第36話 代替
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「……」
河童の子達に会って相撲をとった翌日の昼休み、いつもならみんなと元気いっぱいに遊ぶ私だったけど、昨日のことがどうしても頭から離れなくて雨がポツポツと降り出した空をぼけーっと眺めていた。
「おーい、美子?」
…そう、誰かに声を掛けられたとしても、ぼけーっと眺めて
「おーい!!美子!!」
「わぁぁあ!?」
鼓膜を破るんじゃないかと思うくらいの大声に思わず悲鳴を上げて振り向くと、そこには不思議そうな表情で私を見つめる健がいた。
「け、健かぁ…びっくりしたぁ……」
「どうしたんだよ?何回も呼んだんだぞ、美子。」
その言葉にドキドキと暴れる胸を押さえながら俯くと、健は小さく息を吐いて私の隣の席に座った。
「美子、もしかして昨日のこと考えてんのか?」
「…うん。」
やっぱり健にはお見通しかと笑って頷くと、健は肘をついてじっと私を見つめた。
「だけどよぉ、アイツらが欲しいって言ってた「尻子玉」ってやつはあげたら骨抜きになっちまうんだろ?だったらどうにもできねーだろ。」
「…うん、そうなんだけど…でも、もしかしたらあの子達がお父さまや水神さまに怒られちゃうかもしれないでしょ?それは、可哀想だなって…」
でもだからと言ってあげる訳にもいかなくて、一向に解決策が思い浮かばないまま悩み続けていたのだった。すると、一緒になって考えてくれていた健が「それじゃあ」と口を開いた。
「また行ってみるか?そんでアイツらに他に欲しいもんとか聞いてさ、これならあげられるってやつをあげればいいんじゃねーか?」
「…!そっか!もう一回会いに行けばいいのか!それで、欲しい物を聞けばいいんだよね!」
考えもしなかった提案に目を輝かせて詰め寄れば、健は嬉しそうにニカっと笑ってくれて、それに私も笑って健の耳に顔を近付けた。
「…じゃあじゃあ!今日学校が終わったら会いに行こ!みんなには内緒ね!」
「ああ!内緒な!」
誰かに聞かれたら大変だと思ってヒソヒソ声でそう約束をすると、健は嬉しそうにそう約束してくれた。
「よし!そうと決まれば今日の放課後の分もいっぱい遊ばないとね!」
「だな!確か体育館で隣のクラスの奴とドッジボールするって言ってたぞ。」
「わあ!クラス対決か!それはすぐに行かないと!」
そんな楽しそうな集まりがあるなんて知らなくて慌てて席を立つと、健と手を繋いで人が疎になった教室を後にしたのだった。
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そして学校も終わり、みんなの遊ぼう攻撃からなんとか逃げて小雨の降る中を走り、昨日の川に辿り着くと辺りを見渡して河童の子達を探した。
「…うーん、いないね。この辺りだったよね?」
「ああ、あそこに土俵がまだ残ってるからここで間違いねーはずだぞ。」
そう言って健が指差した方を見ると、確かに昨日相撲で使った土俵がまだ残っていた。
「そういえば、昨日このままにして帰っちゃったんだよね。ちゃんと片付けないとー…」
そう思って差していた傘を首と肩の間に挟んで土俵の石を持ち上げようとした時だった。
『だぁあめぇえなんダゾぉおぉぉお!!!』
「!?!?」
突然そんな大声が聞こえてきたと思ったら、ザブンッ!という音と共に大きな水飛沫が川の真ん中から上がった。そして、その中から三つの小さな影が現れてスタッと土俵の真ん中に降り立った。
『だぁめなんダゾ!だめなんダゾ!そんな風にドヒョウを壊しちゃだめなんダゾ!!』
『いけないノヨ!いけないノヨ!神聖なドヒョウは感謝しないといけないノヨ!!』
『そうだモン!そうだモン!じゃないと水神様と土神様が怒るんだモン!怒ったらタイヘンなんだモン!!』
挨拶の代わりに元気な声で口々にそう言ったのは三人の河童の子達で、特徴的な語尾から昨日相撲をとった子達で間違いないと思った。
「ご、ごめんなさい!…って、そうじゃなくて!わたしたち、今日はあなたたちと話したいことがあって来たの!だからお話ししよう!」
落としそうになった傘を握り直し立ち上がってそう言うと河童の子達は嘴をパカっと開けて首をコテンと傾げた。
『お話?何なんダゾ?……もしかして!尻子玉をくれるんダゾ!?』
『はっ!!きっとそうなノヨ!それしかないノヨ!』
『わーいわーい!これで怒られずに済むんだモーン!』
