第32話 祝宴
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「…それでは皆さん!さようなら!」
「「「さようなら!」」」
体育館での入学式を終え、教室でたくさんのプリントをもらって先生に挨拶をした私はランドセルを背負って健を見た。
「健、準備終わった?」
「おう、じいちゃん達のとこ行こーぜ。」
「うん!」
そう返事をして健と手を繋ぐと一緒に廊下を歩き下駄箱へ行った。そして靴を履き替えて表に出るとおじいちゃん達が何やら楽しそうに話していた。
「おーじいちゃーん!!」
「おや、美子さん、健さん。お疲れ様でした。」
「おかえり、二人とも。」
「おう。んで、何してたんだよ?」
健がそう聞くと、佐藤のおじいちゃんが持っていたカメラの画面を見せてくれた。
「先程の写真を見ていたんですよ。ほら、皆さんとても良い表情でしょう?」
「わあ!本当だね!みんな楽しそう!」
画面に映っていたのは一回目に撮った写真で、あの時の賑やかさが伝わってくるくらい楽しそうな写真だった。
「おー、本当だな!でもじいちゃんは嘘泣きしてっからうぜーな!」
「…健、傷に塩を塗り込むでない。」
「……ぷふっ。」
健の素直過ぎるというか恐れを知らない物言いに堪え切れず笑ってしまった。それに慌てて口を塞いで健のおじいちゃんを見上げると、おじいちゃんは怒ったりしないでにっこりと笑ってくれた。それに安心して溜息を吐くと、カメラをしまった佐藤のおじいちゃんと手を繋いで歩き始めた。
「そういえばね、来週ひまわり公園に遠足に行くんだって!お弁当持ってね、お友達と一緒に行くんだよ!」
「ほおー、それは楽しそうな行事ですね。」
「でしょでしょ!でもお友達できるかな…」
「美子にはオレがいるだろ?何も心配することねーじゃねーか。」
「ほっほっほ、かわいい独占欲じゃな、健。」
かわいいってなんだよ!と怒る健がおかしくてみんなで笑うと、健はムスッと拗ねたような顔で私を見た。
「…美子まで笑うなよな。本当のことだろ?」
「ふふっ、ごめんね。でも健と一緒にお弁当食べるの楽しみだな!」
私が笑顔でそう言うと、健もすぐにニカッと私の大好きな笑顔になって手を繋いでくれた。
「ああ!オレも美子と食う飯が一番好きだ!だから今日も一緒に食おうな!」
「今日…?」
何のことだろうと首を傾げると、健も同じように首を傾げて口を開いた。
「健、それは」
「今日は夜に美子んちで宴会があるだろ?確か入学祝いって父ちゃんが言ってたから美子と一緒に飯食えるだろ?」
「……えっ…?」
…私のそんな呟きを最後に沈黙が漂った。そしてそれを嘲笑うかのように冷たい春風が散った桜と共に私達の間をすり抜けていった。
………
……
…
「…はぁ、はぁ!せ、先生!!」
お祭りでも何でもない日のはずなのに家に帰ると何かの準備で忙しそうな人達がたくさんいて、その中から一番詳しそうな私の先生を台所で見つけて大声で名前を呼んだ。
「美子様、お帰りなさいませ。それと、廊下を走ってはいけませんよ。」
「そ、そんなことより!今日の夜に入学のお祝いの、え、宴会があるって本当ですか!?」
走ってきたのに大声を出したから苦しくて肩で息をしながらそう言ったが、先生は全く表情を変えないまま濡れた手を拭いてゆっくりと瞬きをした。
「はい、ございますよ。」
「そ、それって!わたしのお祝いですよね!?だ、だったら、わたしも」
「いいえ、中学校に上がられた光様のお祝いです。ですので美子様はいつもと同じようになさってください。」
重ねられた先生の言葉に戦慄が走った。だけど、それに落ち込む時間なんてなかったから慌てて口を開いた。
「じゃ、じゃあお料理!お料理を一緒に作らせてください!」
