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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
66/75

第31話 入学式

ーーーーーーーーーーーーー






「いっちねんせーい、いっちねーんせい!」


ご機嫌にスキップしながらそう歌っていたのはもちろん私で、佐藤のおじいちゃんと手を繋いで学校までの道を歩いていた。


「ほっほっ、素敵な歌声ですね。」


「ありがとう!おじいちゃんも一緒に歌おう!」


楽しい気持ちを半分こしたくてそう言うと、おじいちゃんはニコリと笑って一緒に「いちねーんせい」と歌ってくれた。


「らーんららんらー……ん?」


そして2番をと張り切った時だった。ふと視線を感じて顔を上げると、お家の塀の上にじーーーと私を見つめる白いカラスがいた。


(…白いカラス?珍しいなぁー……ん?というか何だか見覚えが……)


『我ガ主ヨ』


記憶を辿ろうとした時に聞こえてきたのは紛れもなく人間の言葉で、それがカラスの口から出てきたことに驚いて固まってしまった。


『我ガ主ヨ』


「……えっ!?わ、わたし?!」


もう一度聞こえてきた同じ言葉に思わずそう尋ねると、その白いカラスはコクンと頷いた。


『我ガ主ヨ、我ハ信天(しんてん)。白天王サマノ命ヲウケ参上シタ。』


「白天王……ってことは、もしかして烏天狗!?」


まさかと思ってそう聞き返すと白いカラスは『ウム』と言って頷き、塀から地面に降り立った。


「えっ、えっ!?な、何で今日はその姿なの!?というか“信天”って、あの“信天”なの!?」


慌てたようにそう質問を重ねると、信天は落ち着いた様子でゆっくり頷いた。


…私が何にそんなに驚いているかと言うと、私はそのカラスを…信天を知っていたからだった。何故なら【朱雀】の地から【玄武】の地へ「朱雀の焔」を運んでもらったのも、猪笹王様の祠や地蔵を造るのを協力してくれたのも白旺山の烏天狗達で、その中でも白天王の右腕で烏天狗のリーダー的存在の信天とは何度もやり取りをしたことがあったからだ。だけど、その時はいつも烏天狗の姿で今日のような動物のカラスの姿になって会いにきてくれたことはなかったから驚いてしまったのだ。