そう言って安堵の表情で大喜びする河童の子達に慌てて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待って!そうじゃないの!尻子玉はあげないよ!」
すると、その言葉に分かりやすくショックを受けたような反応をした三人はグイグイッと私に詰め寄った。
『なな、な、何でなんダゾ!?オラたちにお話ってそれしかないんダゾ?!』
「い、いや、その、そうなんだけど、そうじゃないと言うか……」
『どういうことなノヨ?!はっきり言うノヨ!!』
「だ、だからその…!尻子玉のことだけど尻子玉のことじゃなくて……」
『うえーん!分かんないんだモーン!』
「わ、わたしだって分かんないよぉ…!」
そう言って泣き出す三人を目の当たりにして何故だか私まで泣きそうになっているとそれまで黙って見ていた健が私の肩をトントンと叩いた。
「け、けぇん…」
「落ち着けって、美子。聞きてーことがあるんだろ?」
健のその言葉にはっとして溜まった涙を振り払うように頭をブンブンと横に振ると、泣き喚く三人を真っ直ぐ見つめて息を大きく吸った。
「ねぇ!聞きたいことがあるの!!」
吸った息を声に変えてそう言うと、泣いていた三人はピタッと泣くのをやめて首をコテンと傾けた。
『聞きたいこと?』
「うん!あのね、尻子玉はあげられないんだけど、その代わりに何か…代わりになるような物ってないかな?あるならそれをあげたいの!」
私の言葉を最後にしばしの沈黙が流れた。そして、河童の三人は顔を見合わせると私達に背中を向けてしゃがむと何やらヒソヒソと話し合いを始めた。それに私も健と顔を見合わせていると、三人はゆっくりとこちらを振り返った。
『……尻子玉の代わりになるモノ、あるにはあるんダゾ。』
「本当!?じゃあそれを代わりにー…」
あげるから教えてと続けようとしたけど、それを遮るように首を振ったのは河童の女の子だった。
『それは無理なノヨ。だって“アレ”は、ただのお伽噺なノヨ。』
「お伽噺…?」
そう繰り返すと、一番背の低い河童の子がコクンと首を縦に振った。
『…「むかーしむかし、とある人間の女がおりました。その女は村で一番醜い顔をしておりましたが、誰よりも優しく心の美しい人間でありました。しかし、村の人間達はその醜い顔を嫌っていじめ、女は山に篭ってしまいました。それを見た水神様は怒ってその村にたくさんの雨を降らせました。たくさん振った雨は村の近くを流れていた川を溢れさせて、まるで龍が暴れているかのように村の畑をめちゃくちゃにしてしまいました。畑がなくなって困り果てた村の人達を見た女は心を痛め、雨の中何日も水神様の祠を訪れては人々のために祈りました。するとある日、女の前に河童の子が現れてこう言いました。『清らかな土にこの種を植えて美しい水を与えなさい。そしてその実りを水神様に捧げればあなたの願いは叶うでしょう。』そう言って河童の子は一粒の種を女に差し出しました。それを受け取った女は河童の子と共に心を込めて土を耕し種を植えて、美しい水を汲んできては慈しむように与えてやりました。そうして実ったのは虹色に輝くきゅうりで、二人は一緒にそれを水神様に捧げました。虹色きゅうりを食べた水神様は大変お喜びになり、怒りを治めて川を鎮め、たくさんの実りを村の畑にお恵みになったのでした。それを見た村の人間達は女に感謝し、女は河童と友達になって村で暮らし始めたのでした。めでたしめでたし…」』
まるでお父様やお兄様がよく語ってくれるかのような口調でお伽噺を語った河童の子は目を伏せてからチラリと一番背の高い河童の子を見つめた。すると、その視線を受けた子は甲羅からゴソゴソと何かを取り出して拳を握りしめた。
「それは?」
「…“虹色きゅうり”の種ダゾ。河童の子はそのお伽噺に倣ってみんな持つように言われてるんダゾ。』
「じゃあそれを育てて“虹色きゅうり”を捧げれば水神様も喜んでくれるの?」
『そうだと思うモン。でもでも、絶対にできっこないんだモン。』
「なんでだよ?」
『そんなの決まってるノヨ。だって、アタイの父ちゃんも母ちゃんも、じいちゃんもばあちゃんも、おじちゃんやおばちゃんだって見たことないノヨ!見たことないってことは、誰も作れっこないからなノヨ!』
そう言われて思わず健と顔を見合わせてしまった。そして、言葉もなく頷き合うと意を決して口を開いた。
「そんなの、やってみないと分からないよ。」