「いいえ、もしものことがあったらいけませんからいつも通りお部屋でお過ごしください。」
「もしもってなんですか!?そうならないようにするのでお料理をさせてください!」
何度もそう尋ねたけど先生は首を横に振るばかりで絶対にその「もしも」とやらを教えてはくれなかった。
「…何を騒いでいるんだ?」
そんな押し問答を繰り返していると、台所の入り口の方から私の苦手な落ち着きのある声が聞こえてきた。
「お、お父さま…」
「応龍様、お帰りなさいませ。」
「ああ。…それで、何を騒いでいたんだ?」
昨日怒られたことを思い出して思わず口を噤んでいると私をチラリと見た先生が口を開いた。
「美子様が本日の宴会の手伝いをさせて欲しいと仰るのです。ですがもしものことがあってはいけないと申し上げているのですがどうしてもご理解頂けないようでして…。」
「なるほど。」
先生の説明にそう短く返事をするとお父様は私をじっと見たまま何も言わなかった。苦手なその目から逃れるように俯いていると、お父様はコホンと咳払いをした。
「…いいだろう、許可する。」
「「えっ?」」
お父様の意外過ぎる言葉に私と先生は思わず驚きの声を合わせてしまった。そして、二人で口をあけながらお父様を見つめると、お父様はまた咳払いをした。
「…ただし、配膳や下膳といった厨を出る作業は禁止とする。また、調理を終えたら即座に自室へ戻るように。」
「お、お待ちください!祝宴の手伝いを美子様にさせていることがもし何方かの耳に入ることがあれば、【応龍】の名に傷が「傷が付くと?」
先生の言葉に噛み付くように重ねられた声は私をお説教する時のものより鋭くて怖かった。そして、それは先生も同じようであまりの恐怖に言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
「…心配せずとも、配膳と下膳がしっかりと行われていれば厨にわざわざ近付く者もいないだろう。それに、誰かの目がある方が監視にもなる。故に部屋を勝手に抜け出すこともないだろう。」
そう言うと、お父様は仕事を終えたかのような表情をして台所を出ていった。突然の有り得ない出来事に暫くぼーっとしてしまったけど、蛇口から落ちた水の音でふと我に返り慌てて台所を飛び出した。
「お、お父さま!待ってください!」
角を曲がったところで見つけた大きな背中にそう声をかけると、お父様は足を止めて振り返ってくれた。
「…何だ?まだ用があるのか?」
「え、えっと、あの……ど、どうしていいよって、言ってくれたんですか…?」
恐る恐る聞きたいことを口にすると、やっぱりとでも言いたげに溜息を吐いた。
「…先刻も言ったように、調理の手伝いとお前の監視を兼ねている。一人にすれば、勝手に部屋を抜け出し歩き回るだろう?」
「うっ…!」
そんなつもりはなかったけど、何故か簡単にその未来が想像できて思わず変な声が出てしまった。それにまた溜息を吐くと、お父様はくるりと背中を向けて歩き出した。
「…あっ!あの!ありがとうございます!お父さま!」
慌てて許可をくれたことのお礼を言うと、お父様はピタリと足を止めた。
「……礼は不要だ。そういう約束だったからな。」
背を向けたまま小さな声でそう言ったお父様は、そのまま振り返ることなく廊下を歩いて行った。残された私はというと、追いかけることもなくただその大きな背中を見えなくなるまで見つめていたのだった。
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「美子様、こちらのお料理の盛り付けをお願い致します。」
「はい!」
それから先生やお手伝いさんと一緒にお料理をして慌ただしい時を過ごし、気付けば時刻は夕方の五時になろうとしていた。