『イカニモ、我ハ信天。コノ姿ハ変化ノ術ニヨルカリノモノ。白天王サマノ命ヲ完遂スルタメニコノ姿ニ身ヲヤツシテイル次第デアル。』


「白天王の、命…?それって何なの?」


『白天王サマノ命トハ、“我ガ主ヲ守護セヨ”トイウモノ。故ニ我等ハコノ姿デ参上シタ。』


信天がそう答えると突然白いカラスが更に四羽集まってきて、信天の後ろに間隔を空けて綺麗に並んだ。


「…もしかして、仁天(じんてん)達?」


四羽という数と話の流れ的にそう聞くと、信天はコクンと頷いた。


『…サスガ我ガ主デアル。イカニモ、コヤツラハ我ノ四天王、仁天、義天(ぎてん)礼天(れいてん)智天(ちてん)デアル。』


信天がそう紹介すると仁天達は何の合図もなくピッタリと息を合わせて綺麗なお辞儀をした。私もそれに慌ててお辞儀を返した。


「わー!見てー!パパー!ママー!あの子カラスと遊んでるよー!変だねー!」


そんな声が聞こえて振り返ると反対の道にピカピカの黒いランドセルを背負った男の子と黒いスーツを着た男の人と綺麗な白い服を着た女の人がこちらを見ていた。


「こ、こら!そんなこと言うんじゃない!」


「…ほ、ほほほほ!ごめんなさいね、うちの子が!」


パパママと呼ばれた二人はぎこちない笑顔を浮かべながら早口でそう言うと、男の子の手を握って逃げるようにその場を去ってしまった。


「…ふむ、なるほど。あまり人目の付くところで彼らとお話になるのは控える必要がありそうですね、美子さん。」


「そ、そうだね…。」


変な子扱いされたことに落ち込みつつもおじいちゃんの言葉に何とか返事をすると、地面から私を見上げる信天達を見つめた。


「あの、信天。色々とありがとうね、この前のこともそうだけど、わたしのために神ヶ森まで来てくれて。だけど、お話しする時は誰もいない時にしようね。」


『ウム、承知シタ。デハ我等ハ白キ天ヨリ主ヲ見守ルコトトシヨウ。用ノアル時ハ我等ヲ呼ブト良イ。』


「うん、分かった。ありがとう。」


私がそう言うと、仁天達は羽を広げて飛び立った。そして、最後に残った信天は私を見つめて口を開いた。


『我ガ主ヨ、最後ニ白天王サマカラノオ言葉ヲ。…『此度ノ晴レニオ祝イ申シ上ゲル。天ガ白ク輝ク限リ、我等ガ守護ハ其方ニ送ラレルダロウ。故ニ安心シテ勉学ニ励ミ学校ナルモノヲ楽シムト良イ。』…コノ言葉、シカト伝エタゾ。』


「…!あ、ありがとう!ありがとうって伝えてね!信天!」


その言葉に喜びで胸が弾んだ。そして慌ててお礼を伝えると信天は頷いて羽を広げ澄んだ春の空へと飛び立っていった。


「…ふむ、美子さんを守護するためにわざわざ人間に身近なカラスの姿に変化(へんげ)なさるとはお見事ですね。しかし、ああも()()()()()()()()()ようでは声を掛けられるまでは判らないかもしれませんね。」


飛び去る姿を見つめていると隣で同じように空を見上げていたおじいちゃんがそんなことを言った。


「えっ?信天達は色が白だからすぐ判ると思うけど…」


驚いた表情でおじいちゃんを見上げると、鏡合わせみたいにおじいちゃんも驚いた表情で私を見下ろした。


「…なんと…美子さんには彼等が白いカラスに見えると?」


「う、うん。えっ、おじいちゃんには黒いカラスに見えるの?」


頷いて質問に質問で返すと、おじいちゃんは私を見つめながら暫く考え込んだ後にゆっくり頷いた。


「…ええ、私には黒く見えました。それに先程のご家族の様子を見る限り、彼等も私と同じく見えていたと思いますよ。」


「うぇっ!?!」


そう言われて思わずギョッとした表情だけでなく変な声まで上げてしまった。


「え、えっ、な、何で!?信天達は烏天狗の姿でも白いよ!?…あ、あれ?でも、わたしだけに見えてるならわたしがおかしいのかな……?」


「いえ、恐らく神通力の有無で見え方が異なるのだと思います。」


私本当に変な子なのかも…と落ち込みそうになったけど、おじいちゃんは首を横に振ってそう否定してくれた。


「神通力の、うむ…?」


「はい。美子さんは応龍の加護を受けていらっしゃいますから、変化しても神の遣いである彼等の本当の姿が見えるのでしょう。ですが私や先程のご家族のように加護のない者には変化した普通のカラスの姿にしか見えない、という違いなのだと思います。」


「な、なるほど……」


おじいちゃんの説明に納得して安堵の息を吐いた。すると、どこからかまたカラスのカァーという鳴き声が聴こえてきた。…それはまるで、私に話しかけているような声で、さっきの信天達の姿が脳裏を過って頼もしさが込み上げた。


「…よしっ!行こう!おじいちゃん!遅刻しちゃうよ!」


その頼もしさに背を押されたように元気よくそう言うと、いつの間にか離れていたおじいちゃんの手を握って早く早くと引っ張るように再び歩き出したのだった。




………

……




…それから暫く歩いて満開の桜の道に出ると、人で賑わう建物を見つけた。


「あっ!おじいちゃん見て見て!学校あったよ!」


「ええ、漸く到着しましたね。」


やっと着いたとピョンピョン跳ねながらおじいちゃんを見上げると朗らかに笑ってそう答えてくれた。そして、その人集りへ近付くと立派な石の門の所に「入学式」と書かれた白い看板の前で写真を撮っている人達が目に映った。


「どうやらここで写真を撮るようですね。美子さん、一枚如何ですか?」


「うん!一緒に撮「美子ーー!!!」


ウキウキとそう言いかけた時、人混みの中でもよく聞こえるくらい大きな声で名前を呼ばれた。その声に一瞬で高鳴る胸に慌てて声の聴こえてきた方を見ると、真っ直ぐこちらへ走ってくるその姿に私も思わず走り出していた。


「健!!」


「美子!!」


久し振りに会えたのが嬉しくて抱きつこうと両手を広げたけど、気が付いた時には健に抱き上げられていてクルクルとその場を回っていた。


「わ、わわわ!?け、健!?」


「ははは!美子!久しぶりだな!」


健に支えられているとはいえ空をクルクルと回るのは怖くて顔を引き攣らせる私とは反対に、キラキラな笑顔で私を回し続ける健にどうしようと目を回しているとコホンという咳払いが聞こえてきた。