私の言葉に驚いたような表情を浮かべた三人は、伏せていた顔をゆっくりと上げて私達を見つめた。
「だって、何事も挑戦してみないとでしょ?だから、やる前から諦めたらダメだよ!」
自信たっぷりの笑顔でそう言うと、健も頷いて口を開いた。
「ああ、それにどっちみち尻子玉を人間から取り上げるようなら退治しねーといけねーしな。」
そう言って健と笑い合ってから河童の子達を見つめると、手の平を上にして差し出した。
「だから一緒に“虹色きゅうり”を育ててみよう!それで水神様に喜んでもらおうよ!」
はっきりとそう言い切ると河童の子達は固まったまま私の瞳を見つめ続けた。それにねっ?と念を押すように笑顔を深めると、河童の子達は急に顔を真っ赤にしてアタフタし始めた。
「…?どうしたの?」
『うっ!うるさいんダゾ!!』
八つ当たりでもするかのようにそう怒鳴ると、河童の子は握りしめていた種を私の差し出した手に押し付けて川に向かって走って行った。
『か、勘違いするなダゾ!!オマエらの物分かりが悪いからなんダゾ!!心を許したから種をあげたわけじゃないんダゾ!!失敗したらいいんダゾ!!』
振り返って一息にそう言うと、まるで逃げるかのように川に飛び込んで豪快な水飛沫を上げた。
…振り止まない雨の音を聞きながら私達は荒れた水面が流れていく川をただ見つめていたのだった。
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そして三日が経った頃のお昼休み、私はいつも遊んでいる体育館でも校庭でもなく学校の図書室にいた。そして、植物のことやお伽噺が書かれた本をあちこちから持ってきては机の上に積んで一冊二冊と読み進めていった。
「…美子、そろそろ休まねーか?」
目が疲れてきたなと思っていた頃にそう言われて顔を上げると、疲れ果てた表情で開いた本の上に顔を乗せた健がいた。
「そうだね…これだけ読んじゃうから、健は先に休んでて?」
「そう言うならオレももうちょっと…ふわぁーあ…あー…やっぱ何でもねー…」
欠伸をしながらそう言った健は、軽く体を伸ばして天井を見上げた。
「…それにしても全然載ってねーな。“虹色きゅうり”の育て方。」
「うん…普通のきゅうりの育て方はあるんだけどね…。それに、昨日教えてもらったお伽噺のことが書いてある本もなかったね…。」
種が手に入ったのは良いものの私も健も“虹色きゅうり”なんて育てたことなかったから、まずは育て方から学ばないとと思って本を読み漁っているのだが、どれだけ読んでも“虹色きゅうり”について書いてある本なんか見つからなかった。
「昨日じいちゃんに聞いてみたけどよー、じいちゃんも知らねーって言ってたぜ?」
「わたしもお兄さまに聞いてみたけど、お兄さまも知らないって言ってたなぁ…。」
いつも何でも答えてくれる頼もしい二人にも分からないことを私達だけでどうにかできるんだろうか…と途方に暮れていた時だった。
「…美子ちゃん?健くん?」
「あっ、八重、やっほー…。」
名前を呼ばれて顔を上げると机のすぐ横に眉を垂らせた八重が立っていて、私達を交互に見つめた。
「…あの、どうしたの…?二人とも、すごく疲れた顔してるよ…?」
「えっ…あはは…そ、そうかな…?」
そう言われて誤魔化すように笑顔を浮かべると、八重は覗き込むように顔を近付けた。
「…うん、そうだよ…。それに、みんなも言ってるよ…?美子ちゃんも健くんも最近元気ないねって…。」
「い、いや、その、あの…」
「元気ねーわけじゃねーんだけどよぉ、困ってることがあってさぁ。」
言っていいものかと悩んでいると溜息を吐いた健が代わりにそう答えてくれた。
「…困ってること…?」
「ああ、この前川でさ、河童のやつらに「わぁーー!!?」
その発言に大声を上げて慌てて立ち上がり健の口を塞ぐと、向けられた冷たい視線に「ごめんなさい…」と小さく謝った。
「…河童…?」
謝り終えたのと同時に繰り返された言葉にギクッと冷や汗を流してぎこちなく振り向くと、そこには目をパチクリさせた八重が私達を見つめていた。そして、私のそばに積んである本の山を見ると、少しの間考え込んでから口を開いた。
「…あの、もしかしたらわたし…美子ちゃんと健くんのお役に立てる、かも……」
「「えっ?」」
八重の言葉に声を重ねた私達は思わず顔を見合わせてしまった。そして、二人同時に八重を見つめると、八重はゆっくりと瞬きをしてから頷いたのだった。
続く…