「…よしっ!盛り付け終わりました!お願いします!」
仕上げの三つ葉を丁寧に乗せてそう言うと、今日のお手伝いに来てくれた巫女のお姉さんがその料理を大広間へと運んでいった。その姿を見送ってから使い終わった食器を洗っていると、五時を告げる時計の音と共に辺りが騒がしくなった。何だろうと聞き耳を立ててみると、どうやら【四神】が続々と訪ねてきたというものだった。
(…【四神】ってことは、みんなも来てるんだよね…いいなぁ……会いたいなぁ……)
自分がその場所へ行けないことの寂しさに加えてせっかく四人と会えるのに会えないもどかしさが募って今すぐにでもここから飛び出してしまいたくなった。だけどお父様との約束があるからと自分に言い聞かせて食器洗いに集中することにした。
………
……
…
そして宴会が始まり賑やかな声が遠くから聞こえてくる中、お料理に食器洗い、あとは空いた瓶を外の箱に運ぶなどお店でお手伝いしているくらい忙しくて、時刻はあっという間に夜の八時を過ぎていた。
「美子様、お疲れ様でございました。後は私達がやりますのでお部屋へお戻りください。」
疲れ切って少し目がトロンとしている私にそう言ったのは先生で、私の手からお皿を取るとさあさあと背中を押した。
「…えっ、で、でも、宴会はまだ…」
「後は皆様お料理よりもお酒をお召し上がりになります。それに、明日からは学校が始まりますのでそろそろお休みになりませんと。」
「うっ…わ、分かりました…おやすみなさい…」
「はい、おやすみなさいませ。」
学校と言われてはどうしようもないので仕方がなくそう挨拶をすると、先生に見送られながら渋々廊下を歩き出した。
(…お手伝い、終わっちゃった…でも学校があるから寝ないと……でもでも、みんな帰っちゃう……)
長い廊下をモヤモヤする気持ちを抱えながら歩き、眠い目を擦って角を曲がった時だった。すぐ近くの襖が急に開いたかと思えば腕を掴まれその暗い部屋の中へ引き摺り込まれた。
「っ!?だ、誰かっ、むぐっ!?」
突然の出来事に驚きつつもとにかく助けを呼ばなくちゃと声を張り上げようとしたら口を塞がれてしまった。それに恐怖が込み上げて必死に暴れると腕や足を掴まれてそれも出来なくなってしまった。
「んーー!!んーー!!」
「しー!美子!オレだよ!オレ!!」
「ん…?」
その声に少し冷静さを取り戻して恐る恐る瞑っていた目を開くと、暗い中で見覚えのある癖毛の髪が見えて暴れるのをやめた。
「…んん?」
「おう。ごめんな、美子。」
「何で分かんの?キッッモ。」
また聞こえた聞き覚えのある声に私の腕を掴んでいる手を辿ってみると、サラサラの透ける銀の髪が目に入った。
「…んん?」
「そーだよー、やっと分かったのー?」
「オマエも分かるんじゃねーか。」
そんな漫才みたいなやり取りに落ち着いて部屋の中を見渡してみると足元の方からこちらを見つめる二つの影と目が合った。
「…んんん?んんん?」
「手荒な真似してごめんね、美子。」
「…怪我はないか?」
優しい声と落ち着いた声に大丈夫と頷いて答えると、聞かなくちゃいけないことを聞いてみることにした。
「んーんん、んんんんんんんんん?!」
「ん?ああ、それはさ」
「あの、健。答えるよりもまずはその手を離してあげた方が良いと思うよ。」
「あっ、そっか。」
「ぷはっ!どうして、みんなここにいるの?!」
手が離れたのと同時に思いっきり深呼吸をして起き上がると、すぐにさっきと同じ質問をした。
「美子に会いに来たに決まってんじゃねーか。一緒に飯食うって言っただろ?」
「そ、そうだけど!でも宴会は?!」
「抜けてきたに決まってんじゃーん。あんなメンドーな集まりが楽しいだなんて酒飲む大人くらいなんじゃない?」