「あ、じいちゃん!」


「ふ、ふぇっ…?」


回る目を何とか凝らしてみるとそこには黒みの濃い青の着物を着た健のおじいちゃんが穏やかな表情で私達を見つめていた。


「ほっほっほ、元気なのは良いことじゃ。じゃが、そんなに振り回しては嫌われてしまうかもしれんぞ、健?」


「マ、マジで!?」


その言葉に慌てて抱き上げていた私を下ろすと、健は不安そうな表情で私を見つめた。


「ご、ごめん!美子!そ、その、久しぶりに会えたのが嬉しくてついっていうか、その……マジでごめん!!」


おじいちゃんの言った「嫌われるかも」という言葉が余程効いたのか、謝ってから落ち込んだような様子の健に私は両手を広げて思いっきり抱きついた。


「…み、美子…?」


「わたしも久しぶりに会えて嬉しいよ!だから一緒!おんなじだよ!」


大丈夫だと伝わるようにギューッと強く抱きしめた。すると、少し強張っていた健も安心したようにため息を吐いて私を抱きしめてくれた。


「ほっほっほ、いやいや良かったわい。…おや、今日は佐藤さんがご一緒ですかな?」


「…ええ。美子さんに許可を頂戴して同行しておりますよ。」


そんな会話が聞こえて顔を上げると、そこにはニコニコと笑顔を交わすおじいちゃん達がいた。健のおじいちゃんは佐藤のおじいちゃんの正体については知ってるし、何より「はなのえん」の常連だから二人は仲良しさん……とはいかなくて、佐藤のおじいちゃんの方は【青龍】の先代であった健のおじいちゃんをまだ警戒しているらしい。


(…仲良くなって欲しいけど、こればっかりはおじいちゃんに任せるしかないよね…)


佐藤のおじいちゃんも妖怪として長生きしてたからお坊さんや神職の人間とは色々あったみたいで、それを私がお願いして無理矢理解決しようとするのは流石に良くないから今はただ見守っているという状況だった。


「そういや美子、もう写真は撮ったか?」


「…あ、ううん。今ちょうど撮ろうと思ってて……あっ!」


「一緒に撮ろうよ!」

「一緒に撮ろうぜ!」


ぴったりと声を合わせて紡がれた言葉はぴったり同じもので、私も健も見つめ合いながら思わず目を瞬かせた。そして、プッと吹き出して笑い合った。


「あはは!同じこと言ったね!」


「ああ!同じこと言ったな!」


また同じなことがおかしくて更に笑うと、健と手を繋いで「入学式」の看板の前まで走って行った。


「おじいちゃんたちー!こっちこっち!早くお写真撮ろー!」


そう言って手を振ると、二人は一瞬だけ目を合わせた。そして、健のおじいちゃんがニコリと微笑むと、佐藤のおじいちゃんも少しぎこちなく微笑んで一緒に歩き出した。


「すみません、一枚だけ撮って頂いてもよろしいですか?」


「あ、はい。大丈夫ですよ。」


佐藤のおじいちゃんが学校と桜を撮っていた男の人にそう声をかけると、その人は笑顔で頷きカメラを受け取った。


「健!手繋ごう!おじいちゃんも!」


「おう!いいぞ!」


「では失礼して。」


「健、わしとは繋がんのか?」


「じいちゃんとなんか繋ぐわけねーだろ!オレは美子としか繋がねーからな!」


「とほほ…ああ、悲しくて涙が溢れてきたわい…」


「じじいが嘘泣きしてんじゃねーよ!」


「あはは!」


パシャッ!


健とおじいちゃんのやりとりがおかしくて笑っていると突然シャッターの音が聞こえた。それにカメラを持っている男の人を見ると少し申し訳なさそうに笑っていた。


「す、すみません。皆さんとてもいい表情だったのでつい撮ってしまいました。もう一枚よろしいですか?」


「はい、ぜひお願いします。」


佐藤のおじいちゃんがそう言うと、その人はもう一度カメラを構えてくれた。それに少し緊張した面持ちで繋いでいる手に力を込めて笑顔を浮かべた。


「それじゃあいきますよー。はい、チーズ!」


パシャッ!


