暫くした後にチラリと私達を見ると、迷っているかのように目を彷徨わせた後に走って川に飛び込んだ。




「…行っちゃったね…。」


「だな。まー無理って諦めてる奴には奇跡なんて起こせっこねーしな、良かったんじゃね?」


はあ、と溜息を吐いた健は小さくて平べったい石を手に拾うと川に向かって投げた。その石が7回水面を跳ねて沈むのを眺めながら、諦めきれない気持ちに悶えていたのだった。






続く…

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