「じゃあみんなで抜けてきたってこと!?」
「結果的にはそうなるね。でも僕等もまさか全員が祝宴の場を抜けるとは思わなかったよ。」
「どういうこと!?」
「…示し合わせたわけではなくあくまでも個々人が同時に同じ行動をとった、つまりは偶然であったということになる。」
一度にそう質問すると、四人はまるで台詞でも用意していたかのように順番に答えてくれた。その見事な連携に口をポカーンと開けていると不思議そうな表情の健と秀が顔を覗き込んできた。
「……わ、わわわわ!?な、な、何っ!?」
「何って、ぼーっとしってから。」
「なーに考えてたのさ?」
「べ、べべべべ別に何でも!!」
呆けた顔を近くで見られたのが恥ずかしくて照れ隠しでそう言うと、さっと顔を背けて俯いた。
「つーか美子は何やってたんだ?宴会にいなかっただろ?」
「…あっ、う、うん。わたしは、あの…お料理とか食器洗いのお手伝いをしてたの。」
「?何でそんなことして、うっ!?」
あまり聞かれたくないことを更に聞こうとする健に強烈な肘鉄を食らわせたの呆れ顔の秀だった。
「ごほっ!ごほっ!な、何すんだよ!秀!」
「ごっめーん。俺の可愛い肘が大っ嫌いなお前のことを殴りたかったみたーい。」
そう言って二人はいつもみたいに喧嘩を始めてしまった。それをやれやれと見つめながら心の中で秀に感謝を伝えると、笑みを浮かべて健と秀に思いっきり抱き付いた。
「…やったぁ!みんなに会えた!会えたんだよ!」
嬉しい気持ちをそのまま伝えると、喧嘩していた二人も笑って私を抱きしめてくれた。しばらくギューとしてから離れると、今度は近くで見守っていた馨と透夜ともギューっと抱きしめ合った。するとその時、グゥーというあの情けのない音が部屋の中に響き渡った。
「わ、わわわわわわわぁ!!!」
それに慌てて二人から離れてお腹を隠し大声で誤魔化したけど、そんなのが通用する訳もなく、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた秀がゆっくり近付いてきた。
「…あっれぇ〜?なんかすっごい音聞こえたんだけどぉ、もしかして美子のお腹の音ぉ〜?」
「ち、ちちがうよ!!た、多分…その…と、鳥が鳴いたんじゃないのかなぁ?!」
「鳥ぃ??変な鳴き声の鳥だねぇ?てかこの部屋の美子のお腹から聞こえ、いっ?!」
これ以上揶揄わないでっ!と助けを求めていた時に秀の頭を殴ったのは呆れ顔を浮かべた健だった。
「いったいなぁ!何すんの?!」
「わりぃわりぃ。オレのかっけぇ拳がうぜぇオマエのこと殴りたかったみてーだわ。」
そう言ってまた喧嘩を始める二人に、あれ…なんか見たことあるぞ…?と考えていると、馨が喧嘩する二人を避けて近付いてきた。
「美子、もしかしてご飯まだなの?」
「う、ううん、ちゃんと食べたよ。でも、さっきまでいっぱい動いてたから、その…」
お腹が空いたと言ったらさっきの音は私のものですと言うことになると思ってその先を言わずにいると、何やら考え込んでいた透夜がゆっくり口を開いた。
「…ならば、宴会を催しては如何だろうか。」
「えっ…?宴会を…?」
びっくりした顔と声でそう繰り返すと、透夜は真っ直ぐ私を見つめながら頷いた。
「…今日の集まりは光様が中学校に御入学されたための祝いのものであると認知している。ならば、本日小学校に入学した美子の祝いをするのは道理であると考える。」
「で、でもわたしは宴会にはー…」
出ちゃダメなんだと言おうとしたら、喧嘩していた健が秀を押し退けて私達に近付いてきた。
「それいいな!オレらも宴会しようぜ!美子と乾杯してーし!」
「ふーん、まあ良いんじゃない?そのかわり用意はお前らがしてよねー。」
「うん、そうだね。美子のお祝いだから僕達が用意しないとだね。」