シャッター音と同時に見えた白い光に目をチカチカさせながら撮ってくれた人にお礼を言うと、その人は笑顔で「それでは」と言って桜の道を歩いて行った。


「さて、写真も撮ったことですしそろそろ参りましょうか。」


「あ、うん!でもこれからどうすれば…」


どこに行って何をすれば良いんだろうと不安になって健のおじいちゃんを見上げると、おじいちゃんは大丈夫と笑って指をさした。


「ほれ、あそこに「受付」と書かれたテントがあるじゃろ?あそこで書類を提出して自分が何組かを聞くんじゃよ。」


「そ、そうなんだ!じゃあ行こう!」


「おう!」


よしっ!と気合を入れて健と一緒に教えてもらったテントまで行くと、スーツを着た男の人と着物を着た女の人が受付の机のところに立っていた。


「ご入学おめでとうございます。修学証明書のご提出をお願いします。」


「は、はい!えっと…」


書類を取り出すためにランドセルを下ろそうとしたけど、佐藤のおじいちゃんが私の代わりにランドセルから朝用意してもらった書類を取り出してくれて、そのまま受付の女の人に渡してくれた。


「はい、確かに受け取りました。えっと、お名前は天地美子(てんちみこ)さんですね。天地さんこちらの組になります。お子様はお荷物を持って教室の方へ、保護者の方はこのまま体育館へのご移動をお願いします。」


「は、はい。」


「はい、ありがとうございます。」


そう返事をして受付のテントから離れると、渡された紙をじっくりと読み込んだ。そして、緊張した面持ちで同じ紙を持った健を見つめた。


「健……」


「おう…」


短く言葉を交わすと二人ともしばらく無言で見つめ合った。言いたいような聞きたくないようなそんな複雑な気持ちに駆られるけど、春の暖かな風に背を押されて決意を固めた。


「「…せーのっ、1組!!」」


…ぴったり重なった声に二人とも思わず驚いた表情で見つめ合うと、たちまち笑顔になって手を繋ぎぴょんぴょんと跳ね回った。


「やったぁぁー!!健と同じ組だぁ!!」


「ああ!!すげぇー嬉しいな!!」


二人でひとしきり喜び回ると最後に嬉しい気持ちを分かち合うようにギューっと抱きしめ合った。すると、どこからか咳払いが聴こえてきて顔を上げると、そこにはニコニコと優しい笑顔を浮かべるおじいちゃん達がいた。


「ほっほっ、同じ組になったんじゃな。それは良かった良かった。」


「ええ、本当に。しかし、そんなに仲の良い姿を見せ付けては周りのものが嫉妬してしまいますよ?」


「えっ?…あっ!!」


そう言われて慌てて健から離れると集まった周囲の目に顔を真っ赤にしてしまった。


「美子?どうしたんだよ?」


「い、いや、あの……も、もう教室に行こっか!!ね!!」


昨日お父様からあれほど礼儀と節度を弁えろと言われたのをすっかり忘れて小さい子供みたいに喜んでしまったことを反省しながらそう言うと、おじいちゃん達に別れを告げて足早に教室へと向かったのだった。




ーーーーーーーーーーーーー




「1年1組…あっ、ここだよ、健!」


大きな玄関で上履きに履き替え、道案内の通りに廊下を進むと私達の教室である1組のお部屋を見つけることができた。中を覗くと私達と同じように綺麗なランドセルと素敵な服を着た子供達が楽しそうに話しているのが目に入った。知らない子ばかりの空間を目の当たりにして心臓が緊張で一気に高まるのが分かった。


「え、えっと…席は……」


少しでも安心したくて受付でもらった紙をじっくりと読んで自分の番号の席を探すと、ランドセルを下ろして自分の机の上に置いた。


(…健はどこの席なんだろう……)


何もかも初めての空間に不安になりながらそう思って健を探すために顔を上げて辺りを見渡したけど、何故か健の姿がどこにも見えなかった。


(…えっ?あれっ?け、健は?同じ組のはずなんだけど…)