「…ならば、少々不躾ではあるがあちらの飲食物を拝借することとしよう。式神で父上達の目を引けば」
「ちょ、ちょっと待って!!」
淡々と進められていく宴会の話に慌てて口を挟むと、みんなの視線が一斉にこちらに向けられた。
「わ、わたし!宴会には参加できないよ!」
「なんでだよ?」
「お、お父さまに、そう、言われてる、から…」
嬉しいはずなのに断らなくちゃいけない状況が心苦しくて、ちっちゃな声でそう言うと秀が大きな溜息を吐いた。
「あのさぁ、その宴会ってあっちのつまんない宴会には参加するなってことでしょ?俺らが美子のためにやる宴会のことじゃないんだから別によくない?」
「あっ…」
確かにお兄様のために開かれた宴会はダメだけど私のための宴会ならお父様もいないし許してもらえるのでは…?と妙に納得してしまって言葉を紡げなくなった。すると突然、膝の上に置いていた手に柔らかな手が重ねられた。
「美子、心配しなくても大丈夫だよ。だって朱雀様や応龍様は美子がいなくなってることにも気が付いていないんだから、僕達が美子と宴会をしていたって気が付かないよ。」
「…馨の言う通りだ。だがもしそれでも気になると言うのであれば、俺の式神であちらの注意を引くことも可能だ。故に、美子が案ずることは何もない。」
はっきりとそう言い切った透夜は堂々としていてとても頼もしく見えた。そして、もう一度柔らかな手の馨を見ると、優しく微笑んで重ねた手を握ってくれた。
「…わ、分かった!宴会しよう!みんなと一緒に、お父さまには内緒で!」
みんなの言葉を信じてそう言うと、迷いのない目で真っ直ぐ見つめながら力強く頷いてくれた。
「ま、要はバレなきゃいいってことだろ?簡単じゃねーか。」
「へぇー、簡単?お前、美子の次にボロが出そうで怖いんですけどー?」
「はあ?!そんなことしねーよ!」
「わ、わたしだってしないよ!……多分。」
私の多分に詰め寄る秀を何とか躱してみんなを集めるとみんなにしか聞こえないくらい小さな声で話し始めた。
「…じゃあ作戦会議ね。まず、ご飯の準備をしなくちゃいけません。どこからちょーたつしますか?」
「飯があんのって宴会やってるとこぐらいだろ?ならそこから盗ってくるしかなくね?」
「ばーか、どう考えてもバレるに決まってんじゃん。それに、誰かの食い掛けなんて汚くて無理。」
「それなら台所から直接頂戴するしかないね。」
「でもでも、台所には先生とお手伝いさんがいるよ?」
「…ならば囮を使えば良い。」
そう言うと透夜はじっとある方向を見つめた。それを真似するように視線を辿ると、その先には挑発的に笑う秀がいた。
「…へぇ?お前も案外賢いんだね?」
「…相手が女ならそれ以外の選択肢はないだろう。」
そう言って睨んでいるような目付きで見つめ合う二人を何事かと見つめていると、秀がフッと鼻で笑った。
「まあいいよ。お前の駒みたいでウザイけどその囮役になってあげる。」
「…いちいち癪に障る物言いはやめろ。」
「ちょ、ちょっと待って!何の話してるの?!」
何故か喧嘩しそうになってる二人に慌てて口を挟むと、二人は睨み合うのをやめて私を見た。
「だーかーら、俺が囮役やってやるって言ってんの。」
「だ、だから!その囮役って何なのって聞いてるの!」
「…厨にいる女中達の目を引きつける役回りのことだ。その隙に俺達が食事を盗めば良い。」
「引きつける…?そ、そんなことできるの…?」
驚いたような表情でそう言って秀を見ると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて口を開いた。
「あれ?もしかして疑ってる?やだなぁ、女の子を惹きつけるなんて俺からしたら難しくも何ともないんだけど?」