何度見渡しても見つけられないその姿に不安が募って泣きそうになった時だった。


「美子?何してんだ?」


「っ!健?!」


その声に弾かれたように振り返ると私の後ろの席にランドセルを乗せて首を傾げる健がいた。


「…け、けぇん……良かったぁ…」


「?良かったって、さっきからずっと一緒にいるだろ?」


自分のことでいっぱいいっぱいな私とは違って初めての空間でも落ち着いてる健に少し勇気をもらうとあることを思い出して口を開いた。


「あ、あのね、健。一つ言わなきゃいけないことが「皆さんこんにちはー!」


元気な声が響いたと思ったら黒いスーツを着た女の人が教室に入ってきて黒板の前に立った。


「皆さん!ご入学おめでとうございます!私は皆さんの担任の先生となります卯花晴香(うばなはるか)です!よろしくお願いします!」


とても元気な声でそう挨拶をすると、今度はお兄様と同じくらいの背丈のお兄さん、お姉さん達が教室に入ってきた。


「これから皆さんに名札をお花を配ります!それを上級生のみんなに付けてもらったら番号順に廊下に並んでください!」


卯花先生がそう言うと上級生の人達が横一列に並んで前の子から順番に名札とお花を胸につけ始めた。そしていよいよ私の番となった時、それまで特に何も話したりしなかった上級生のお姉さんがニコリと笑って口を開いた。


「…ねぇ、あなたってお兄さんいる?」


「…えっ…?」


ぽつりと告げられた質問に思わず固まってしまった。そしてそのままお姉さんを見上げていると、お姉さんはまたゆっくりと口を開いた。


「あのね、天地光(あめつちひかる)くんっていう先輩がいるんだけど、私その人ともっと仲良くなりたいんだぁ。それでね、その光くんの妹が今年入学してくるって噂が流れててね、それでほら、あなた読み方は違うけど同じ漢字でしょ?だからもしかして、本当は光くんの妹なんじゃないかなぁって思ってね?」


知ってるどころじゃない人の登場に頭が真っ白になって自分の心臓の音しか聞こえなくなった。そして、昨日お父様の言っていた言葉が頭を過った。


『…それは美子が「【応龍】の巫女」であると周知されないようにするためだ。【応龍】の本家である天地家には息子と娘が一人ずついることは既に知られている。だが美子の顔まで知る者は関係者以外にはいない。それは稀有な力である「治癒の力」を持つ「【応龍】の巫女」の身に危険が及ばぬようにするための措置なのだ。なのに「あめつち」の名を美子に名乗らせればその努力も無駄となり、危険な目に遭うやも知れぬ。故に美子には明日から「あめつち」ではなく「てんち」を名乗ってもらう。』


…そう、私は「あめつち」と名乗ってはいけないのだ。「【応龍】の巫女」と知られてはいけない。だから、お兄様……天地光とは赤の他人でなければならない。


そう頭では解っているのに、いざとなると答えることができなかった。いや、違う。答えたくなかった。答えてしまえば、この人に嘘をつくだけじゃなくお兄様まで裏切ってしまうと思ったからだ。


「ねえ、どうなの?兄妹なの?」


「っ…!あ、あ、あのっ…わたしは……」


「美子はちげーぞ。」


突然聞こえてきた声はすぐ隣からで、驚いて顔を向けると後ろの席に座っていた健が私の隣に立ってお姉さんを見上げていた。


「美子の名前は「てんち」だ。「あめつち」なんかじゃねーし、兄貴はいるけど「光」なんて名前でもねーぞ。同じ漢字だか何だか知らねーけど、勝手な妄想で勘違いしてんじゃねーよ。」


私の代わりにそう答えた健は堂々としていて、嘘をついているなんて全く感じさせなかった。


「そ、そうだよね!て、天地さんだもんね!ごめんね、変なこと言って!」


一瞬にして顔を青ざめさせたお姉さんは健の佇まいに早口でそう返すと、慌てたようにお花と名札を私達の胸に付けて教室を出て行った。


「ったく…美子、大丈夫か?」


「け、健…」


緊張感から解放されて力なく名前を呼ぶと、健はニカっと明るい笑顔を見せてくれた。


「美子のことはオレがぜってー守るっていつも言ってんだろ?大丈夫、全部じいちゃんに聞いてっから。だから、困ったらちゃんとオレを頼れって、な?」


そう言ってぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた健に、思わず涙が溢れそうになった。だけどグッと堪えて私も笑顔を返した。


「…うん!ありがとう!健!」


「おう!そんじゃあ廊下行こうぜ!」


「うん!」


元気に返事をした私に健もいつもの元気な笑顔を返してくれて、手を繋ぐと机の間を縫うように進んだ。…少し後ろめたさはあったけど、それも分けっこしてくれる健を頼もしく思いながら健と一緒に教室を後にしたのだった。






続く…

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