「そ、それもそっか……じゃ、じゃあお願いします…」
確かに女の人とよく遊んだりしてる秀ならその作戦も上手くいくのかも…と納得してお願いすると、秀はにっこりと自信たっぷりな笑みを浮かべて「うん」と頷いてくれた。
「よし、じゃあご飯はそうやって集めるとして、次はどこで宴会するか決めよう!」
「そうなるとなるべく大広間や台所から離れた部屋がいいんじゃないかな。ほら、思い切り騒げる方が邪魔されなくていいと思うんだけど、どうかな?」
「確かに…いっぱい遊びたいし、それにすぐ喧嘩する人達もいるし……」
馨の言葉に頷きながらチラッとその人達に目を向けると一人は何のことだろうと言う表情で、あとの一人は不機嫌そうな笑みを浮かべた。
「…ねぇ、何でそこで俺を見るわけ?」
「い、いえいえ!見てません!!…え、えっと!それじゃあ場所は私の部屋にしよう!一番端っこにあるから多分大丈夫だよ!」
馨の言った条件に一番合う部屋を提案するとみんなはすぐに頷いてくれた。
「美子がいいならお言葉に甘えてお邪魔しようか。」
「うん!お兄さまに「簡単に男の子を部屋に入れちゃダメ」って言われてるけどみんななら入っても大丈夫だよ!あ、でもちょっとお片付けしなくちゃ…」
「なら美子は部屋を片付けて、その間にオレらが飯盗ってくればいいんじゃね?」
「えっ、いいの?」
驚いてそう尋ねると、みんなはまた快く頷いて答えてくれた。
「まあ美子がいたら絶っ対に余計な問題起こしそうだし、部屋で大人しくしててもらった方がありがたいよねー。」
「うっ…!」
「おい、秀!言い過ぎだろ!」
秀に食ってかかろうとする健を慌てて止めたのは、秀の言ってることに覚えがあり過ぎて否定なんてできなかったからだ。
「よ、よし!それじゃあそういうことだから、手分けして宴会の準備しよう!だからはいっ!」
そう言って手の甲を上にして前に突き出すと、みんなもその手の上に自分の手を重ねてくれた。
「…ではみなさん、只今より宴会大作戦を決行します!みんなで頑張ろー!えい、えい、おー!!」
「「「おー」」」
私の掛け声に透夜以外の三人が応えてくれた。それにみんなでじっと透夜を見つめると、透夜はしばらく考え込んだ後に小さく「…おー」と言ってくれた。それにみんなで笑っていつものようにハイタッチをすると、私達はそれぞれの場所へと向かったのだった。
………
……
…
「よいしょっと…これはー、こっちでいっか。」
絵本の束を持ち上げて押し入れにしまった私は汗を拭いながら綺麗になった部屋を見渡して一人満足げに息を吐いた。
「よしっ!お部屋掃除は完璧!あとはみんななんだけど…」
なかなか帰ってこない四人にそう呟いた時だった。襖をトントンと叩く音が聞こえて襖を開けると、そこにはたくさんの料理やジュースの瓶を持った秀以外の三人と式神達が立っていた。
「わぁ!すごい!こんなに取ってこれたんだ!」
「ああ!すんげー簡単だったな!」
「うん。これも秀が頑張ってくれたおかげだね。」
「…当然のことをしたまでだろう。」
「ねえそれ、俺のセリフなんだけどー?」
三人の後ろからひょこっと現れた秀の両手にはたくさんのお菓子が入った袋が何個も握られていて、他の三人と式神達を押し退けて部屋に入ってくるとそれを私に全部渡した。
「なんかね、お腹空いたなぁってかわいいおねぇさん達に言ったらいっぱいくれたんだー。ね?俺一人でも余裕だったでしょ?」
「う、うん。さすがだね。」
まさかあの先生までが秀に骨抜きにされるとは信じられなかったけど、この大量のお菓子達が動かぬ証拠なので混乱しつつもありがとうとお礼を言った。
「よっしゃあ!そしたら飯食おーぜ!腹減った!」
「え?健食べてないの?」
「いや、僕が見た時は大人と同じくらいの量を食べていたと思うけど…。」
「美子と食べんのは別腹なんだよ!」
「何その甘い物は〜っていう原理の気持ち悪い変化形は。」
それにやいやいと喧嘩が始まるのを横目で見ながら馨や透夜と一緒に料理を畳の上に並べていった。
「ごめんね、机持ってこようと思ったんだけど重くて…。」
「ううん、仕方ないよ。それに、机なんて大きな物がなくなってたらすぐに気付かれるだろうからね。」
優しくそう言ってくれた馨に心の中で大感謝をしながら取り皿とお箸、おしぼりを並べるとコップにみんなのジュースを注いだ。
「はい、みんなジュース…って、まーだケンカしてるの?!健!秀!」
仲が良いやら悪いやらで全く手伝ってくれない二人に言霊使うよという意味を込めてキッ!と睨むと、二人はギョッとした顔で私を見てから静かに両隣に座ってジュースを持った。
「…では美子、乾杯の音頭を。」
「おんど?ちゃんとジュース冷たいよ?」
「言うと思ったー。でも残念ながらその温度じゃないんだよねー。」
何が違うんだろうと馨を見ると、馨は優しく笑って口を開いた。
「乾杯の音頭っていうのは宴会の開始を合図することを言うんだよ。誰かが「乾杯」って言ったら他のみんながそれに続いて「乾杯」って言うんだ。」
「へぇー、そうやって宴会は始まるの?」
「…ああ、それか乾杯の挨拶をすることもある。好きな方を選んでくれ。」
「うーん、そっか…じゃあどっちもにしようかな。」
「つーか本当に参加したことねーんだな、美子。」
またチクっと嫌なことを言う健の顔面におしぼりを投げつけたのは呆れを通り越してゴミでも見るかのような目を向ける秀だった。
「うおっ!??…あ、あっぶねぇなぁ!ジュース溢すところだっただろ!!」
「ああ、いいんじゃない?頭からジュース被ってそんでそのまま美子に本気で嫌われればもっといいね。」
「はあ!?何でそんなこと」
「け、健!大丈夫だよ!嫌いにならないから!」
私がそう言うと健は安心したような笑みを浮かべて私の手を握った。それがよっぽど気に入らなかったのか、秀は舌打ちをすると隣の馨のおしぼりを健に投げ付けてまたケンカが始まりそうになった。
「あっ、あー!!挨拶します!!」
それに慌てて大声を出してジュースの入ったコップを手に取って立ち上がると、ゴホンと威厳たっぷりに咳をした。
「…えーっと、みんな今日は本当にありがとう!絶対に会えないなと思ってたから会いに来てくれて本当に嬉しいよ!みんなはわたしのお祝いって言ってくれるけど、みんなも入学式おめでとう!小学生になってもたくさん遊ぼうね!」
「美子、乾杯も言って。」
「あっ!そうだった!えっと、それじゃあ、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
そう言うと、みんな持っていたコップを私のコップにカチリとぶつけた。
「あっ!これ!わたしが作ったんだよ!みんな食べてみて!」
「おー!マジか!すげー楽しみだな!」
「へー、本当に料理できるんだー。不器用なのにねー。」
「うん、とっても美味しいよ、美子。」
「…美子、飲み物は足りてるか?」
「もうなくなっちゃった!ちょーだい!」
「飲むの早くなーい?」
「ふふ、主役だから良いんじゃないかな。」
「だなー!てか透夜オレにもくれよ!」
「…自分で注げ。」
「何でだよ!」
「あははは!」
そんないつもと同じような会話をしながらみんなとご飯を食べたり何回も乾杯を繰り返したり、すごろくで遊んだりと私達らしい時間を過ごしていた。…そんな生まれて初めての宴会は大好きな人ばかりだし、どの料理も美味しいし、飛び交う声のどれもが愛おしく感じて、私にとって生涯忘れることのない特別な日になったのだった。
続く…




